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第八章 ヘタレパパ

第三十四話 お食い初め

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 この国では一月一日に全員が加齢する。登録証の年齢も一律に変わるので公式な年齢として扱われる。
 貴族では誕生日をお祝いすることもあるのだが、庶民は年明けと同時にお祝いする程度だ。
 俺も一応貴族ではあるのだが、俺自身捨て子だったために正しい誕生日はわからないし、孤児院のガキんちょどもも同様に誕生日が不明なのが多いので、特に誕生日というものは気にしていない。
 勿論エマには誕生日は存在するが、特に祝ったりする予定はない。

 現在一歳扱いのエマではあるが、生後半年を過ぎ、今日離乳食デビューをする。


「悪いなおばちゃん。わざわざ料理しに来てくれて」

「何言ってんだいお兄さん。エマちゃんの初めての離乳食だろ? うちの野菜を使いたいなんて言ってくれて光栄だよ」

「おばちゃんのところの野菜は美味いからな」

「お兄さんはお世辞が上手いんだから!」


 お世辞でもなんでもなく事実なんだが、おばちゃんのテンションが高い。
 学校が始まったおかげで、子どもの世話に使う時間が減ったのもあって大分楽になったと言ってたしな。


「じゃあおばちゃんクレアを頼むな」

「任せときな。しっかりクレアちゃんに離乳食の作り方を教えておくからね」

「兄さま頑張って覚えてきますね!」

「頼むぞクレア。ミコトの時はもう離乳食でも後期の方だったしな」

「任せてください!」


 ふんす! と力こぶを作るクレアだが、相変わらず細い腕で全然力強くないが可愛い。
 鼻歌混じりで厨房へと向かうおばちゃんとクレア。
 頼もしい。


「お食い初めってこの辺りの風習にはないんだな」

「お兄ちゃん、おくいぞめってなあに?」

「赤ん坊に乳歯が生え始める生後百日あたりでやる儀式なんだけどな。生えたばかりの乳歯に石を当てたり、料理を食べる真似をするんだよ」

「もうエマちゃんは半年経つよ?」

「お食い初めの場合は、歯が石みたいに頑丈になりますようにとか、生涯食いっぱぐれないようにっていう意味の儀式だからな。今回は離乳食デビューってだけで正式なお食い初めではないんだけど」

「そっか! エマちゃんがこの先ずっとご飯が食べられますようにっていうおまじないみたいなものなんだね!」

「そうそう。俺の世界ではあちこちに似たような風習があってな。銀の匙、銀製のスプーンで初めての離乳食を与えると良いっていうのもあるんで、ガキんちょどもというか学校関係者全員分を用意した。とっくに離乳食デビューは終わってるけどな」

「名前まで彫ってあるよね」

「飾ってもいいんだけど、せっかくだし給食でバンバン使わせたいしな。銀食器は磨くのが大変だけど」

「そっか、自分専用のスプーンがあるとご飯がもっと美味しく食べられるかもね!」

「そういうことだな。卒業する時にはそのまま持たせるけど、それまでは職員で管理させたほうがいいだろうし」


 毒というか砒素に反応するから暗殺防止にも役立つんだよな、などという無駄知識は披露しない。
 解毒魔法があるおかげか、毒を使った殺人事件ってのはほとんど無いらしいし。


「エマちゃーん、今日は離乳食ですよー」

「きゃっきゃ」


 ご機嫌なエリナがエマをあやしている。平和だなー。
 ガキんちょどもは今学校に行っているし、婆さんやクリス、シルも学校だ。
 今リビングには、エリナとエマ、俺とミコトの四人だけだ。


「ミコトも今日の昼飯は銀のスプーンだぞ」

「あい!」


 俺の膝の上でご機嫌で絵本を読むミコトが、昼飯の話題に食いついてくる。


「今日の給食はなんだろうなー」

「みーこしちゅーたべたい!」

「シチューかー。ミコトはシチューが大好きだよな」

「あい!」

「じゃー給食にシチューが出なかったら晩御飯の時にパパがシチューを作ってやるからな!」

「ぱぱしゅき!」


 シチューで簡単に釣れるミコトを少し心配するも、好きと言われてテンションが上がった俺はミコトを抱きしめて頭をわしわしと撫でてやる。


「パパもミコトが好きだぞー」

「きゃっきゃ!」


 そんな父娘スキンシップを堪能していると、クレアとおばちゃんがリビングに入ってくる。


「兄さま、おばさまに教わって離乳食が出来ましたよ!」

「もう色々潰した具材を入れたポリッジでも良い頃なんだけどね。少しずつ慣らすためにまずはシンプルな米のおかゆにしたよ」

「おばちゃん米料理もできるのか」

「最近は安く手に入るようになったからね」


 クレアがエリナの前に、粥の入った器の乗ったトレーを置く。
 トレーにはエマの名が刻印された銀のスプーンが乗せられている。


「人参と、キャベツかこれ」

「細かく刻んで入れてあるからね。ほんのりと甘みが出て美味しいんだよ」

「じゃあ早速エマちゃんにあげてみるね!」

「冷ましてあるから大丈夫だと思いますけど一度確認してくださいね姉さま」


 エリナが銀のスプーンで野菜粥を少しだけ掬うと、自ら少し口にして味と温度を確認する。
 嬉しそうに大きく頷くと、ゆっくりエマの口元にスプーンを近づけていく。


「エマちゃん。はいあーん」


 きょとんとスプーンを不思議そうに眺めるエマ。ニコニコとスプーンを差し出すエリナと交互に見つめている。


「味付けをほとんどしてない野菜スープは何度か与えたことはあるんだけどな。固形物は初めてだから警戒してるのかな?」


 ドロドロしているとはいえやはり抵抗あるのかと眺めていると、エマが口をゆっくり開ける。


「はいエマちゃん! 美味しいよ!」


 エリナに野菜粥を少し口の中に入れられてモグモグするエマ。


「おお、食べたな!」

「エマちゃん美味しい?」

「あーうー」


 もっともっとと言うように、エリナに向かってアピールするエマ。
 エリナも嬉しそうにどんどん食べさせていく。


「おばさま、量はどれくらいあげればいいんですか?」

「食べられるならその器全部食べても問題ないよ。少し食べ過ぎても授乳の量とか間隔で調整できるからね」


 それを聞いたエリナは、嬉しそうにエマの要求するまま野菜粥を与えていく。
 エマ用に盛られた小さな器に入れられた野菜粥は、結局全部エマの胃袋に収められてしまった。

 食欲旺盛なのは良いけど心配になってきたな。
 うちのガキんちょも大量に食うしな。
 そのせいかわからんが、先日行った健康診断では、ミコトの潜在魔力は順調に増えてるらしい。
 成人するまでの間は潜在魔力が増加しやすいらしいが、食事の影響とかあるのかな。


「エマちゃんいっぱい食べたね!」

「きゃっきゃ!」


 ……大丈夫だろう多分。
 魔力が多くても便利なだけだし、扱いはクリスがきっちり教えてくれるだろうしな。
 もう今後はポジティブに考えよう。
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