花街に生きて

H・C・舟橋

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由紀夫

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 その年の暮れに太平洋戦争が始まった。

 尋常小学校途中で売られてしまった真澄は、高等女学校には入れず、国民学校初等科の補習を受けた。二年かけて修了すると、巡査の口利きを得て宮原で操業を始めたばかりの中島飛行機大宮製作所に女工として働きに出た。

 天を衝く中島の大煙突に向かって中仙道を北に歩けば、嬉遊館から半時間で通うことができた。もんぺ着用義務で青春期を着飾ることもできなかったが、同僚の女の子とたわいない話ができる工場勤めが楽しかった。

 真澄が勤めに出る頃には、飲食店への食糧統制が厳しくなり、嬉遊館は料理屋に材料を提供して辛うじて営業を続けていた。それでも最後まで召集を逃れた鉄道員や、出征兵士が特配の食材や酒を持ち込んで慰安所としての体を保っていた。次第に少なくなった休みを、真澄と征子たちは食料調達にリヤカーを曳き、原市新道を伊奈や蓮田の農村を巡った。

 終戦の年の四月に大宮駅周辺に焼夷弾の空襲があったが、路地一本の差で嬉遊館は延焼を免れ、真澄をはじめとした石橋一族に被害は無かった。玉音放送を理解できぬまま聞いた後、戦争が終わったと知った十九歳の真澄は、ようやくスカートを履けると思うと嬉しくなった。

 幸太郎の長男由紀夫が入学した商業学校は、戦時の閣議決定で工業学校へ転換され、粗野な鉄道員子弟に揉まれているうちに勤労動員が始まり、吉敷町の片岡製糸工場に通って飛行機の部品作りで授業をろくに受けないうちに戦争が終わった。再開した商業学校に戻ると二年かかって卒業し、待合の若旦那ではなく、堅気の消防士になった。

 戦後の混乱の中、しばらくは自分の口を養うことに忙しかった花街の人間たちであったが、闇市が立って物流が賑わい始めると、カネを得た男たちが娼妓を求めて押し寄せ、再び活況を呈するようになった。

 嬉遊館も闇物資で稼いだ者たちで潤っていた。懐が膨らむようになると、幸太郎は再び旦那然として骨董趣味や、女遊びにこれを投じはじめた。
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