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1.知らない部屋で目覚めまして。

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 頭が、痛い。



 いや、痛いなどと形容するだけでは生ぬるい。まるで、頭のなかで教会の大鐘がぐわんぐわんとなりわめいているかのように、頭が割れそうだ。



 うう、とエリアスは呻いた。



 なぜこのような目に合っているのだ。昨晩、寝る前に何かしただろうか。



 昨晩。



 そこに考えが至った途端、エリアスは思わずがばりとふとんを跳ね上げ飛び起きた。そして声にならない悲鳴を上げた。



 そうだ。もう何日目か数えるのも面倒くさくなるほどの連日勤務。加えて朝から五月雨式に降り注ぐ無茶ぶりにつぐ無茶ぶり。それらについに堪忍袋の緒を切らし、昨夜は街にとびだして酒場で酔いつぶれるほどに酒を煽ったのだ。



 だが、そのあとで屋敷に帰った覚えがない。それどころか、店をまともに出た記憶すらない。そしてここは、どう見ても自室のわけがない。



 頭を押さえつつ、必死に部屋の隅々を見回す。小さいが清潔感のある部屋。簡素な机と椅子。朝日の差し込む窓。丁寧にたたんでおかれたエリアスの服。



 ここはどこだ。自分はどこにいるんだ。そんな風に混乱をきたしていると、ふいに扉が外側から叩かれた。



「はいりますよー。って、おにいさん! よかった、目覚めたんだ」



「あ、あなたは!? ~~~~っぅ!?」



「だめだめ! そんなに激しく動いちゃ。これ、どうぞ。二日酔いに効くから」



 いわれるまま、少女に差し出された液体を口にする。それはちょうどいいくらいに温く、ほんのりと甘い。飲み切ると、少し気持ちが落ち着く心地がした。



 それを待っていたのだろう。少女が、今の状況を説明してくれた。



「私、フィアナっていいます。で、ここは私の家。両親がやっている『グレダの酒場』の二階です。おにいさん、うちの店の前に倒れていたんですよ。話しかけても全然起きないし、ダメそうだったんで、二階に運んで泊まってもらっちゃいました」



「そ、それは、何とお礼をしたらいいか……」



 すっかり恐縮しきって、エリアスは小さくなった。



 フィアナと言っただろうか。ハツラツとして、働き者な印象を与える面差しには、わずかに幼さも残る。まだ子供に毛が生えた程度の少女に、とんだ醜態をさらしてしまった。ここに穴があったら潜りたいほどだ。



「そ、そうだ!! せめて宿泊料として、金だけでも!」



 財布は……あった! 畳んであった衣服と一緒にあった。けれども、勢い込んで袋を開いたところで、エリアスは愕然とした。いつも、いくらか持ち歩いているはずの金が、雀の涙ほどに減っていたのだ。



 それで、エリアスはうっすらとだが思い出した。昨夜、ひとりで飲み暮れていたところで、別の客に呑み比べを持ち掛けられた。昨日は無性に酒に溺れたい気分だったし、すでに酔っていたしで了承してしまったが、それがよろしくなかった。



〝あーあ。潰れちまって。ま、俺の勝ちってことで、ここの飲み代頼むわな!〟



 豪快に笑いながら、去っていく背中。それが、かろうじて思い出せた最後の記憶である。



「え、なに? どうしました? まさか、やっぱり身ぐるみはがされちゃってました?」



 財布をのぞいた途端うちひしがれてしまったエリアスを、フィアナが心配そうに見つめる。そんな彼女に、エリアスは力なく首を振るしかなかった。



「いえ、そういうわけでは……。しかし今の私は、ほぼ一文無しでして」



「なんだ、飲み代に消えちゃったってことですか? おにいさん、見かけによらず豪快なんですね」



「う、面目ありません」



 ますます身を縮めるしかないエリアス。そんな彼に、フィアナはあっけらかんと言った。



「お金なんていりませんよ。私が勝手に、おにいさんを拾っただけですし。でも、酒場の娘としてこれだけは注意しておきます。酒は飲んでも呑まれるな、ですよ!」



「しかし、それだけではあまりにも……」



「おにいさん、『限界』だったんでしょ?」



 そう顔を覗きこまれ、エリアスは不覚にもどきりとしてしまった。あまりに驚いた顔をしてしまったのか、フィアナは「別に、聞くつもりはなかったんですけど!」と弁明した。



「うわごとで何度も言っていましたから。疲れた。もう嫌だ。限界だって。私はおにいさんのこと全然知りませんけど、そうやって呻いている寝顔は本当に辛そうで。なんだか放っておけないなあって、つい家に泊めちゃったわけです」



 照れ隠しのように笑って、フィアナが小首をかしげる。そんな何気ない仕草なのに、なぜだか目が離せない。



「たまにはストレス発散、いいじゃないですか。あんな風に飲みたくなっちゃうくらい頑張って、耐えてきたんでしょ? それなら、恥ずかしがる必要なんてちっともないじゃないですか」



 きゅん、とどこかで鈴の音のような聞こえた気がした。どこからだ? たぶん、自分の胸からな気がする。とすると、この音の正体はなんだ。



 なるほど。これが恋に落ちる音か。



「まあ、それで倒れちゃったら意味ないんだし、今後からはあそこまで溜め込む間にうちの店に来てくださいよ。いいお酒と料理を用意して、待ってますから」



「フィアナさん!」



 立ち去りかけたフィアナの後ろ手を引き留める。「え?」と戸惑う彼女の手を、エリアスはキラキラと輝く美貌で見上げた。



「本当に、なんと申し上げたらいいか……貴女は私の前に舞い降りた、救いの女神です」



「はい?」



「貴女は倒れていた私を救ってくださったばかりか、昨日までの私を救い、さらには今この時より先の私も救ってくださいました。貴女の言葉がなければ、私は羞恥心と罪悪感とを抱え込み、また鬱々とした日々を過ごしていたことでしょう」



「た、助けになったのなら、なによりですが……」



「なにより!!」



 がっとフィアナの手を両手で包み込み、エリアスはぐいと身を乗り出す。そして、ことごとく引いた様子のフィアナに、熱っぽく語りかけた。



「見ず知らずの人間を助けたというのに、少しも恩着せがましいところがなく、むしろどうということもないという態度を貫く、その清廉さ。さらには相手を気遣い、なぐさめようとさえする慈悲の心。私は貴女に、胸を射抜かれました……!」



「え、いや、あの」



「フィアナさん!!!!」



 フィアナの顔が引きつる。それすら気が付かず、否、気づいても無視をして、美しく整った顔をキリリと引き締め、愛の告白をつげた。



「この私――メイス国シャルツ王が宰相、エリアス・ルーヴェルトの名に懸けて、貴女に愛を誓わせてください!」



「は?」



 フィアナの目が点になる。まあ、無理もないだろう。



 国王の姿すら絵姿や遠く豆粒のようなサイズでしか目にしない市井のひとびとが、側近の顔なんぞいちいち覚えているわけもない。それに、まさか自分の店の前でみっともなく倒れていた酔っ払いが、この国の宰相とは夢にも思わないだろう。



「あなたが、宰相?」



「はい」



「この国の?? 氷の宰相閣下って恐れられている…?」



「そのあだ名は、甚だ不本意ではありますが」



 にこにこと答えるエリアスに、フィアナが唖然とする。一拍置いて、彼女は「えええええぇぇぇぇ!?!?!?!」と、盛大に叫び声をあげだのだった。

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