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第一章  戦雲

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翌朝、窓から春の淡い朝陽が差し込み、アルフォンスの部屋を薄い光りで染めていた。アルフォンスは天蓋つきのベッドで寝そべり、寝息をたてていた。
 
 やがて、アルフォンスは胸と腹部に柔らかい感触を感じながら、覚醒しだした。意識が浮上し、瞼を見開く。

「うい?」
  
 アルフォンスは頓狂な声をあげて、黒瑪瑙の瞳を見開いた。ミストルーン皇女が、アルフォンスの上におおいかぶさっていた。うつ伏せになった皇女は、気持ち良さそうにアルフォンスの胸に頬を押しつけて、細い両手で彼を抱き締めている。
 
 アルフォンスは瞳を瞬かせた。なんでミストルーン殿下が、ここにいるんだ? 

「ふ……う……」
 
 ミストルーンが、小さく身じろぎして、頭をわずかに上げた。そして、彼女の大きな桃色の瞳が、パチリと開く。

「おう! アル! おはよう!」
  
 起き抜けでも元気な皇女様だった。

「お……おはようございます。ミスティ殿下……」

「殿下はいらぬと言うておろうが」
 
 ミストルーンは起き上がると、アルフォンスの腹の上に馬乗りなった。薄紅色のワンピースの寝間着がめくれあがり、桃色の下着が剥き出しになる。

「あの……殿下はなぜ、ここにおいでで?」

「なぜって、決まっておろうが、今日はソフィアの花が咲く日じゃぞ! アルと一緒に見るためじゃ!」

「ああ、今日は『ソフィアの花の日』でしたか……」

(しかし、花を一緒に見るのと、僕のベッドで寝るのと、どんな関係があるんだ?)
 
 アルフォンスの疑問をよそに、銀髪の皇女はアルフォンスに馬乗りになったまま勢いよく寝間着を脱いだ。

「で、殿下? 何をしておいでで?」

「見れば分かるじゃろう。着替えるておるのじゃ、うん? 服はどこかの?」
 
 ミストルーンは腰の下着1枚のみの姿で、辺りを見まわした。

「ああ、そうか。アルの部屋だから、妾(わらわ)の服があるわけがないか……うっかりしたわい」
  
 皇女は長い銀髪を片手ではらった。艶やな髪が銀の滝となって、幼い肢体の上を流れる。鎖骨も薄い胸も、臍も、太ももも露わになり、朝陽を浴びて、白い真珠色の肌が輝く。
 
 幼い皇女の裸身は、美麗な芸術品のようで、アルフォンスは思わず感歎の吐息をもらした。

「……何をなさっておいでですか? アルフォンス様……」
 
 凍土のような極寒の声が、アルフォンスに射込まれた。アルフォンスが、驚いてドアに目を向ける。メイド服姿のフローラが、両手でトレイを持ちながら立っていた。彼女のもつ銀製のトレイには、朝のシオン紅茶が、芳しい香気とともに湯気を立ち上らせている。

「フ、フローラ……」

「おお、フローラ、おはよう!」
 
 アルフォンスが震えながら、ミストルーンは快闊な声で、栗色の髪の少女に声をかける。

「朝っぱらから、8歳の幼女を裸にむいて、ベッドに引き摺り込むとは……」
  
 フローラの翠緑色の瞳に嫌悪の光に染まる。

「ち、違う!」
 
 アルフォンスが叫んだ。

「しかも、裸で馬乗りにさせて、ご鑑賞とは……なんという高次元の変態行為……」

「だから、違うって!」
  
 アルフォンスが必死で抗弁する。ミストルーンは2人が何を言っているのか分からず、不思議そうに小首をかしげている。

「……もういいです。言い訳は聞きたくございません。さようなら……ゴミクズ」
 
 フローラは背を向けて、足早に退出した。

「だから、違うんだぁあああああああ!」
 
 アルフォンスは、力の限り叫んだ。フローラの誤解をとくのに1時間をゆうした。


◆◆◆◆

 
 ヴォルンベニア城の東、10キロほどの場所にある丘陵の上に、大狼に乗ったアルフォンス、フローラ、パミーナ、ミストルーンの姿があった。
 
 青く澄んだ空が地平線まで続き、空には雲1つない。春の微風が空から絶え間なく吹き落とされ、アルフォンス達の髪をゆらしていた。
 
 パミーナは懐中時計を取り出した。魔刻時計と呼ばれるものだ。時計の中には、魔刻石と呼ばれるマナを宿した魔石が入っている。魔刻石は1時間おきに色合いを変えて発光するため、おおよその時間を把握できるのだ。普通の石コロと同じように地面に無造作に落ちているため、非常に安価で庶民も使用している。

