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第十二章 ヘタレ情操教育
第二十二話 魔素収集パネル
しおりを挟むあの三人が騒ぎまくった昼食が終わり、会議の続きを始める。
「では、魔導士協会会長のロイド卿からの報告になります」
アイリーンの言葉に無言で頷くと、「はっ。ではロイド卿、どうぞ」と爺さんに発言の許可を与える。
「うむ。ではこの書類をトーマにの」
爺さんは座ったまま、用意してきた書類を女官経由で俺に渡してくる。
爺さんは俺の部下ではないし、そもそも爵位は侯爵で俺より上なのだ。
ファルケンブルク領で行われる領主会議では俺とアイリーンに次ぐ席に座っているが、対外的には協力者というか対等な関係ではあるので、発言の許可をアイリーンが出すというのは越権行為とも取られるかもしれない。
だが、アイリーンというかファルケンブルクは魔導士協会の最大の債権者なのだ。
完全に力関係では俺たちの方が上である。爵位的に敬意を持って接してはいるが。
「おお、魔素を魔力に変換するのに成功したのか。そういや前に研究に目途が立ったって言ってたっけ」
「試作品は問題なく出来た。が、変換効率が悪すぎての。しかし新技術じゃしこれから効率化を図るつもりじゃ」
爺さんの作成した書類に目を通してみる。
魔素を使った推力装置の概要なのだが……。
「魔素収集パネル?」
「そうじゃ。マリアの嬢ちゃんとエカテリーナの嬢ちゃんの協力のおかげでの、魔素に反応する素子ができたんじゃ」
そう言って爺さんはA4サイズの折りたたまれた板を展開して、一畳くらいのサイズまで広げる。
書類の図面を見ると、その板をヨットのように立てた魔導駆動バギーの絵図が描かれていた。
「ソーラーセイルを使った宇宙ヨットみたいだな。宇宙工学っぽい」
「異世界の百科事典などに記載されていたソーラーセイルやイオンエンジンなんかの技術もほんの少しじゃが使っておるぞい」
「この世界って異世界本のおかげでやたらと文化レベルや技術レベルが高いんだけど、それならもう電気を作ったほうが色々早くないか?」
「コストじゃな。電力より魔力の方が安全じゃし、低コストじゃ。それにぶっちゃけて言うと利権化しておっての。なかなかに反発も多い」
「たしかに魔石に魔力を充填する事業だけでもかなりの利益だしな。極小魔石なんか百均の乾電池並みの値段で安く流通してるから薄利多売状態だけど」
「安く魔石が出回ることで魔導具も市場で売れるようになったしの。今から電化製品に変えますと言っても難しいじゃろう。とはいえ魔導士協会内では発電機を試作しておるぞい」
「マジか、スマホとモバイルバッテリーを研究用に貸してくれとか言ってたときはまだ何も作ってなかったろ」
エリナとの結婚式なんかのイベントの時や、ここ最近はミコトとエマを、時折思い出したようにスマホで撮影しているのだが、以前爺さんに見つかった時に、「絶対に壊さないから貸してくれ! 分解はするがちょっとだけじゃから! 痛くしないから!」と何度も言われていたがすべて断っていた。魔導具で写真や動画も撮影しているが、俺の格安スマホ以下の画質だし、スマホとモバイルバッテリーどちらが欠けても二度と見られなくなるしな。
とは言え電力か。
この世界には<転移者>が様々な時代から持ち込んだ本や知識が溢れている。
レアメタルなんかの問題はあるが、電力の実用化は不可能じゃないだろう。
「魔素を魔力に変換する研究の副産物じゃの。魔素を電力に変換できれば早かったんじゃが」
「色々やってるのな」
「まあの。でじゃ、このパネルで空気中に漂う魔素を集めてマリアの嬢ちゃんのセグAを動かそうとしたんじゃが、ちっと動く程度で浮きすらしなかったのじゃ」
「人間を乗せて浮くなんて相当な魔素が必要そうだしな」
「で、今度は魔力に変換する素子を使って魔力を生成できるようになったんじゃが、出力が足りんのじゃ。魔導駆動バギーにこの倍のサイズのパネルを乗せて、集めた魔素を魔力に変換して魔導エンジンを動かしても大人ひとりを乗せて動かせる程度じゃしの」
「たしかにそれじゃ実用には向かないよな。パネルそのもので外郭を覆ってもまだ足りなさそうだ」
「うむ。なので今後の研究としては、魔素収集パネルの高効率化と、魔導バッテリーの開発じゃな」
「ああ、まさに太陽光発電と充電システムのイメージだな。出力効率が悪くても、一旦コンデンサやバッテリーに充填すれば高出力化も簡単か」
「とはいえ機器が増えるのは美しくないのでの」
「まあわからんでもない。結局コストが高くなるし」
「そういうわけで魔素収集パネルの高効率化を主軸に研究を進めていく予定じゃ。現状レアメタルが無いからソーラーパネルよりは高効率じゃし」
「現状の技術で試作した二畳サイズの魔素収集パネルでも大人ひとりを乗せた魔導駆動バギーを動かせるわけだしな。でも周囲の反発があったとしても電動モーターなんかの電力系統の研究も続けるんだろ?」
「もちろんじゃ」
「なら俺の個人資産から寄付金を出すから研究の足しにしてくれ」
「おお! すまんのトーマ!」
「債務の返済に回すなよ爺さん」
「もちろんじゃ!」
「あと、発電機で俺のスマホが充電できるようになったら、太陽光発電機能付きモバイルバッテリーを研究用に提供しても良い」
「太っ腹じゃの」
「スマホの充電ができるようになれば必要なくなるからな。モバイルバッテリーは太陽光発電パネルとリチウムイオン電池の実物だし、爺さんの研究の役には立つだろ」
「わかったぞい、すぐに充電できるようにしてやるからな」
「とはいえ電圧とか電流を測る機器は絶対に先に作れよ、スマホを壊すわけにはいかないからな」
「無論じゃ。そうと決まったらこうしてはいられん。戻って研究を続けるからお先に失礼するぞい」
そう言うと爺さんはパタパタと魔素収集パネルを畳んで懐に入れ、「じゃあの」と会議室を退出する。
自由だな。まあこの後に続く領地の政策の話を聞いてても爺さんには退屈だろうし別に良いんだけど。
研究が進めば、万が一スマホが壊れたとしても修理できるようになるかもな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
本作は小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。
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