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第十二章 ヘタレ情操教育

第二十六話 フェニックス

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 ヤマトとムサシの正体がフェニックスだと判明した。とりあえず種類が判明したと一安心したところに<どっぱん!>とリビングの扉が開く。


「トーマ! 待たせたぞい!」

「トーマさん、ロイドさんをお連れしました」


 鳥カゴの前に集まっている俺たちの所に、どかどかと早足で来たかと思うと、爺さんはミコトとエマの頭に乗ったヤマトとムサシと、鳥カゴの中の繭を見た途端に俺に向かって土下座をする。
 爺さんを連れてきたエカテリーナは、その爺さんの突飛な行動に驚いている。
 エカテリーナは魔素の研究で爺さんと結構な交流があったはずなのに、こういう爺さんを見るの初めてなのかな?


「トーマ! 後生じゃ! 繭を、繭をくれ!」

「急にどうした爺さん、これの正体を知っていたのか?」

「フェニックスじゃろ? 絶滅種と認定されていたんじゃがまさかこんなところで見つかるとは!」


 爺さんは土下座したまま額をリビングの絨毯にこすりつけて叫ぶ。
 クリスと三人目とベアトリーチェという名のエルフは、アホな爺さんが土下座をしている姿からそっと目を逸らす。
 なにしろ爺さんはこれでもラインブルク王国の侯爵閣下なのである。


「フェニックスってあの不死鳥の?」

「まあたしかにフェニックスは繭化して再生を繰り返すから寿命は存在せんのじゃ。ゆえに不死鳥と表現している文献や資料もあるがの」


 俺から質問を投げかけられ、爺さんは絨毯にこすりつけていた額をこちらに向ける。
 もうすでに真っ赤になっていて痛々しい。
 というか絨毯に変な跡が付いちゃうからやめてほしいんだけど。


「いわゆる不死というよりも寿命が無いっていうことなのか」

「そうじゃ。じゃが魔物としては弱いから狩られまくって絶滅したと思われてたんじゃ。いくら寿命が存在しなくても再生する間もなく殺されてしまったら意味がないからの。いや一匹だけ生きて飼われておったという話を聞いたことがあるの」

「じゃあ繭化すること自体は再生のためだから問題は無いのか。心配して損した。っていや待て、普通に考えたら繭化は、寿命が来たとか死にそうになったとかで生命の危機が迫って再生を行うんじゃないのか? ヤマトとムサシは普段一切成長しなかったんだが、再生したら少しだけ大きくなってたぞ」

「そのあたりは文献や資料でも様々での。寿命が尽きたら再生するとか、再生の度に成長をするとかあったんじゃが、実際は後者のようじゃの」

「ああ、じゃあ今回の繭化には問題は無いのか」

「そうじゃな。じゃから頼むトーマ! 繭をくれ!」


 そう言って再び絨毯に額をこすりつけ始める爺さん。
 そろそろ出血して絨毯が真っ赤に染まりそうだから勘弁してほしいんだが、こちらが許可を出さない限り辞めないだろう。
 もう魔導士協会は竜種の素材買取をしまくってカツカツだっていう話だし、フェニックスの繭を高価買取をするからと言えない財政状況なのだ。
 だからもうひたすら拝み倒すしかないのは俺も理解している。

 俺的には無償で譲渡しても良いと思ってるんだが、ヤマトとムサシはミコトとエマが保護者みたいなもんだしな。


「おじいちゃん、ヤマトとムサシはすこしだけ大きくなったけどだいじょうぶなの?」

「へいきなのー?」

「「ピッピ!」」


 再生を終えたばかりのヤマトとムサシを頭の上に乗せたミコトとエマに話しかけられた爺さんは、がばっと絨毯から額を離す。


「おお、ミコト嬢ちゃん、エマ嬢ちゃん。大丈夫じゃ。フェニックスは年に何回かこうやって繭を作って大きくなるんじゃよ」

「「よかった!」」

「「ピッピ!」」


 絨毯から離した爺さんの額はかなり真っ赤になってはいるが、まだ出血はしていないようだ。よかった、絨毯はまだ変な跡も付いてないし爺さんの血も付いてない綺麗なままだったよ。



