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第1章   新世界へ

夢幻の少女

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ナギが合図を言って扉を開けると、セドナは先程と同じ表情で椅子に腰掛けていた。

どうやら、俺の帰りを待っていたらしい。凄く嬉しそうな顔をしている。醜い顔だが愛嬌がある。なんだか段々、可愛く思えてきた。

「ただいま」

と俺が言うと、凄く嬉しそうな顔をしていた。

「さて、これを食おう。まあ、美味いかどうか分からんが……」

俺は円卓の上に買ってきた食料を置いた。

黒パン。干し肉。リンゴが2つ。

合わせて、800クローナ。

セドナが不細工な体を縮めた。遠慮しているようだ。

「食べなよ。遠慮はいらない。レイヴィア様から頂いたお金で買ったんだ。だから、お前には食べる権利がある」

セドナは申し訳なさそうに深く頭を下げて黒パンにかぶり付いた。よほど腹が減っていたんだろう。あっと言う間に黒パンを食べ終えた。

「ほら、セドナ。これも食べな」

俺は苦笑しながら黒パンの半分をちぎってセドナに分け与えた。セドナは首をフルフルと振った。

それは申し訳なさ過ぎて出来ないと遠慮しているのが分かる。

「いいから、食べろ。命令だ」

 俺が言うと、セドナの黄金の瞳に涙が溢れた。顔を両手でおおい体を振るわせる。その仕草は小さい子供のようで俺は思わず胸が痛んだ。自然とセドナの頭に手が伸びて、セドナの顔を撫でる。セドナが俺の瞳を見つめた。

黄金の瞳が俺を直視し、縋るような色彩を浮かべる。

「……大丈夫だ。俺はお前を護る……」

俺の口から自然とそんな言葉が出ていた。なぜ、こんなことを口にしたのか分からない。

セドナは数秒、俺を見た後俺にむかって両手を合わせて拝むような仕草をした。まるで、信徒が神にむかって礼拝するかのようだった。

その時、ふいに床に血がついているのを見つけた。驚いて視線を移動させるとセドナの右足の脹ら脛から血が滴っていることに気付いた。

「……セドナ。足を見せろ」

俺はセドナの右足を手に取った。そして舌打ちをする。脹ら脛に化膿した傷があった。小さいが切り傷のようだ。血はかさぶたが剥がれて、膿ともに流れ出ていたのだ。

(どうして、早く言わないんだ!)

と言いかけて俺は唇を噛んだ。

こいつは、口がきけないんだ。もしくは俺に遠慮して……。

クソっ!

俺はすぐさまセドナを抱きかかえると風呂場に運んだ。

ありがたいことにシャワーがあり、魔晶石によってすぐに熱いお湯が出た。

「治療するからな……。動くなよ」

セドナが、嬉しそうに唸った。

俺はぬるま湯に調節すると、セドナの傷にお湯を当てて膿と汚れを洗った。膿と血の匂いが鼻につく。

傷口を清潔にすると、俺は風呂場から出てベッドのシーツを短剣で引き裂いた。

そして、風呂場に戻りセドナの傷口に包帯のようにシーツを巻き付ける。

俺はセドナを抱きかかえて、ベッドに降ろすと室内をグルグルと歩き始めた。

どうする? これはマズイことになった。破傷風にでもなったらどうする?

どうすれば、治療できる?

医者? 薬?

