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序章
第一話 違和感
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ダイアー帝国は四百年前の統一戦争に勝利して大陸統一を果たした史上初めての帝国である。
帝位継承争いが発生する度に後継者候補達はそれぞれの外戚、利害関係の一致する諸侯王を後ろ盾にその正統性を主張し争ってきた。
そんな事を繰り返し続けたダイアー帝国の力は弱体化し、首都セントラルガーランド及び周辺地域のみを支配する小国となっていった。
現在の帝国は諸侯王の支持が無ければ成立しない傀儡国家と化したのである。
帝歴四百九年六月に皇帝ギュスターヴが急逝すると、第二皇子アウレリウスはギュスターヴの遺言状により、自身を次代の皇帝であると宣言する。
身の危険を感じた皇太子ハリードは僅かな側近を連れて帝都を脱出し、亡き皇后の祖国シュトラス王国へ庇護を求めた。
第二皇子に近しいファルコ王国は即座に第二皇子支持を表明し、エグル王国、ガビーノ王国もそれに続く。
ハリードはシュトラス王国出身の皇后を母とする帝位継承権一位の皇太子であるが、皇后はハリード出産後に病没する。
皇帝ギュスターヴはファルコ王国の王女を皇貴妃とし、アウレリウスが生まれる。
本来第二婦人たる皇貴妃から生まれた子には帝位継承権は無かったが、ギュスターヴはアウレリウスを溺愛し第二位の帝位継承権を与えたいと諸侯王に諮る。
諸侯王は本来の第二位の継承権を持つ皇弟リチャード大公が病弱であり且つ子が無い事、更にリチャード自身が継承権を望んでない事もあり、皇太子ハリードに不測の事態が発生した場合に備えての継承権、という条件でギュスターヴの決定を支持したという経緯があった。
ハリードは第二皇子派連合に対抗すべく、アウレリウスを偽書によって帝位簒奪を企む反逆者と檄文を発し、まずは皇太子が後ろ盾とするシュトラス王国、次に皇太子と自国の王女の婚約が内定しているヴァーグ王国が皇太子支持を表明した。
皇太子は檄文に応じなかった、諸侯王の中でも最大勢力を誇る大陸南部の雄ライフアイゼン王国に助力を要請する。
まずは政治的解決を図るべきと参戦を渋っていたライフアイゼン国王ランベルト・ライフアイゼンであったが、帝国は長子相続が慣例であり、ハリードが健在である以上相続権はハリードにある事、第二皇子派が兵を集め強硬手段に出る構えを見せた事で、政治的解決は無理と判断し皇太子派への参加を決意した。
第二皇子派が帝都セントラルガーランドに五万の軍勢を集めると、ローゼ公国領に向けて進軍を開始する。
皇太子派もローゼ公国領首都シェレンブルクに七万の軍勢を集結し、ローゼ公国領バルザース平原へと迎撃に向かう。
今まさに、大陸を二分する大戦が勃発しようとしていた。
◇
帝歴四百九年六月二十日
「どうでしたか軍議は」
ライフアイゼン王国軍の将バルナバス・グナイゼナウは、シュトラス王国軍本陣から護衛を伴って出てきたランベルトに付き従いながら問う。
周囲の護衛に目配せし、話を聞かれぬよう距離を取らせると、濃い金髪をかきあげて大きなため息をつく。その表情は大分疲れていた。
「話にならん。とにかく兵力は上回っているのだから早く戦えの一点張りだ」
「流石シュトラスの血を引くお方と言うところですかな」
「冗談でも笑えんよ。とにかくそれぞれの軍の正面の敵をまず叩くという話に落ち着いた」
「左翼の我らの相手はファルコ、中央のシュトラスはエグル、右翼のヴァーグはガビーノですか」
「出陣は明日。糧秣はシェレンブルクの備蓄庫から賄っている関係上、短期決戦しか手はないが流石に準備不足は否めん」
「兵書にも拙速は巧遅に勝るとあります。案外皇太子殿下には兵法家の素質があるのかも知れませぬな」
「バルナバス、今日は随分と口が軽いではないか」
「これだけの兵力がぶつかる大戦など古今例がありません。軍を預かる将としては逸る気持ちは抑えられませぬ」
