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第2章 神々の黄昏
アースガルズ
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【場所:アースガルズにあるオーディンの宮殿ヴァルハラ】
【時間:不明】
******************
相葉ナギとセドナは、アースガルズに転移した。
ナギとセドナの視界にアースガルズが飛び込んでくる。
「おお……」
ナギは呻いた。言葉にならない。
今、ナギ、セドナ、そして女神ケレスは、空に浮かんでいた。
その状態でアースガルズを見下ろす。
空の上には雲がたなびき、虹が輝いてる。
大地には、500メートルをこえる大樹の森や、美しい花々が咲く草原広がっている。神聖かつ清浄な空気が、ここが神の住まう場所だと雄弁に物語っていた。
「さて、参りましょうか」
女神ケレスが、のんびりとした口調で言った。
(まるでピクニックにでも行くみたいだ……)
と、ナギは思った。
どうも、この女神様と話していると調子が狂うことが多い。
ナギとセドナの体が、空を飛んでいく。
雲の中に入っていく。
30分後、雲の海から出た。
巨大な島が空に浮かんでいた。
女神ケレスが飛ぶと、引っ張られるようにナギとセドナの体が浮島めがけて飛んでいく。
浮島を見渡せる位置に来た。
「ちなみにあれが、オーディンのいるヴァルハラ宮殿です」
女神ケレスが指をさした。
ナギとセドナが視線を移動させる。
浮島の中央に白を基調として黄金で彩られた大宮殿があった。
あまりに大きい宮殿で、驚くより呆れそうになる。
大きすぎて、遠近感が狂い、目測もできない。
バッキンガム宮殿の何十倍だ?
女神ケレス様の先導で、俺とセドナはヴァルハラ宮殿の門の前で、静止した。
扉がデカい。デカすぎる。
山のようだ。
一体、どの位の大きさだろうか?
俺が目測しようとしていると、ケレス様が声をかけてきた。
「人間の距離や、時間の感覚を超越している場所ですから、計測は無意味ですよ?」
俺は、肩をすくめて目測を止めた。確かに意味はないし、出来たとしても、混乱するだけかもしれない。
ケレス様が片手をあげると、門が開いた。
地響きのような音を立てて、ヴァルハラの門が開く。
(ここを潜る者は一切の希望を捨てよ)
ふいに俺の脳裏に、この言葉がよぎった。
ダンテの『神曲』の一節だ。
地獄の門の頂きに記された銘文。
不吉な予感を覚えて、俺は頭をふった。
ヴァルハラの門を潜ると、白い宮殿内に入る。
ナギとセドナ、ケレスは飛翔しながら、宮殿の奥にむけて進んでいく。五十を超える広間をぬけると、一際、豪奢な文様が施された門があった。
ケレス様が、数歩前に出る。
「オーディンよ。女神ケレスです。門をあけて下さい」
ケレスが言うと門が開いた。
「オーディンが、この部屋の奥にいます。参りましょう」
ケレスがナギに視線をむける。
ナギは頷いた。横にいるセドナも頷く。ケレスが宙空を飛翔し、ナギとセドナの体も飛翔して奥に進む。
巨大な室内には濃い霧が満ちていた。視界が閉ざされ何も見えない。
やがて、霧が晴れた。
ナギの視界にオーディンの巨大な姿が移し込まれた。
オーディンは、巨大な玉座に腰掛け、ケレス、ナギ、セドナを睥睨した。
全長30メートルはあるだろう。
オーディンは、彫りの深い端正な顔立ちをしていた。
40歳前後の壮年の風貌をしており、黄金の鎧を身につけている。体格は頑健で鎧の下からも、隆起した筋肉が見えるかのようだ。
オーディンは、両眼を閉じて彫像のように座していた。
ナギは、自分の体が小刻みに震えていることに気付いた。圧倒的な覇気に、対峙しているだけで気圧されそうになる。
「……ケレスか……」
殷賑とした声がオーディンの口から漏れた。
「はい。約束どおり、相葉ナギを連れて参りました」
ケレスが、オーディンを正面から見据える。
ケレス、ナギ、セドナは、宙空に浮かんだ状態のままオーディンと対峙した。
(ナギさん、聞こえますか?)