「……お兄様、ミストルーン殿下、……もうすぐ、十二時……です。ソフィアの花が、咲き……ます……」
 
 パミーナがやや興奮して言った。
 次の刹那、丘陵の全体に碧いソフィアの花が咲き誇った。
 思わず全員が感歎の吐息をもらした。丘の上に咲き乱れる無数のソフィアの花が、アルフォンス達を囲いこむ。
 碧い色彩が視覚に満ち空の色合いとともに天地を碧く埋め尽くす。
  ソフィアの花の美しさは、アルフォンス達から言葉を奪った。
 ただひたすらに陶然として、ソフィアの花が放つ景観に圧倒される。
 
 数秒後、ソフィアの花びらが、一瞬で散った。花びらは、風に巻きあげられ、空にむかって、幾億枚もの花弁が、飛翔していく。
 やがてソフィアの花びらが地面に降り積もり、碧い雪となって丘の上に積もった。

「これがソフィアか……」
  
 ミストルーンの声は感動にふるえていた。
 1年に1度、二十秒だけ咲き乱れるソフィアの花。一瞬の美が、あまりに切なく、儚い。

「どうして、1年に1度しか咲かないのじゃろうか?」
 
 ミストルーン皇女の問いにアルフォンス達は顔を見合わせた。何故かと問われても、よく分からない。ソフィアの花は毎年必ず一年に一度、4月の最初の満月の日の正午に咲くのだ。
 
 学者達の間でも長年研究が続けられているが、「不可解極まるな現象」だとされている。つまり「学者でも、サッパリ分からない」ということだ。

「申し訳ありません、ミスティ。僕らでは答えを用いること叶いません」
 
 アルフォンスが恐縮して述べた。

「そうか、アル達にも分からぬか……」 
 
 ミストルーンは腕を組んで瞳を閉じた。一〇秒程難しい顔をして考え込む。やがて目を開く。

「うむ。何でも他人に聞いてはよくないのう。妾が自分で答えを出す。何事も自分の頭で考えねばのぅ」

「それがようございます、殿下」
 
 アルフォンスが感心して答える。

「それに理由が分からずとも、素晴らしい光景だったことには変わりはない」

「はい、とても綺麗でしたね」

「うむ。大満足じゃ。この丘は穴場じゃのう。これだけ多くのソフィアの花が咲き乱れる場所は初めて見た」

「……城の近く、で、ここが一番、ソフィアの花が多い、です、よ?」
 
 パミーナが少し誇らしげに言う。

「見れて良かったですね、ミスティ」

「うむ!」
 
 アルフォンスが言うと、ミストルーンは清冽な声を返す。
 
「では、帰りましょうか。殿下、お城で野苺のプティングと、タルトが用意してありますよ。私の手作りでございます」

「本当か? フローラの御菓子は大好きじゃ!」
 
 銀髪の皇女がはしゃぐと、全員が笑みをこぼす。この皇女の快闊さは、春の涼風ように周囲の人間の精神を和ます。

「では、帰城しましょうか」              
 
 アルフォンスが愛狼ヴァールの手綱を握った刹那、パミーナが叫んだ。

「伏せて!」
 
 パミーナの叫びと同時に、矢が宙空を切り裂く音が響いた。アルフォンスと、ミストルーンの顔の前を矢が銀の光となって、通り過ぎる。あと数センチという距離で、矢がそれた。
 
 頭部から矢がそれたのは、パミーナの叫びに大狼が反応したからだ。大狼達が主を守るために、俊敏に動き、騎乗していたアルフォンスとミストルーンの身体の位置がずれたのだ。
 
 フローラの大狼エギルと、パミーナの大狼レギンが、同時に動いた。林にむかって、2匹の大狼が稲妻のような速さで疾駆する。
 パミーナとフローラにむかって、数本の矢が飛来した。パミーナは上半身をふって矢をかわし、フローラは抜刀した長剣で矢を弾いた。
 
 パミーナが鞍から弓を取り出し、矢筒から2本の矢を引き抜いた。弓を横にし、弓につがえる。そして、人間の数倍の膂力でもって一斉に射る。
 
 2本の豪速の矢が、林にひそむ暗殺者達の肩を射貫いた。悲鳴が木霊し、人間が転倒する音がきこえる。
 肩を射貫いて、殺さなかったのは生け捕りにするためだ。
 
 パミーナとフローラは林の中に飛び込んだ。そして数秒後に、フローラが舌打ちした。
 
 フローラの視線の先に肩を射貫かれ、地面に倒れた暗殺者達の姿があった。2人の暗殺者は絶命していた。毒をあおったのだ。死体の顔には赤紫の斑点が浮かび出ている。

「自害か……」
 
 フローラが呻くように言った。

「フローラ姉様……。この人達……、紋章が……」
 
 パミーナが怯えた表情を浮かべた。フローラが頷く。
 
 暗殺者達の身に纏っている鋼の胸甲には、蜘蛛の紋章があった。
 それは北部総督シルヴァン皇子の紋章《赤蜘蛛旗(ガルバトロス)》だった。

   
 


               
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