「明日は期待しているぞ、常勝将軍」
「その名に負けぬよう、陛下の御為に全力を尽くします」
目を輝かせて言うそのバルナバスの言葉に、先ほどの軍議で気落ちしていたのが幾分楽になったランベルトは、護衛として付き従っている護衛隊士の一人にオットマール・ローゼ公爵を呼ぶよう伝えると、自身の幕舎に戻る。
◇
ライフアイゼン国軍本陣に到着したランベルトが陣図を眺めていると、護衛隊士である青年将校カール・リヒターが声を掛ける。
「陛下、ローゼ公が御到着されました」
「通せ」
「お呼びと聞き参上いたしました」
「ご苦労。領民の避難はどうか」
「順調です。他領も含めて希望した領民全て、明日には王都ルーヴェンブルクへ到着するかと」
「そうか、領地への被害については出来るだけの補償をする」
「この時の為に中央に近い大領地をお預かりし、与力としてフランチェン領、コースト領、ラーチェ領等周辺諸侯の取り纏めを任されているのです、お気になさらず」
「......今年の檸檬に影響が無ければいいのだがな」
「リーザの侍女に苗木をいくつか持たせましたので、万が一の事があっても少しですが今年の冬にはお渡しできるかと」
「笑えぬ冗談だ、今年も林檎を送るから必ずアンネリーゼ殿とリーザ嬢に渡してやってくれ」
「恐れ入ります。妻もリーザもあの林檎で作った菓子に目が無い様で毎年楽しみに待っておりますので必ずや」
「それとアンネリーゼ殿は避難してないと聞くが......良かったのか?」
「殆どの領民が避難しましたが、まだ極僅かの領民が残っております。領主の一族が揃って領民を見捨てて避難などできますまい。リーザはかなり駄々をこねましたが、避難してくれましたし、問題はありません」
「......御息女の事は任せてくれ。必ず終戦後に俺自ら送り届けるのでな」
「リーザが王城でご迷惑をおかけする事になると思いますが、よろしくお願いいたします」
「迷惑どころかリーザ嬢は是非レオンの妃に、と思っておるのだが」
「光栄ではありますが......、これ以上我が公国に影響力が増えても国家の為にはなりません、それに、リーザでは王太子妃は務まらぬでしょう。あれは少々お転婆なので」
王ランベルトの周囲にいる護衛隊士は貴族の子弟で構成される親衛隊から選抜されている。
特に王の護衛に選ばれる者は親衛隊の中でも技量に優れる高位の貴族の子弟だ、オットマールの失言一つで足元を掬われる場合もある。
小国に匹敵する大領を持つ王の連枝であり、ライフアイゼン国では王に次ぐ実力者であるオットマールは、周囲の兵達に聞こえるように、これ以上影響力を増す気は無いと他の貴族を牽制する。
「相変わらず其方は身内の評価が低いな、アンドレアスも随分立派になったが其方から息子の誉め言葉を聞いたことが無い。しかしお転婆と言えば殿下もシュトラス王も相変わらずだ。今すぐ戦を始めよと軍議でも矢の催促だったぞ」
オットマールの立場を考えずに思わず発言してしまったランベルトは、先ほどの軍議の話題に切り替えた。
「彼の国は武断の家柄ですからな。シュトラスも王都に極僅かな守備兵のみ残してほぼ全軍を連れて来ているようで」
「この戦に敗北すれば皇太子殿下が即位する事は叶わなくなる。であるならば自ら戦陣に立ち督戦し、士気高揚を図る。殿下のお気持ちもわからなくはないが」
「安全な場所でただ座ってるだけなのは御気性が許さぬのでしょう。大陸一のシュトラスの強兵一万五千、我らの四万、ヴァーグの一万五千で我らは第二皇子派の五万を数で上回っております。勝てる戦を何故さっさとやらぬのか。と周囲に漏らしているようです」
「なんとか出陣は明日という事で納得して頂いた。四半刻ほど前に全軍が布陣を終えたばかりで、すでに日が傾きかけている。にも拘わらず出陣せよなどと相変わらずなお方よ。で、本題だが......」
「はっ、御指定通り兵の配置も終わりましたが......少し妙ですな」
「オットマールもそう思うか」
