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第八章 ヘタレパパ
第五話 TKG
しおりを挟む一週間前にサクラが持ち帰った米を試食する時が来た。
一升分しか無いが、どうせガキんちょどもは米をあまり食べないから大丈夫だろう。一号に「お前も米を食うか?」と聞いたら「兄ちゃん、俺はパンやパスタを食べるくらいなら肉とマヨネーズを食う男だぜ! おかずだけで十分だ!」とやたらと男前の返事が返ってきた。成人病になるぞこいつ。いや糖質を抑えてるから逆に健康に良いのか?
まあ一号のアホは放っておくとして、いよいよ夕食の時間だ。
チキンステーキ、から揚げ、クリームシチュー、ポテサラなんかの定番おかずに加え、パンと米。
今俺の前には茶碗に盛られた米と、生卵が置かれている。
「いいかガキんちょども! 今日のクリームシチューのお代わり係はクリスとシルだからな。あと俺の席の前にはもうマヨネーズ類は置いてないからマヨラーはよそへ行くように!」
「わんわんっ! ご主人様だってまよらーじゃないですかっ!」
「うるさいまめしば。じゃあ食っていいぞお前ら!」
「「「いただきまーす!」」」
「クリス、ちょっと生卵を解毒してくれ」
挨拶が終わってどかっと座り、早速生卵を食べるためにクリスに解毒魔法を頼む。
「お兄ちゃん、解毒してまで食べるの? 大丈夫? 治癒する?」
エマを抱いて俺の横に座るエリナが、酷く残念そうな顔をして話しかけてくる。俺の頭を見ながら。
「俺の心配してくれるのはうれしいけど、大丈夫? と言いながら俺の頭を見るのはやめろ。俺は正気だ」
ぽてぽてとクリスが俺の席にやってくる。
「旦那様……卵を生食する文化が存在するのは承知しておりますが……。大丈夫ですか? 治癒しましょうか?」
「だからお前も残念そうな顔を俺に向けるな。あと治癒はいらないってば。俺は正気だっての!」
今日この日の為に、肉屋の親父には生みたての卵を用意してもらった。生食できるようにサルモネラ菌などの対策がされている鶏舎ではないが、ちゃんと管理されている健康な鶏から採取してる卵だと自信満々に語っていた逸品だ。
異世界に来て二年が過ぎ、ついに卵かけご飯を食べる日が来たのだ。
「ご主人様大丈夫ですよ! 亜人国家連合では卵の生食は普通ですからっ! お父さんは毎日生卵を十個飲んでからトレーニングしてますよ」
「お前の父親はシバって名前だけど実は別の名前だろ。とにかくクリス、卵を解毒してくれ」
「はいはい。解毒ー」
すっごいやる気のない詠唱で魔法を使いやがった。
「駄姉、お前そういうところだぞ」
「つーん」
「別に良いだろ俺の道楽に付き合ってくれたって。まあいい。早速食ってみるか」
カツカツと卵を茶碗の角でひびを入れ、米を盛った茶碗とは別の茶碗に割り入れる。もちろんカラザは取る。
「ご主人様は直接ご飯に卵を乗せないんですかっ?」
「卵が均一に混ざってないと嫌なんだよ」
そう答えつつ、シャカシャカと卵を混ぜ、完全に黄身と白身が混じりあったところで醤油を適量入れる。
「ご主人様、醤油が少し多くないですかっ?」
「お前さては上級者だな。俺は生卵の匂いがあまり好きじゃないから、醤油が多くなっちゃうんだよな。あとこの世界の卵で生食するのは初めてだし」
「わんわんっ! あまり醤油を入れすぎると卵の風味が消えちゃいますよっ!」
食通みたいなことを言うサクラを無視して、茶色になった卵液を米の上にかけまわす。
事前に米の真ん中に少し穴を作っておくことは忘れない。卵液が全体に行き渡るための工夫なのだ。
「よし、食ってみるか!」
「わんわんっ! ご主人様、お箸でお茶碗のご飯に穴をあけるのは行儀が悪いですよっ!」
うるさいサクラを無視し続けて、卵かけご飯をひとくちだけ口に入れて見る。
「おお、美味い!」
「私も頂いていいですかっ?」
「おう、食え食え」
「わふわふっ! ありがとうございますっ!」
許可を得ると、俺の目の前に置かれた籠から卵をひとつ取り出し、パカっと茶碗に盛られた米に直接卵を割り入れるサクラ。
さっと醤油を回しかけて、準備万端のようだ。カラザ取らないのか、俺は食感が苦手なんだよな。
しかしサクラはやはり食べ慣れてるな。ちょっとかっこいいじゃないか。
「クリス、サクラの卵と、籠の卵にも解毒を頼む」
「かしこまりましたわ。解毒」
今回は普通に魔法を使ったクリスが、早速クリームシチューのお代わりの列に並びだしたガキんちょを見て俺から離れる。あいつら相変わらず食うの早いのな……。
しかし卵かけご飯が美味い。早生の品種であまり美味しくないのかと思ったけど、よく考えたら俺ってコシヒカリとかあまり食べてなかったんだよな。養護施設で食べてた米って特定の銘柄が記載されてない国産ブレンド米だったから。
「いやー、美味いな卵かけご飯」
安心できたのでサクサクと一気に食べる。懐かしい。
「わふわふっ! 予想よりかなり出来が良いですね、この『太陽のこまち』。卵かけご飯も美味しいですっ!」
完全に混ざりきってない卵かけご飯をがっつきながら米の出来を喜ぶサクラ。白身をズルっといってるところを見るとほんと上級者だな。俺には無理だ。
「サクラが美味いと言うならかなり出来が良いんだろ。『コシヒカリ』が楽しみだな」
「わふわふっ! ご主人様期待しててくださいっ!」
この味ならファルケンブルクでも流行るんじゃないか? と思いつつ、茶碗が空になったので、次は米にシチューをかけて食べるか。
前の世界では、ご飯にシチューをかけると言ったらクラスメイトからドン引きされたからな。地域性なのかな? 先生は普通だと言っていたが。
米を茶碗によそって、シチューをスプーンで掬って米にかけてから口に入れる。
「ヤバい。シチューかけご飯も最高だ。濃いめの味付けにしてよかった」
俺がシチューかけご飯を絶賛すると、ガキんちょどもが気になったのか「ぼくもー」「わたしもー」と群がってくる。
一升しか炊いてないから、ひとりあたり茶碗に少なめ程度にしか量が無いけど、一応希望者には米をよそってやる。
「しちゅーかけごはん、おいしーよおにーさん」
「ミリィは飯以外で俺に絡んで来いよ。今度大量に米を炊いてやるからな」
よく考えたら、ドリアが人気ならこれも人気あるよな。
卵かけご飯を食べるガキんちょは皆無だったが、シチューかけご飯は好評だった。
これならファルケンブルクでも米食が流行るかもしれん。ガキんちょにも色々な食べ物を作ってやれるしな。
俺はシチューかけご飯を食べながら、どんなおかずを作ってやるかな。と考えるのだった。
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