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雄飛の章
第九話 報告
しおりを挟むシェレンブルク決戦はライフアイゼン王国の完全勝利で終わった。
僅かに残された守備兵と、戦場から逃れたヴァーグ兵は勧告に従い降伏し、即日開城する。
降伏した兵は、希望者はライフアイゼン軍に編入し、ヴァーグ本国への帰国を望む者にはレオンはこれを寛容に許した。
シェレンブルク城は内部に町を備えた城塞都市である。
ライフアイゼン城程ではないが、南部でも有数の大都市であり、内部の安全確認をするのに三日を要する程の規模だった。
レオンとリーザが護衛を伴いながらシェレンブルク城に入城する。
リーザがこの城を離れてから半年程経つが、城内の調度品など全て変わっており、それを見るたびにリーザは少なからず心が動かされるが、その度にレオンがそっと手を少しだけ強く握っている。
謁見の間にたどり着くと、レオンとリーザは用意された椅子に座り、戦果報告と状況報告が始まる。
戦果を報告する各将軍の顔は晴れやかで、またオットーの戦略眼を褒めたたえるものだった。
当のオットーは恐縮するばかりで、「ただ陛下と姫殿下の御威光と皆様の協力と部下たちに助けられただけでございます」言うだけだった。
レオンは「なるほど、これだけ謙虚ではいくら父上でもオットーを将軍にするのにあと三年は必要だっただろう」と声を掛けると、謁見の間は笑いに包まれる。
リーザも直々に「これでアメリアにお土産話が出来ましたね」と声を掛ける程に謁見の間は賑やかだった。
損害報告や捕虜の扱い、軍の再編の指示を出し、各々に任務を担当させ、解散する。
「二、三日中にはヴァーグ本国へバルナバス達を派遣するけど、その間は一旦王都に戻れるね」
「そうですね、ここにわたくしたちが手薄な時に残ってしまうと却って敵国を煽ってしまいますから」
諸将や文官たちが退室したあと、執務室に先程退室したばかりのテオバルトが入室してくる。
「レオン様、リーザ様、ただいま城門で警備をしていた近衛兵にホルガー・バルヒェットと名乗るものがリーザ様に面会を求めているとの事ですが」
「っ! ホルガー! ホルガーが生きていたのですか⁉」
「お義姉ちゃん、ホルガーって?」
「ローセ家の家宰です! 先の大戦で亡くなったものと……」
「お義姉ちゃんすぐに行こう。ヘレーネとイングリットも一緒に」
「「はっ」」
「テオバルト、案内を」
「はっ」
レオンはリーザの手を握ると、テオバルトを先導に、ホルガーを待たせているという一室へと急ぐ。
その部屋に到着すると、テオバルトが合図の後に扉を開け、ヘレーネとイングリットに挟まれながらレオンとリーザが入室する。
跪くその男の左腕が垂れ下がったまま違和感を感じたレオンだが、すぐに左腕が無いのだと気づく。
「ホルガー!」
「姫様!」
リーザが跪いたままのホルガーに駆け寄ると、左腕に気づき右手を取る。
「ホルガー、貴方腕が……」
「城内で戦闘になった時に傷を負いました。今はもう痛みもありませんのでご心配くださりませぬよう」
「ホルガー、生きていてくれて良かったです!」
「姫様、申し訳ありません、奥方様はわたくしに後を託されて自裁されました。お止めできず申し訳ありません……」
ホルガーが右腕をリーザの両手に握られたまま涙を流して謝罪する。
「いいえ、もし自裁しなければもっと大変な目に逢っていたでしょう、ホルガーだけでも生きていてくれて本当に良かったです」
レオンはホルガーの襟からわずかに見える傷を見て、ホルガーが何故左腕を失ったのかの見当がつく。
多分領主一族の遺体や印綬などの所在を吐かせるために失ったのだと。
「姫様、奥様と旦那様、若様のお墓がございます」
「えっ……」
「奥様のご遺体は事前に用意されていた場所に、そしてローゼ公と若様の首級は一部の兵が命を賭して持ち帰ってまいりました。そして奥様と同じ場所に埋葬してあります」