「御意、糧秣も豊富な帝都に籠ることなく兵力的に劣ったまま出兵した事、第二皇子は帝都から動かず、こちらは殿下が参陣して士気も高い、不利な条件にも関わらず戦を急ぐというのが腑に落ちません」
「ひと当てした後に帝都まで退き、籠城するという事も考えられるが」
「数万の市民を抱える城郭都市で戦闘になれば兵士だけでなく市民も必死に抵抗するでしょうからな」
「仮に帝都を攻略しても市民の恨みを買えば殿下が即位しても統治が難しくなる。こちらとしても攻城戦は避けたいところだ」
「それに報告によると敵陣は随分人の動きが激しく、また布陣も一部乱れているようです。いくさ巧者と名高いファルコ王にしては些か不自然かと」
「うむ、俺も見てみたが前線に質の悪い兵を並べて戦列が歪だ。準備不足で連携が取れていないのか、それとも何か策があるのか......」
「帝都より後詰が合流する可能性もありますが、この平地では策の用いようもありません。それに......」
「地の利は我らにあり兵力も上回っている。が、警戒しておくに越したことはないだろう。こちらも混成軍ゆえに連携は期待できん。我が軍とシュトラス軍の間に布陣するオットマールには、正面のファルコ軍の相手以外にも状況次第ではシュトラス軍の援護に回ってもらう可能性がある。難しい役目だが諸侯の手綱は任せた。籠城の心配をする前にまずは野戦で勝利するしか無いからな」
「御意、諸侯兵の統率はお任せください」
◇
ランベルトの幕舎から退出したオットマールは、急ぎ足で自身の幕舎に戻ると腰を落ち着ける間も無く周囲に指示を出していく。
ローゼ公爵軍の将ゲオルク・バイルシュミットはランベルトの幕舎から戻ってきたオットマールのその行動を見て訝しむ。
「ゲオルク、近う」
「はっ」
「其方に一つ頼みごとがある」
オットマールは自分の周囲に侍る部下たちの耳に入らぬよう小声でゲオルクに指示を与える。
「......っ! しかし閣下......いえ、了承致しました」
「只の杞憂で終わる可能性が高い話だ。我が愛馬ブリュンヒルトを与えるゆえ存分に働いて欲しい」
「......はっ、お任せください、その際には身命を賭して任務を遂行致します」
その夜、ゲオルクは自身の隊の副長との打ち合わせを終えると、新たに幕舎をいくつか設営するように指示を出した。
帝位継承争いが発生する度に後継者候補達はそれぞれの外戚、利害関係の一致する諸侯王を後ろ盾にその正統性を主張し争ってきた。
そんな事を繰り返し続けたダイアー帝国の力は弱体化し、首都セントラルガーランド及び周辺地域のみを支配する小国となっていった。
現在の帝国は諸侯王の支持が無ければ成立しない傀儡国家と化したのである。
帝歴四百九年六月に皇帝ギュスターヴが急逝すると、第二皇子アウレリウスはギュスターヴの遺言状により、自身を次代の皇帝であると宣言する。
身の危険を感じた皇太子ハリードは僅かな側近を連れて帝都を脱出し、亡き皇后の祖国シュトラス王国へ庇護を求めた。
第二皇子に近しいファルコ王国は即座に第二皇子支持を表明し、エグル王国、ガビーノ王国もそれに続く。
ハリードはシュトラス王国出身の皇后を母とする帝位継承権一位の皇太子であるが、皇后はハリード出産後に病没する。
皇帝ギュスターヴはファルコ王国の王女を皇貴妃とし、アウレリウスが生まれる。
本来第二婦人たる皇貴妃から生まれた子には帝位継承権は無かったが、ギュスターヴはアウレリウスを溺愛し第二位の帝位継承権を与えたいと諸侯王に諮る。
諸侯王は本来の第二位の継承権を持つ皇弟リチャード大公が病弱であり且つ子が無い事、更にリチャード自身が継承権を望んでない事もあり、皇太子ハリードに不測の事態が発生した場合に備えての継承権、という条件でギュスターヴの決定を支持したという経緯があった。
ハリードは第二皇子派連合に対抗すべく、アウレリウスを偽書によって帝位簒奪を企む反逆者と檄文を発し、まずは皇太子が後ろ盾とするシュトラス王国、次に皇太子と自国の王女の婚約が内定しているヴァーグ王国が皇太子支持を表明した。
皇太子は檄文に応じなかった、諸侯王の中でも最大勢力を誇る大陸南部の雄ライフアイゼン王国に助力を要請する。
