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第3章   幻妖の迷宮

回復

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翌朝。

完全に回復した相葉ナギは室内でストレッチした。身体をほぐして軽く動かし、自分の肉体がどこも損傷していないことを確認する。

「うん。完璧! 完全回復した!」

「ナギ様、あまり無理をなさらないて下さいね」

セドナが心配そうに言う。

「大丈夫、大丈夫」

ナギがそう言うと、レイヴィアも頷いた。

「心配いらんぞセドナ。ナギは頑健じゃ。それに若いからの。無理をするくらいで丁度良いのじゃ」

「そうは仰いましても……」

セドナが心配そうな表情を浮かべる。

「セドナ。あんまり心配するな。それよりも、明日の祝賀会の準備は出来たのか?」

ナギが問うとセドナは破顔した。

「はい。侍女の方々にドレスを見繕って頂きました。しかも、ドレスを十着も下さるそうです」

セドナが嬉しそうに言う。

(服を貰って喜ぶあたり、やはり女の子だな)

とナギは思った。

それにしても十着もドレスをくれるとは大判振る舞いだな。
まあ、籠絡する相手に財物を与えるのは基本中の基本だけどね。

「レイヴィア様もドレス姿で、出席ですか?」

「面倒じゃが、そのようになった。あまり宴は好きではないが仕方あるまいよ。ナギよ。そなたも衣装を整えておけよ」

「了解です」

ナギが答えるとドアがノックする音が響いた。侍女がエヴァンゼリン達が来訪したとドアの外で告げる。

ナギが了承すると、ドアが開き、エヴァンゼリン、アンリエッタ、クラウディアが入室した。

その後ろに侍女が紅茶とお菓子を乗せた台を押して入ってくる。

「ナギ君、セドナちゃん。レイヴィア様。少しお話しても良いかな?」
エヴァンゼリンが問うた。

ナギ達とエヴァンゼリン達は、テーブルを挟んで対面に座り、紅茶とお菓子を楽しんだ。

30分ほど歓談した後、エヴァンゼリンは咳払いをして背筋を伸ばした。
そして、端麗な顔をナギに向ける。

「ナギ君、実は折り入ってお願いがある」

「なんでしょう?」

ナギが問う。

「単刀直入に言う。是非ともボクのパーティーに加わって欲しい」

エヴァンゼリンの言葉を予想していたナギとレイヴィアは静かな瞳をエヴァンゼリンに向けた。セドナは興奮して眼を輝かせた。

「つまり俺とセドナとレイヴィア様にともに魔神軍と戦って欲しい、と?」

ナギがティーカップをテーブルに置いた。

「そうだ」

エヴァンゼリンは短く答えた。

「……一緒に戦えれば心強い……」

アンリエッタが、赤瞳に熱っぽい光を浮かべる。

「私からも是非頼みたい。十二罪劫王の1人・ダンタリオンを倒したナギ君。エルフの最上位種族たるシルヴァン・エルフ族のセドナ嬢。始祖神フォルセンティアの四大精霊の一角たるレイヴィア様。あなた方の戦力が、魔神を倒すのにどうしても必要なのだ」

クラウディアが、薄青の双眸に強い光を宿した。

ナギはレイヴィアとセドナと視線を交差させた。レイヴィアが頷き、セドナもコクリと顎を引く。

「分かりました。俺たちはエヴァンゼリン達のパーティーに加盟します。ともに魔神を倒しましょう」

ナギが言うと、エヴァンゼリンが綺麗な笑みを浮かべた。

「君ならそう言ってくれると思っていた!」

灰金色の髪の少女の明るい声が室内に響く。

(いい人だな……)

と、ナギは思う。エヴァンゼリンの笑顔は磁力のように人を惹き付ける。カリスマ性とはこういうことを言うのだろう。

さすがは『勇者』と讃えられるだけある。

「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」

ナギが頭を下げると、エヴァンゼリンは手をふった。

「もうその他人行儀な言い方は止めようよ。ボクのことはエヴァンゼリンと呼んでくれ。ボクも敬語は使わない」

「分かった。よろしくな。エヴァンゼリン」

「ああ、これから僕らは仲間だ」

俺はエヴァンゼリンは固い握手をした。エヴァンゼリンの握力は凄まじく、俺の手が砕けそうになる。だが我慢した、俺は男の子ですから。


翌日の夜に行われた晩餐会。

セドナは白い美しいドレスを着込み、長い銀髪を結い上げた姿で参席した。レイヴィア様は、灰色のシックなドレス。胸元が大きく開いており、エロい。

俺も馬子にも衣装の言葉そのまま、ヴェルディ伯爵から譲り受けた黒い礼服で参加した。

ヴェルディ伯爵が祝杯の音頭を取った。

「皆様。ここに新たなる英雄を紹介致します。その名は相葉ナギ! 猛悪なる十二罪劫王の1人・ダンタリオンを倒した猛者です!」

会場に拍手と喝采が満ちた。

列席した紳士淑女。貴族達が俺に賛美をおくってくる。

これで俺は逃げられなくなった。公に認知されたということは、魔神軍との戦いを公的に宿命づけられることを意味する。

これから修羅の輪廻が始まるのだ。そしてそれは魔神を倒すまで続く。

「すでに我がヘルベティア王国の英邁なる君主イシュトヴァーン陛下から、相葉ナギ殿にたいして3億クローナの報奨金と、金翼十字勲章が授与されることが決まりました。相葉ナギ殿にはなお一層の活躍を期待致します」

