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ケイコ乱入①

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 十二日の土曜午前十一時。篠崎は独身寮のセルフランドリーで一週間分の洗濯物の脱水を終え、部屋のベランダに干していた。干しきれないものは、ユニットバス内のパイプにぶら下げる。

誰かがドアをノックした。
「どうぞ」バスルームから大声で応えた。

 鍵などかけていない。元々はビジネスホテルだったものを、経営不振に陥ったオーナーが、商工会仲間のシンメカ創業者に泣きついて引き取らせた建物である。フロントこそ無いが、住み込みの管理人一家がいるので、不審者が来るはずもない。入寮者はたいて新卒から三十歳くらいまでの若手なので、部長職の篠崎の部屋に、気軽に訪ねてくる者はいない。単身赴任の管理職は、概ね小奇麗なワンルームマンションを借上げ社宅にしてもらっている。

 ドアを開けたのは、ケイコだった。

「なんだい、予告もなく来るなんて。それに、独身寮は女人禁制だろう?」篠崎はユニットバスのドアから顔を出して応える。

「駅前の和菓子屋さんで買い物をしている時に急に思い立ったので、善は急げでやってきました。昭和人のシノザキ部長には『ゆとり』の常識が通用しないようですね。それに『当寮関係者以外』が立ち入り禁止です」

「きみは立ち入っていいのか?」

「関係者ですから」当然という顔で、襟にクリップした訪問者バッジを見せる。

「広義に解釈しすぎているように思うんだが。それで、用件は?」

「立ち話もなんですから、奥でお願いします」

 勝手に上がり込んできた。篠崎はしかたなく、玄関ドアに三角のドアストッパーを蹴り込み、全開で固定した。

「さすが部長。『不正検査マニュアル』通り、『尋問手法』の原則を守るんですね。密室にしたら、自白の任意性が疑われますものね!」

 すでに四つん這い姿勢で本棚の最下段をチェックしているケイコが、振り向きながら言った。ヒザ丈ベージュ色プリーツスカートの、こちらに突き出された意外に形の良いヒップに目が行ってしまう。私服姿は初めてだった。

「ぼくが君を尋問してどうなるんだ?」

 意識してケイコの尻から目を逸らして、スマホのレコーダ機能を起動させた。ベッドに占有された部屋幅の残り二分の一にある、ガラス天板のローテーブル上に置く。ケイコは次いで窓際の巾半間のデスク下に積まれた雑誌類を漁っている。

「逆です。あたしが部長を尋問するんです。へえ~、部長は意外とストイックなんですね。男やもめの部屋はたいていエロ本やAVが隠してあるって言われるんですけど。それじゃ、ここはどうだ!」

 勝手にデスク下に収めたチェストの引き出しをあけ始めた。

「ざんね~ん、ハズレ。部長、もしかしてLGBTですか?その割には『薔薇』関係も無いですね」

 きょうび紙媒体でその手のモノを持つ方が少ない。アダルト関係はビデオも写真集も、画像データとしてデスク上のブックエンドに立てたノートPCの中である。

「こら、それ以上漁るな。不正検査でも、許可なしガサ入れは訴えられるぞ」

「へっへぇ~ん、スマホで音だけ録っても、あたしが『きゃ~! やめて!』と叫べば一発ダウト、いやギルティですよ」

 聞く耳持たず、ごそごそと机をかき回し続ける。
スマホを録画モードに変更し、デスク上のホルダーに立て、レンズを部屋に向けた。

「64ギガバイトのメモリで録画しきれますかねぇ・・・」

「何時間居座るつもりだ!」

「冗談ですよ。あっ、この写真! ブチョーのカノジョでしょ! やっだぁ、部長若~い!」

紙製のミニアルバムを開き、銀塩写真のプリントを見ている。弧を描いた海岸線を背景に、標高の書かれた立て札の前でポニーテールの女性の肩を抱いた若い篠崎が写っていた。

「それはダメだ。返してくれ」ちょっと焦り、奪い返そうと手を伸ばす。

「おっと、そうはいきません!」いじめっ子小学生のように、篠崎に背を向けてミニアルバムを両手で掲げ、女性とツーショットの写真を引き出す。当時のカメラの定番で、右下に撮影日がオレンジ色で焼き込まれている。