「じゃからの嬢ちゃんたち。出てきた後の繭を儂にくれんかのう?」

「「いいよ!」」

「いやいや待て待て」


 勝手にミコトとエマに交渉を始めた爺さんと簡単に許可を出したミコトとエマを制止する。
 もう許可を出して終わったと思ったのか、ミコトとエマは再びヤマトとムサシをきゃっきゃと構い始める。
 クリスや三人目、ベアトリーチェの三人もそのふたりと二羽を見てほっこりしているようだ。


「邪魔するなトーマよ」

「勝手に約束するな。普段ならとやかく言わんが、思いっきり金銭が絡むだろこの案件」

「ぐぬぬ」

「抜けた羽毛やらフンなんかも貴重なんじゃないのか?」

「その通りじゃ」

「じゃあアイリーンと交渉しておいてくれ。と言いたいところだが、降って湧いたような話だし、無償で構わん」

「おお!」

「その代わり研究成果の共有とか、フェニックスに関する資料なんかを貰うからな」

「わかったぞい!」

「じゃあとりあえず魔導士協会にあるフェニックスに関する資料はあとで持って来てもらうとして、爺さんが知っている情報を話してもらうか」

「そうじゃの……。まずフェニックスは魔物としてはとにかく弱いのじゃ。ブレスも吐かないしの」

「ブレスを吐かない……ですか?」


 ヤマトとムサシと遊ぶミコトとエマを上気した様子で見ていたベアトリーチェが、爺さんの『フェニックスはブレスを吐かない』という単語に反応する。


「む、そうじゃが。おぬし何か知っておるのか?」

「私が二百年ほど前にフェニックスを見たときは、その、飼い主とケンカをしているときに、飼い主に向かってブレスを吐いておりましたから」

「さっきも気になったけどケンカって」

「ほう、新説というか新事実じゃの。ヤマトとムサシもその内ブレスを使えるようになるかもしれんの」

「危険じゃねーか。ていうかブレスが使えるなら弱くはないんじゃないのか?」

「ブレスを使える個体が少ないとかということもあるかもじゃの。それで……絶滅した、いや絶滅したと思われていた原因じゃが」

「弱いってこと以外にか?」

「フェニックスは賢いんじゃ。じゃので人間の側で生活することで外敵から身を守っておったんじゃ」

「ツバメみたいだな」

「賢いと言っても言葉をしゃべれるわけでもないし、人間と意思疎通ができるというわけでもないのじゃがの」

「それで人間に狩られたのか」

「いや、人間に追い出されたんじゃの。もちろん素材目当てで狩る連中もおったが、フェニックスの素材で一番貴重なのが羽根と繭なのじゃ。上手いこと仲良くすれば永久に手に入れられる素材なんじゃが、そんな恩恵があっても人間とフェニックスは共存出来なかったんじゃな」

「理由は?」

「まあその内わかるじゃろ。資料も持って来るからその時に詳しく話してやろう。とりあえず今ある繭とか抜けた羽根や羽毛、フンなんかを貰っていくぞい」

「まあ過去の人間とのいきさつなんかは、今聞いておかなきゃならないって情報でもないしな」

「じゃな。それに伝承じゃし正確ではないかもしれんしの」


 そう言って、爺さんは赤い額のまま鳥カゴの中の繭やらなにやらを爺さんのマジックボックスに収納し、最後に軽く掃除して帰っていった。
 鳥カゴの掃除はミコトとエマの仕事だから別にやらなくていいんだが。

 それにしても人間と上手く共存できなかったってのは少し気になるな。
 今のところ特に普通の鳥とあまり変わらないんだが。
 これから先成長すると、餌をすげえ食うから人間の食料が無くなったとかそういう話じゃないだろうな?


「ヤマトおいしい?」

「むさしはいっぱいたべてえらいね!」


 つい一時間ほど前に人の肩に乗ってゲップをするほど食いまくったヤマトとムサシは、またミコトとエマに餌を貰っている。
 再生直後でカロリーを使ったとかか?
 でも繭の中でいびきかいて寝てただけだよなこいつら。
 やはり大量に餌が必要で人間側がもう面倒見きれなくなったとかそういう話なのかもしれないな。







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是非挿絵だけでもご覧くださいませ。
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