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第九章 変わりゆくヘタレの世界
第十三話 問題のある合格者
しおりを挟む求賢令を発布してから一週間ほどたったある日、昼食を終え、エリナたちと食後のお茶を飲んでいると、アイリーンが家に飛び込んでくる。
「アイリーンどうした? 緊急事態か?」
俺の膝の上に座っていたエマをミコトが抱っこして降ろし、エリナの横に座らせる。
ミコトは「パパはこれからおしごとのおはなしをするからしーっだよエマちゃん!」とエマに言い聞かせてる。
もうすっかりエマのお姉さんだ。
「閣下、団らんの時間をお邪魔して申し訳ありません」
「気にしないでいい。で?」
「はっ、先週から公布した求賢令ですが、思わぬ人材が名乗り出てきました」
「ほう、アイリーンがそこまで言うからには有能なんだろうな」
「はい。ただし非常に問題のある人物なので、是非閣下にも最終面接にご参加いただきたいのです」
「問題? 重罪でも犯してるのか?」
「そういう意味ではないのですが、私では処理しきれない問題なのです」
アイリーンがはっきりこの場で明言しないのはエリナたちに聞かせたくないのかな?
採用されたらここに来る可能性もあるしな。あまり不穏なことは言わないほうが良いか。
「うーん。まあ実際に会ってみたほうが早いか」
「今は他の官僚が面接をしていますが、おそらく合格すると思われます。次の最終面接で採用の可否を決定いたしますので、これから城へお越しいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった。早速行こう」
「ご足労おかけいたします」
「気にするな。エリナ、クレア、これから城に行ってくるからミコトとエマを頼むな」
「任せてお兄ちゃん! アイリーンお姉ちゃん、お兄ちゃんをお願いね!」
「兄さま、アイリーン姉さま、いってらっしゃいませ」
「「いってらっしゃーい!」」
エリナたちに見送られてアイリーンと家を出る。
「閣下、申し訳ありませんが私の馬車にお乗りいただきます」
アイリーンが自身の乗ってきた馬車を差し、申し訳なさそうに言うが、アイリーンは騎士爵といえども領主代行なので、客車は豪華仕様なのだ。
王国の使者なんかを乗せるケースもあるからな。
というか魔導ハイAに乗るようになってからは俺が馬車を使わなくなったのでアイリーンに下げ渡したのだ。
装飾なんかは少し地味目に改装したが、内装はそのままなのでファルケンブルクで一番豪華仕様だ。
「魔導コースターじゃなかったのか」
「領主会議ならともかく、一応最終面接という公務ですからね」
「あの会議は公務じゃなかったのか」
「領主会議は対外的には秘匿していますが、今回の求賢令は領民も知っている公務ですからね」
「領民へのアピールもあるわけか」
馬車に揺られて城へ向かう。魔導ハイAとは乗り心地は比べ物にはならないが、元領主用客車なので割とマシな方だ。
魔導駆動車は一般販売されてから二年ほど経過しているが、まだまだ普及には至っていない。数名の物好きが買った程度だ。
貿易用に興味を持った商会などもあるが、魔導エンジンを動かすための魔石のコストが高いため、まだ様子見と言ったところだし、車両自体が高額なのもあるが、運転免許を取得する必要もあるし、売れてないから量産効果も期待できない。
もっと効率よく少ない魔石から魔力を取り出して、更に少ない魔力で魔導エンジンを動かせる技術革新が無いと普及も難しいだろう。
少ない魔力で動く魔導エンジンは今も研究中だが、魔石から効率よく魔力を取り出す技術に関しては未だ難航してるとは爺さんが言ってたな。
ま、そんな技術が開発されたらもっと魔導具が普及するだろうな。
などと考えていると、馬車は城に到着する。
最終面接は結局その問題のある一名のみ。領主の謁見の間で行うので、受験者はすでに控室で待機していて俺の到着を待ってるとのことだった。
「旦那様、ご足労をおかけして申し訳ございません」
謁見の間に入ると、領主会議で見かけるメンバーが揃い、珍しく護衛の為か騎士団の連中も出張ってきていて物々しい空気だった。
そして領主の椅子の両脇にはクリスと武装したシルが待機していた。
珍しいな、ここまで厳重なのは。
「クリスとシルも呼ばれたのか」
「はい旦那様、アイリーンでは対処しきれない事態が発生したとのことですので」
「お兄様、わたくしは万が一のために護衛に着くようにと呼ばれました」
「俺も良く聞かされてないんだよな」
「閣下、申し訳ございません。このような理由でしたので」
アイリーンが椅子に座った俺と両脇に立つ姉妹に書類を渡してくる。
「「「エルフ……」」」
「はい。エルフ族が仕官してきました」
俺と姉妹が思わずつぶやく。
「すまんすまん、遅れたぞい」
正面の扉が護衛の騎士によって開かれると、魔導士協会の爺さんが入ってくる。
「爺さんまで来たのか」
「是非来てほしいと言われての」
俺のところまで来た爺さんに書類を見せる。
「なんと! エルフじゃと!」
「ロイド卿、そういうわけで魔術的な見地からご意見を頂きたいのです」
「アイリーンの嬢ちゃん、是非エルフは魔導士協会に所属させたいんじゃが」
「私の一存では……」
「まあ待て爺さん。まずは面接しないことにはしょうがないだろう。待たせてるんだしさっさとやるぞ」
「閣下、では呼んでまいります」
アイリーンが一度外へ出て控室に向かう。
エルフねえ。エルフ国は場所すらわからないところにあるって話だし、案外偽物だったりして。
「閣下、受験者が到着いたしました」
扉の前にいる護衛が声をかけてくる。普段はこんな正式な手続きを踏まずにほいほい通してるけど、流石に真面目モードだな。
エルフが来たということで、護衛の連中は剣に手をかけ臨戦態勢に入り、爺さんや官僚で魔法を使える者は詠唱準備に入る。
随分と警戒してるが、エルフは魔術に長けてるって話だし警戒するのは仕方が無いのかな。
「防御結界。旦那様、準備は整いました」
駄目押しにクリスの防御結界が張られる。この結界を突破できる術者はラインブルク王国には存在しないとの話だが、エルフが本物だとしたらどうなんだろうな?
一応、俺も一期一振をマジックボックスから取り出し、腰のベルトに差しておく。
「入れ」
俺の許可の言葉とともに扉が開け放たれ、アイリーンに伴われてエルフが入室してくる。
ぱっと見は身長百六十程度、ショートボブの緑色の髪に同色の瞳。
スレンダーではあるが、大き目なバストを揺らしながら、流れるような所作で跪く。
「閣下、この度求賢令に応募し、類稀なる成績を収めた者でございます。彼女に発言の許可を頂けますでしょうか?」
「許す」
俺が発言の許可を出すと、エルフは跪いたまま透き通るような声で自己紹介を始める。
「エルフ国住人、マリア・メディシスと申します。以後よろしくお願いいたします伯爵閣下」
横にいるクリスが「これは……本物ですわね……」と小さく声をあげる。
他者の魔力操作ができるクリスや爺さんなら目の前のエルフがどれだけの魔力を持っているのかわかるのだろう。
これで目の前のエルフが本物らしいというのは理解できた。
なら何故受験したんだろうか……。
あれだけの魔力があればわざわざ仕官しなくても困らないくらい稼げるだろうに。
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