「ホルガー……」
「宜しければご案内させていただきます」
「お義姉ちゃん、行こう」
「ええ、レオン。ホルガー、案内していただけますか?」
「勿論です。あとこちらを」
ホルガーがリーザの両手からするっと手を抜くと、ポケットからハンカチを取り出して、片手で器用にそれを広げる。
「これはお母様とお父様の」
「はい。奥様から託されました、お二人の指輪でございます。姫様と王太子殿下にと」
そのハンカチに包まれていた二つの指輪を受け取ると、リーザが思わず涙する。
レオンはリーザを優しく抱きとめると、ゆっくり髪を梳くように頭をなでる。
そして、拷問の理由の一つがこれだと確信する。
幸いリーザは拷問の事実には気づいていないようだと少しだけ安堵する。
「ホルガー、大儀である」
「王太子殿下、いえ、陛下でございますか?」
「ああ、レオンだ。今回の役目大義である、余からも礼を言う」
「勿体ない仰せです!」
「お義姉ちゃん、さあ行こう」
「ええ、レオン。すみませんでした」
「ホルガー、案内を頼む」
「はっ」
ホルガーに案内された場所につく。
そこはシェレンブルクの民家の裏にある小高い丘の上に小さな墓標が立ててあるだけだった。
「ここにお父様、お母様、お兄様が……」
「はい」
リーザはその小さな墓標の前に膝をつき、両手を組む。
「お義姉ちゃん、俺も挨拶させてもらって良いかな」
「もちろんですよレオン」
「ありがとう」
レオンもリーザと同じように両ひざをつき、両手を組む。
「ローゼ公、アンネリーゼ殿、アンドレアス殿、お義姉ちゃん、リーザは俺が幸せにします。見守っていてください」
「レオン……」
「ホルガー」
「はっ」
「ローゼ公邸とここの管理を任せたいんだけど、俺に仕えてくれないかな。もちろん生き延びた人達がいれば探し出して登用して貰って構わないし、必要な人員は出す。ホルガーが主導してここと邸宅の管理をして欲しいんだ」
「……はっ。ご配慮、感謝いたします」
「レオン、ありがとう存じます」
「うん、お義姉ちゃん」
その後は、墓標の前で少し話をした後、レオンとリーザは城へ戻る。
◇
「クララとフリーデリーケはここまでで結構ですよ」
「「はい」」
リーザに寝室に連れ込まれるレオン。
今日の話の内容は大体わかっている。
いつものように即座に着替えたリーザに招かれ、レオンは寝台の上に乗ると、姉弟のほんとうの二人の時間だ。
「ねえお義姉ちゃん」
「なんですかレオン」
妙にご機嫌な返事をする義姉に、レオンは多分何を言うかわかっているんだろうなと判断する。
「王都に戻ったら、俺と婚約して欲しいんだ」
「ええ、レオン。ありがとう存じます」
「なんか随分返事が軽い気がする……」
「お義父様とも約束していましたしね。二人の想いが通じ合ってるのなら一緒になれと。今日レオンがお父様とお母様とお兄様にも誓ってくれましたし、いつお義姉ちゃんに言ってくれるのかなと少し心配していたんですよ」
「うん。お義姉ちゃん大好きだよ。俺と結婚して欲しい。まずは婚約だけどね」
「はいレオン。もちろんお受けします。すごくうれしいです!」
リーザはいつものようにぎゅっとレオンの頭を抱きしめる。
「なんだ、お義姉ちゃんも緊張していたんだね」
「当たり前ですよレオン。わたくしだって女の子なんですから」
「でも帰ったらまずはアメリアにお土産だね」
「オットーがまだ帰られないのが残念ですけどね」
「オットーには寡兵でシェレンブルクを防衛する任務があるしね」
「ええ、その分いっぱいアメリアにお土産話をしてあげないといけませんね」
二人の結婚はこれより二年後、レオンが大陸を再統一したあとに行われた。
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