まずは政治的解決を図るべきと参戦を渋っていたライフアイゼン国王ランベルト・ライフアイゼンであったが、帝国は長子相続が慣例であり、ハリードが健在である以上相続権はハリードにある事、第二皇子派が兵を集め強硬手段に出る構えを見せた事で、政治的解決は無理と判断し皇太子派への参加を決意した。
第二皇子派が帝都セントラルガーランドに五万の軍勢を集めると、ローゼ公国領に向けて進軍を開始する。
皇太子派もローゼ公国領首都シェレンブルクに七万の軍勢を集結し、ローゼ公国領バルザース平原へと迎撃に向かう。
今まさに、大陸を二分する大戦が勃発しようとしていた。
◇
帝歴四百九年六月二十日
「どうでしたか軍議は」
ライフアイゼン王国軍の将バルナバス・グナイゼナウは、シュトラス王国軍本陣から護衛を伴って出てきたランベルトに付き従いながら問う。
周囲の護衛に目配せし、話を聞かれぬよう距離を取らせると、濃い金髪をかきあげて大きなため息をつく。その表情は大分疲れていた。
「話にならん。とにかく兵力は上回っているのだから早く戦えの一点張りだ」
「流石シュトラスの血を引くお方と言うところですかな」
「冗談でも笑えんよ。とにかくそれぞれの軍の正面の敵をまず叩くという話に落ち着いた」
「左翼の我らの相手はファルコ、中央のシュトラスはエグル、右翼のヴァーグはガビーノですか」
「出陣は明日。糧秣はシェレンブルクの備蓄庫から賄っている関係上、短期決戦しか手はないが流石に準備不足は否めん」
「兵書にも拙速は巧遅に勝るとあります。案外皇太子殿下には兵法家の素質があるのかも知れませぬな」
「バルナバス、今日は随分と口が軽いではないか」
「これだけの兵力がぶつかる大戦など古今例がありません。軍を預かる将としては逸る気持ちは抑えられませぬ」
「明日は期待しているぞ、常勝将軍」
「その名に負けぬよう、陛下の御為に全力を尽くします」
目を輝かせて言うそのバルナバスの言葉に、先ほどの軍議で気落ちしていたのが幾分楽になったランベルトは、護衛として付き従っている護衛隊士の一人にオットマール・ローゼ公爵を呼ぶよう伝えると、自身の幕舎に戻る。
◇
ライフアイゼン国軍本陣に到着したランベルトが陣図を眺めていると、護衛隊士である青年将校カール・リヒターが声を掛ける。
「陛下、ローゼ公が御到着されました」
「通せ」
「お呼びと聞き参上いたしました」
「ご苦労。領民の避難はどうか」
「順調です。他領も含めて希望した領民全て、明日には王都ルーヴェンブルクへ到着するかと」
「そうか、領地への被害については出来るだけの補償をする」
「この時の為に中央に近い大領地をお預かりし、与力としてフランチェン領、コースト領、ラーチェ領等周辺諸侯の取り纏めを任されているのです、お気になさらず」
「......今年の檸檬に影響が無ければいいのだがな」
「リーザの侍女に苗木をいくつか持たせましたので、万が一の事があっても少しですが今年の冬にはお渡しできるかと」
「笑えぬ冗談だ、今年も林檎を送るから必ずアンネリーゼ殿とリーザ嬢に渡してやってくれ」
「恐れ入ります。妻もリーザもあの林檎で作った菓子に目が無い様で毎年楽しみに待っておりますので必ずや」
「それとアンネリーゼ殿は避難してないと聞くが......良かったのか?」
「殆どの領民が避難しましたが、まだ極僅かの領民が残っております。領主の一族が揃って領民を見捨てて避難などできますまい。リーザはかなり駄々をこねましたが、避難してくれましたし、問題はありません」
「......御息女の事は任せてくれ。必ず終戦後に俺自ら送り届けるのでな」
「リーザが王城でご迷惑をおかけする事になると思いますが、よろしくお願いいたします」
「迷惑どころかリーザ嬢は是非レオンの妃に、と思っておるのだが」
「光栄ではありますが......、これ以上我が公国に影響力が増えても国家の為にはなりません、それに、リーザでは王太子妃は務まらぬでしょう。あれは少々お転婆なので」