ヴェルディ伯爵が満面の笑みを俺に向ける。

俺は丁寧に頭を下げて謝意を表す。

爺ちゃんの言葉が脳裏に響く。

『良いか、ナギ。人は好意を与えられて無視したり、拒絶すると不快に思うものだ。どんなことでも好意を与えられたら、謝意を示せ。それが世渡りの基本だ』

言われたとおりにしてるよ、爺ちゃん。

ヴェルディ伯爵のスピーチが長々と続き、全員が飽きた所で乾杯があり、宴が開始された。

今夜はとにかく飲みまくろう。飲まないとやってられん。

今くらいは全ての憂いを忘れたい。

俺は卓上にある高そうなワインをグラスに注いで飲んだ。美味い。良い酒だ。

メニュー画面が開いた。

『《食神の御子》を発動しました。ヘルベティア王国の南部地方の白ワインを記録しました』

俺は次々とワインを開けて、《食神の御子》にワインの味を記憶させた。

特に『天使の涙』という白ワインが美味い。独特の甘さとコクのある喉越しがクセになる。使用している葡萄がよほど良いのだろう。これ地球に持ち帰って生産したら、一財産稼げるかも知れない。地球にはない味のワインだ。

「酒が好きなんだね」

俺の背中に声がかかった。振り返ると俺は息をのんだ。

美しい女性がいた。

長い灰金色の髪に灰色の瞳。その瞳と同じく灰色のドレスを身に纏っている。胸が大きく空いており、小さいながらも形の良い乳房の輪郭が見える。

健康的かつ端麗な顔立ちは、太陽のような印象を与える。

俺は数秒見とれて、マヌケに口を開けていた。慌てて美女にたいして頭を軽く下げる。

「は、初めまして。僕は相葉ナギと申します」

なるべく慇懃に口上を述べる。確実に身分の高いご令嬢だろう。気をつけねば。

「いや、名前は勿論知ってるよ、ナギ」

灰金色の髪の美女は、クスリと微笑した。
俺はその時、ようやく気付いた。

「エヴァンゼリン?」
「そうだよ。誰だと思ってたんだい?」

エヴァンゼリンが、腰に手を当てて陽気な笑声をあげる。
俺は恥ずかくて頬をかいた。

「……いや、髪が長くて気付かなかった」

「付け毛さ。こういう席ではお洒落しないとね」
エヴァンゼリンが優美な仕草で付け毛の髪を手でかきあげる。

「どうだい。僕も中々のもんだろう? 絶世の美女ここにありさ」

「うん。本当に綺麗だ」

俺は心からそう言って頷くと、エヴァンゼリンが数瞬固まり、次の刹那、頬を赤らめた。

「そ、そんな台詞、めんと向かってよく言えるね!」
灰金色の髪の少女は、耳まで真っ赤になり叫ぶ。

「え? 何が? だってエヴァンゼリンは美人だし。長い髪とドレスが似合ってて、凄い色気のある淑女に見えるよ?」

「あ、がっ、う……」

エヴァンゼリンは2,3散歩その場から後退した。どうしたんだろうか?

「……その辺にしといてやれい」

レイヴィア様が俺の後頭部を軽く叩いた。

「ナギ様……」

セドナが頬を膨らませて俺の服の袖を摘まんだ。

「どうしたセドナ?」

「……私は如何でしょうか?」

セドナが純白のドレス姿を俺に披露する。

「凄い似合っている。全身が宝石のように輝いているよ。多分、世界一綺麗だと思う」

俺が言うと、セドナは長い耳をピンと立たせて、頬を染めた。そして両手を頬にあててモジモジと嬉しそうに口元を緩ませる。

「えへへぇ……」

セドナがクネクネを身をよじらせ始めた。どうした?

「そなたいつか女に刺されるぞい……」

 レイヴィア様が冷たい眼で俺を見た。

「なんでですか?」

「自分で考えい」

レイヴィア様は吐息をつくとワインをグイッと煽った。その時、突如鎧を着た騎士が広間に乱入してきた。

「ヴェルディ閣下!」

騎士が叫び、衆目が彼に集まる。

「何事か?」

ヴェルディ伯爵が誰何する。

「祝賀の席にての不敬お許しください! 緊急事態です!」

騎士の言葉に広間全体に緊張が走る。

「魔神軍の大軍が南下してきました! 現在、我がヘルベティア王国の王都アリアドネに向かい進撃中! その総数20万以上!」

「20万だと!」

ヴェルディ伯爵が叫び、列席者達の顔が恐怖に染まった。





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