上 下
111 / 169
第5章  追憶

肉じゃが

しおりを挟む
マルクス・ウィスタリオン達を治癒した後、ナギ達は練兵場を後にした。昼時でお腹が減ってきた。

「何を食べようかな……」
「何にいたしましょうかね」
 ナギとセドナが考える。

「アンリエッタは何か食べたいものがある?」
 ナギが問うとアンリエッタは赤瞳を瞬かせた。

「……私もいいの?」
「勿論、仲間だからね」
「……美味しければ何でもいい」
「一番、難しい要求だね、それは」
 
 せめて肉とか魚とか言って貰いたいね。専業主婦の大変さがよく分かる。

「じゃあ、俺の国の料理にしようかな」
「ナギ様の国の料理ですか?」
 
 セドナが目を輝かせた。ナギの国の料理はエキセントリックでかつ美味しい。

「肉じゃがにしよう」
 ナギは決定した。何せ王宮の食料庫には米、味噌、醤油など日本の料理をいくらでも造れる下地があるからな。

「じゃあ、俺一人で調理室に行くからセドナとアンリエッタは部屋で待っていてくれ」
 
 ナギがそう告げるとセドナは、

「畏まりました」
 
 と拝命した。アンリエッタも頷く。
 セドナはアンリエッタとともに先に部屋に行く。
  部屋に入るとセドナはアンリエッタに、

「アンリエッタ様、お話があります」
 
 と話しかけた。

「……なに?」
 
 赤瞳の魔導師が小首を傾げる。

「ナギ様とのことについてです」
 
 セドナが黄金の瞳に真摯な色を浮かべた。
 その後、セドナとアンリエッタは真剣に話し合った。


 
 ナギは調理室で肉じゃがを手早く作り上げると部屋に持っていった。「お待たせ」
 ナギが室内に戻ると、なぜかアンリエッタが顔を真っ赤にして俯いていた。そして、ナギを見るとまた目を伏せた。

「どうかした?」
 
ナギが問う。

「大丈夫ですよ、ナギ様」
 
 セドナが夢幻的な美貌に笑みを浮かべる。

「そうか。ならいい」
 ナギは虚空庫から肉じゃがと食器、ジュースを取り出した。
 セドナが慣れた手つきでテーブルクロスをかけて食事の準備をする。あっと言う間に準備された食事を見て、アンリエッタは赤瞳を輝かせた。

「……凄い。これ……なに?」
 
 アンリエッタが肉じゃがを不思議そうに指さす。

「これは肉じゃがだよ。まあ、世界一美味い料理の一つであることは間違いないね」
 
 ナギが日本人としての愛国心を爆発させて言う。
 食卓の上に並べられたのは肉じゃが、味噌汁、白いご飯。正統的な日本の家庭料理だった。

「まあ、自慢だけどこれを越える料理は殆どないだろうね。世界で最も舌の肥えた偉大な民族の叡智の結晶たる料理がこれさ」
 
 ナギが誇らしげに言うと、セドナとアンリエッタが、ほぉ~、と感歎の声をあげる。よく分からないけど凄そうだ。そして、確かに美味しそうな香りがする。

「ま、食べてみれば分かるよ。さ、食べよう」
 
 ナギは箸で食べ出し、セドナとアンリエッタはフォークとスプーンを使って食べた。

「美味しいです」
「……美味しい……」
 
 セドナとアンリエッタは一口肉じゃがを食べるとそう呟いた。

(……不思議な料理……)
 
 アンリエッタは肉じゃがを食べながら思った。なぜか懐かしい感覚がする。煮込まれた牛肉が口の中で溶けるように消えていく。また一口食べる。今度は牛肉とジャガイモを同時にスプーンで口に入れる。牛肉とジャガイモには独特な味付けがしてあり、歯と舌に味が広がると脳まで痺れるような旨さが突き抜ける。

 アンリエッタはナギとセドナを見た。彼らは肉じゃがと一緒に白米を食べていた。よく分からないが、それが正しい食べ方らしい。

(……あまり、米は好きじゃないけど……)
 
 アンリエッタはあまり白米が好きではない。白米は味がしないからだ。どうして東方の国ミブロの民はこんなものを主食とするのか理解できない。アンリエッタは不思議に思いながら肉じゃがと一緒に白米をスプーンで口に運んだ。

 アンリエッタの赤瞳が光った。

(美味しい……)
 
 信じられない。肉じゃがと白米を同時に食べると、かつて味わったことがない食感と旨味が口内に弾ける。肉じゃがの濃い味と白米の薄い味が絶妙なハーモニーを奏でている。

(……そうか。これは……。白米はこういう風に食べるのか……)
 
 アンリエッタは何か極上の真理を悟ったような気持ちになった。白米とはこうして、おかずとともに食べるとこんなに味が変わるのか。
 アンリエッタはドンドン、口に肉じゃがを運んでいった。同時に白米を味わう。
 美味しい……。止まらない。
 
 アンリエッタはナギとセドナをまた赤瞳でチラリと窺う。ナギとセドナは味噌汁を美味しそうに飲んでいる。

 アンリエッタもスプーンで味噌汁を飲んだ。

 これもいい。とても上品なスープだ。繊細で柔らかい味噌汁の味がアンリエッタの舌を楽しませる。
 
 味覚的にこれ程繊麗なスープは食べたことがない。 

 アンリエッタはドンドン、味噌汁を飲んだ。かつて味わったどのスープよりも美味しい。

 喉に送り込む時の快感が堪らない。

 いつの間にかアンリエッタの手が止まらなくなっていた。三十分後、肉じゃが、白米、味噌汁を食べ終わった後、アンリエッタは暫し、恍惚とした表情で赤瞳を潤ませた。 

(……幸せ……)
 
 アンリエッタは甘い幸福感の中で思った。
  
   
     
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

孤児だけどガチャのおかげでなんとか生きてます

兎屋亀吉
ファンタジー
ガチャという聞いたことのないスキルが発現したせいで、孤児院の出資者である商人に売られてしまうことになったアリア。だが、移送中の事故によって橋の上から谷底へと転落してしまう。アリアは谷底の川に流されて生死の境を彷徨う中で、21世紀の日本に生きた前世の記憶を得る。ガチャって、あのガチャだよね。※この作品はカクヨムにも掲載しています。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

クラスで馬鹿にされてた俺、実は最強の暗殺者、異世界で見事に無双してしまう~今更命乞いしても遅い、虐められてたのはただのフリだったんだからな~

空地大乃
ファンタジー
「殺すと決めたら殺す。容赦なく殺す」 クラスで酷いいじめを受けていた猟牙はある日クラスメート共々異世界に召喚されてしまう。異世界の姫に助けを求められクラスメート達に特別なスキルが与えられる中、猟牙にはスキルが一切なく、無能として召喚した姫や王からも蔑まされクラスメートから馬鹿にされる。 しかし実は猟牙には暗殺者としての力が隠されており次々とクラスメートをその手にかけていく。猟牙の強さを知り命乞いすらしてくる生徒にも一切耳を傾けることなく首を刎ね、心臓を握り潰し、頭を砕きついには召喚した姫や王も含め殺し尽くし全てが終わり血の海が広がる中で猟牙は考える。 「そうだ普通に生きていこう」と――だが猟牙がやってきた異世界は過酷な世界でもあった。Fランク冒険者が行う薬草採取ですら命がけな程であり冒険者として10年生きられる物が一割もいないほど、な筈なのだが猟牙の暗殺者の力は凄まじく周りと驚かせることになり猟牙の望む普通の暮らしは別な意味で輝かしいものになっていく――

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

処理中です...