王ランベルトの周囲にいる護衛隊士は貴族の子弟で構成される親衛隊から選抜されている。
特に王の護衛に選ばれる者は親衛隊の中でも技量に優れる高位の貴族の子弟だ、オットマールの失言一つで足元を掬われる場合もある。
小国に匹敵する大領を持つ王の連枝であり、ライフアイゼン国では王に次ぐ実力者であるオットマールは、周囲の兵達に聞こえるように、これ以上影響力を増す気は無いと他の貴族を牽制する。
「相変わらず其方は身内の評価が低いな、アンドレアスも随分立派になったが其方から息子の誉め言葉を聞いたことが無い。しかしお転婆と言えば殿下もシュトラス王も相変わらずだ。今すぐ戦を始めよと軍議でも矢の催促だったぞ」
オットマールの立場を考えずに思わず発言してしまったランベルトは、先ほどの軍議の話題に切り替えた。
「彼の国は武断の家柄ですからな。シュトラスも王都に極僅かな守備兵のみ残してほぼ全軍を連れて来ているようで」
「この戦に敗北すれば皇太子殿下が即位する事は叶わなくなる。であるならば自ら戦陣に立ち督戦し、士気高揚を図る。殿下のお気持ちもわからなくはないが」
「安全な場所でただ座ってるだけなのは御気性が許さぬのでしょう。大陸一のシュトラスの強兵一万五千、我らの四万、ヴァーグの一万五千で我らは第二皇子派の五万を数で上回っております。勝てる戦を何故さっさとやらぬのか。と周囲に漏らしているようです」
「なんとか出陣は明日という事で納得して頂いた。四半刻ほど前に全軍が布陣を終えたばかりで、すでに日が傾きかけている。にも拘わらず出陣せよなどと相変わらずなお方よ。で、本題だが......」
「はっ、御指定通り兵の配置も終わりましたが......少し妙ですな」
「オットマールもそう思うか」
「御意、糧秣も豊富な帝都に籠ることなく兵力的に劣ったまま出兵した事、第二皇子は帝都から動かず、こちらは殿下が参陣して士気も高い、不利な条件にも関わらず戦を急ぐというのが腑に落ちません」
「ひと当てした後に帝都まで退き、籠城するという事も考えられるが」
「数万の市民を抱える城郭都市で戦闘になれば兵士だけでなく市民も必死に抵抗するでしょうからな」
「仮に帝都を攻略しても市民の恨みを買えば殿下が即位しても統治が難しくなる。こちらとしても攻城戦は避けたいところだ」
「それに報告によると敵陣は随分人の動きが激しく、また布陣も一部乱れているようです。いくさ巧者と名高いファルコ王にしては些か不自然かと」
「うむ、俺も見てみたが前線に質の悪い兵を並べて戦列が歪だ。準備不足で連携が取れていないのか、それとも何か策があるのか......」
「帝都より後詰が合流する可能性もありますが、この平地では策の用いようもありません。それに......」
「地の利は我らにあり兵力も上回っている。が、警戒しておくに越したことはないだろう。こちらも混成軍ゆえに連携は期待できん。我が軍とシュトラス軍の間に布陣するオットマールには、正面のファルコ軍の相手以外にも状況次第ではシュトラス軍の援護に回ってもらう可能性がある。難しい役目だが諸侯の手綱は任せた。籠城の心配をする前にまずは野戦で勝利するしか無いからな」
「御意、諸侯兵の統率はお任せください」
◇
ランベルトの幕舎から退出したオットマールは、急ぎ足で自身の幕舎に戻ると腰を落ち着ける間も無く周囲に指示を出していく。
ローゼ公爵軍の将ゲオルク・バイルシュミットはランベルトの幕舎から戻ってきたオットマールのその行動を見て訝しむ。
「ゲオルク、近う」
「はっ」
「其方に一つ頼みごとがある」
オットマールは自分の周囲に侍る部下たちの耳に入らぬよう小声でゲオルクに指示を与える。
「......っ! しかし閣下......いえ、了承致しました」
「只の杞憂で終わる可能性が高い話だ。我が愛馬ブリュンヒルトを与えるゆえ存分に働いて欲しい」
「......はっ、お任せください、その際には身命を賭して任務を遂行致します」
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