しかし、俺にはツテがない……。

こんな時に誰か頼れる人が一人でもいれば……。

俺は拳を握りしめて、叫んだ。

「レイヴィア様! どこにいるんだよ!」

「ここにいるぞぃ」

白い光が室内に弾けると同時に、レイヴィア様が現れた。

レイヴィア様は面白がるような、それでいて感心したような不可思議な笑みを浮かべていた。

「よくぞ、ワシとの誓約を護ってくれたのぉ。そなたはセドナを託すにたる。合格じゃ」

「試していたのですか?」

「当然じゃ。それよりも大精霊たるワシに認められたことを喜ぶべきじゃな。ワシに褒められる人間なんぞ滅多におらんぞ?」

レイヴィア様は全く悪びれる様子もなく言った。俺は怒る気が失せた。

「それよりも、セドナの傷が……」

「もう魔法で治した。軽傷じゃったぞ。安心せい」

 俺は肩を落として安堵した。

「さて、では誓約どおりそなたにこの大精霊レイヴィア様の恩寵をくれてやろう。感謝して受けとれい。……おい、なんで喜ばぬ? もっと喜ぶべきじゃろうが?」

大精霊様が、頬を膨らませて怒った。

俺は感謝を要求されていることに気付いて慌てて言う。

「あ……。その、いや、嬉しいです。ありがとうございます」

「うむ。うむ。もう少し感謝せい」

レイヴィア様が腕を組み胸をそらす。大きな胸が腕で持ち上げられて揺れる。

こんなに感謝を強制されたのは、初めてです。厚かましい御方だ。

「……もう、感激で泣きそうです。嬉しいなァ」

俺は感情のこもらない声で言った。

「うむ。うむ。それで、それで?」

だが、レイヴィア様は大喜びした。腕組みしたまま嬉しそうにふんぞりかえる。

「レイヴィア様のような、美しい大精霊に恩寵をもらえるなんて最高です」

「そうじゃろう、そうじゃろう。ワシは美しい大精霊様じゃからな。この世に精霊は数多あれど、ワシほどの美貌の持ち主は滅多におるものではないからのぅ」

レイヴィア様は更にふんぞりかえった。反り返りすぎてスカートがめくれ、パンツが丸見えになっている。

「……もうこの辺で良いですかね? 褒める語彙も途切れました」

俺が軽く首を振るとレイヴィア様は少し頬を膨らませた。

「むう。まあ、しょうがないのう。……またわしを褒めたくなったら遠慮なく褒めて良いぞ?」

「……考えておきます……」

「なんじゃ、その気合いのない返事は? まあ、良い。それでは約束どおり恩寵を与える」

レイヴィア様はそう言うと、すいっと俺に近づいた。そして、俺の唇に自分の唇を重ねる。俺は目を見開き、衝撃で固まった。甘く柔らかい唇の感触が伝わってくる。恐ろしい程、甘美な香りが脳天を貫く。

レイヴィア様の舌が俺の舌を絡めた。次の刹那、重く鋭い衝撃が落雷のように俺の全身を走り抜けた。

「ぐぅッ!」

苦悶の喘ぎとともに、俺は両膝を床についた。セドナが、驚いて俺を見つめている。いきなり、全身に激痛が走り出した。苦痛の呻きが、俺の口から漏れ出す。

目が眩む。

なんだ、これは? これは攻撃か? 毒? 魔法?

俺は殺されるのか?

「心配するな死にはせん。すぐに痛みは消える」

レイヴィア様が、そういった直後、俺の体から苦痛が消え去った。

俺は安堵の吐息をはき出した。

直後、体から力が溢れ出すのを感じた。

全身の細胞から活力が吹き出し、魂が鳴動している。

「相葉ナギよ。我が愛し子の《揺り籠》にして《盾》よ。そなたに我が恩寵を授けた。これより誓約に従い、そなたを守護する。この誓約は絶対である」

レイヴィア様は、そう言うと俺の腕を取って立ち上がらせた。

「さて、時間がないので、すぐに次の話をさせてもらうぞ。良いか? よく聞くのじゃぞ?」

「は……はい……」

俺は背筋を伸ばした。

レイヴィア様が言うには完全体になるには、まだ時間がかかるそうだ。そのため、もうじき実体化を解いて現世から消える。

その間、セドナをよろしく頼む、と言ってきた。

「ワシが与えたスキルについては、特別な時間を使って、教えてやろう。そなたに宿る不可解な力についてものう……」

レイヴィア様が意味深な微笑を浮かべた。

特別な時間? 

不可解な力?  女神ケレス様からもらった力のことか?

俺が疑問に思うと同時に、レイヴィア様の体が光の粒子となって霧散し消失した。

俺はなんとなく頭を振ると、セドナの方に視線を投じた。

「え?」

俺は間抜けな声を出した。

セドナがベッドから消えていた。

代わりにいたのは、10歳位の全裸の少女だった。

その少女のあまりの美しさに、俺は金縛りにあったように身動きが取れなくなった。

幻想の息吹で構成されたような美貌。

純金を溶かしたような黄金の瞳。銀色に輝く艶やかな長い髪。

処女雪よりも、なお白い肌が光るように輝いている。全身が華奢で細身のせいか、儚げな印象をもつ容姿だった。

ガラス細工のように繊細で、脆く、少しでも乱暴に扱えば壊れてしまうような……。

女神ケレス様もレイヴィア様も美しかった。

だが、この少女の美貌は桁が違う。

俺は圧倒的な美をもつ少女に気圧されてわずかに後ずさった。

一糸まとわぬ裸体は白く輝き、シミどころかホクロさえもない。

あまりに完璧すぎる。よく見ると彼女の耳は少し先端が尖っていた。


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