「ふうん、’97年ですか。部長、二十歳ですね。このポニテの女(ひと)が彼女? うちの母に良く似てますね。って、もしかして、お母さんと付き合ってたの? フケツ! ブチョー、フケツ!」

「馬鹿言うな。その頃きみはもう小学生になっていただろう!」

「ああ、そういえば、そうですね。取り乱して失礼しました。それで、なんですって、『箱根ターンパイクにて恵子と』この女(ひと)もケイコって言うんだ」

写真を裏返してメモを読んだ。

 ケイコはシンメカに入社して、篠崎の下に配属された頃を思い返した。初日に名乗った時の篠崎のまぶしそうな目。残業中の集計作業の合間に交わした会話で、おさげツインテールもいいが、ポニーテールにしたら似合うのではないかと言われた夜。
 しばらく写真の裏表しながら眺めていたケイコが問う。

「それで、この女(ひと)とは、どうして別れたんですか? 彼女はどうなったんですか? まだ連絡とっているんですか?」

「二つ目までは『開いた質問』だが、最後は『閉じた質問』だな。そもそも、尋問は一問一答が原則だ。何が訊きたい?」

半ばはぐらかすつもりで、篠崎は『尋問手法』の内容を問いただす。

「とにかく、この女(オンナ)とは、今現在、どういう関係なんですか? それを訊きたいです!」

「彼女は十三年前に夫の運転する車の事故で夫と共に亡くなった。墓所は知らない」

 ケイコからも写真からも目を逸らし、低く答えた。大学卒業以来、恵子の写真を見るのは躊躇っている。このミニアルバムも、単身赴任に持参するか迷った末、開くことなく持ってきた。覚悟ができていないところに、ケイコによって開かれたあの日の恵子の微笑みに動揺している。

 瞬間、言葉を失って固まったケイコだったが、すぐに尋問を再開した。

「すいません、辛いことを思い出させたみたいで。ただ一点、確認させてください。わたしにポニテを勧めたのは、この女(ひと)の面影を求めたからですか?」

 うっ、と篠崎は言葉に詰まった。たしかにコバヤシケイコに、かつての恋人、恵子の遠い日の姿を見ることはある。

「ばばばばば、バカを言ってはいけない。一回りも下の娘に、そんな不埒な想いを抱いたりはしない」この女に手でも触れようものなら、即座にKOされるだろうし。

 ふうん、そうですか。とだけ言って、ケイコはガサ入れを中止し、勧められてもいないベッドに腰掛けた。
ピンクの大きな襟のシャツの、袖を捲り上げている。会社ではゆるい作業服姿なので、バストが目立つことは無かった。シャツ一枚でもやはり目立たない。いわゆる、AAカップなのだろう。

「こら、男の部屋でベッドに座るな。座布団あるからこっちに座れ」

 女性とベッドに並んで腰掛けると、高確率で押し倒しに至るという。そのシチュエーション防止のためである。

「そう来ますか。じゃ、あたしの匂いをシーツに擦り込んでおきますね!」

 ケイコは横になると、ベッドの上をごろごろと左右に転がって見せた。シャツの第五ボタンから下が捲れ、ヘソが露わになる。予想外にくびれていたウエストに行ってしまった視線を、無理矢理窓外に移動させ、敢えて叱責口調でたしなめる。

「馬鹿やってないで、こっちに座れ!」

「へーん、女の子にベッドにマーキングされて、本当はうれしいくせに!」枕に顎を乗せて、不貞腐れたように返す。

「二十七にもなって、まだ『子』を主張するのか、きみは。さっさと降りろ!」

「本当に素直じゃないですね。さっき、『娘』と言ってませんでした? それから、枕カバーはせめて三日に一度は交換したほうがいいですよ。中年臭かったです」一応、素直にベッドから降りてきた。
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