ナギの脳内にケレスの声が響く。
(はい。聞こえます)
とナギは心中で答えた。
(これは念話(テレパティア)です。時折、この念話で指示を出しますから……)
ケレスは一歩前に出た。
「こちらが、相葉ナギ。そして、彼の背後にいる少女はセドナと申します」
ケレスに即され、ナギとセドナはオーディンに挨拶をした。
「……初めまして、相葉ナギと申します」
「私はセドナと言います。どうぞよろしくお願いします」
ナギとセドナが、口上を述べると、オーディンは両眼を開いた。
オーディンの左目は潰れ、眼窩が空洞になっていた。右目は氷のように鋭く光る碧眼があり、ナギとセドナを見据える。
「……その少女はいかなる資格を持って、この場にいる?」
オーディンがセドナに視線を投じた。オーディンは殊更にセドナを害しようとした訳ではないが、視線に含まれる神力の強さが、衝撃となってセドナの華奢な体を打ち据えた。
セドナが怯え、身を縮める。ナギはとっさにセドナを背後にかばってオーディンの視線からセドナを守る。
「オーディンよ。このセドナと申す少女は、相葉ナギと《眷臣(けんしん)の盟約(めいやく)》という儀式によって、魂と魔力が、融合しております。
相葉ナギと魂が、融合している以上、彼女は相葉ナギの分身と言って良い存在。この場にいる資格ありと私が判断致しました。それとも私の判断に異論でもおありで?」
ケレスが、翡翠の瞳に強い光をよぎらせた。しばし、ケレスとオーディンが無言で視線を衝突させる。
やがて、オーディンが折れた。
「……良かろう。セドナなる少女の同席を許可する」
「貴方の寛容さに感謝を……」
ケレスが、頭を僅かに下げた。
「それでは早速、評議に入りましょう。オーディンよ。『魂の管理者』よ。貴方の権限で相葉ナギを地球に帰還する許可を出して頂けませんか?」
ケレスが丁寧な口調で言うとオーディンは沈思し、やがて口を開いた。
「……一度、死した者を元の世界に戻すのは神律(しんりつ)に反する。それはそなたも承知していよう……」
「はい。ですが、ここにいる相葉ナギは、私の手違いにて殺害してしまったのです。特例を認めて頂くだけの条件は揃っているように思いますが?」
ケレスが強い意志を瞳に込めた。
「……特例はかつてあった。だが、軽々と幾度も特例を出すわけにはいかぬ……。相葉ナギという男にそれだけの価値があるのか?」
「……それは貴方が判断なさるべきことでしょう」
ケレスがやや挑発的に言う。
「……そうだな」
オーディンが巨大な碧眼をナギに向けた。
軍神の隻眼と、ナギの黒瞳が正面からぶつかる。
オーディンから発せられる神力が波動となってナギの全身を打つ。
「うっ」
ナギは思わず呻いた。軍神の放つ神力が、ナギを押しつぶすように圧迫する。鼓動が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
オーディンに肉体も、精神も、魂さえも探られている。
ふいに、ナギの魂に、祖父・円心の声が響いた。
『如何なる時も心を乱すな。心を乱せば負けるぞ。呼気を整えろ』
ナギは円心の顔を思い浮かべながら呼気を整えた。
その時、オーディンの碧眼に驚きの表情がよぎった。
「……お前は、円心の血族か……」
オーディンの独語は、彼の口の中にとどまったためナギとセドナには聞こえなかった。
「……そうか。そういうことか、ケレス……」
オーディンは、ケレスに視線を移した。ケレスは穏やかに微笑したまま沈黙を守った。
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