119 / 317
第八章 ヘタレパパ
第一話 誕生
しおりを挟むあっというまに冬が終わり、春を過ぎて夏が来た。
サクラのおかげで水稲は順調だし、亜人国家連合との交易も犬人国を窓口にして順調だ。行き来するたびにどんどん取扱量が増えている状態だ。
そして夏になって少し経ったある日、エリナが陣痛を訴えた。
今、エリナと女医と女性看護師が、部屋に籠って半日以上経過している。
「兄さま、大丈夫ですから。あの先生はこの領地でもすごく有名な先生ですし、魔導士協会の人も万が一に備えて支部で待機してるんですから」
「旦那様、クレアちゃんの言う通りですよ。わたくしもおりますし、絶対大丈夫ですから」
「そうですよお兄様! わたくしも頑張ります!」
シルが何を頑張るのかはわからんが、エリナに陣痛が始まって部屋を追い出されてから、嫁たちにひたすら励まされている。
リビングでずっと座ってるだけだが、とにかく落ち着かない。
学校の敷地内で、一番開発が遅くなったファルケンブルク城に一番近い一角には、認可後に僅か一ヶ月で魔導士協会の支部であるバベルの塔みたいな怪しげな塔が建った。速攻クレームを入れて、見た目が普通のマンションみたいに変わったが、竜種探索の為に何十人も常駐してるのだ。
エリナの出産予定日が近づいた時から、白魔法の得意な女性魔導士複数人が二十四時間体制で控えてくれているので心強い。
「しかし出産ってこんなに時間がかかるんだったっけ?」
「初産ですからね。ですが、アレクサンドラ先生はわたくしたち姉妹も取り上げてもらった名医ですからなんの心配もありませんわ旦那様」
「そういえばお前たち姉妹の父親と兄は幽閉されて一年くらいか。魔導士協会の連中に思想調査してもらって、叛意が無いようならどこかの町や村で代官をやってもらうからな」
「お兄様、あの者たちを優遇することはありませんのに」
「お前たちの肉親なんだからそんなわけにはいかないだろ……。それに領主としては無能だったが、実績を見れば小規模な町や村の代官くらいはできるだろ。汚職をしないように配下にはこちらの手の者を入れる必要はあるが」
「旦那様、ありがとう存じます」
「兄さま、お茶が入りましたよ。姉さまたちもどうぞ」
いつの間にかお茶を入れてきてくれたクレアが、俺とクリス、シルの前にティーカップを置いていく。
「ありがとうなクレア」
「「ありがとう存じます。クレアちゃん」」
「いえいえ、赤ちゃんが産まれた時に兄さまたちが疲れてたら、姉さまが心配しますからね」
クレアが淹れてくれた冷たいハーブティーを一口飲む。
「うん、美味いよクレア」
「ありがとうございます兄さま」
<おぎゃー>
「おおおおおお!」
「兄さま!」
俺はすぐにエリナの入る自室へと向かう。
丁度部屋の前に看護師が立っていて、俺の姿を見るとお辞儀をして祝いの言葉を述べてきた。
「閣下、おめでとうございます。元気な女の子ですよ。エリナ様もお元気ですが、お疲れですのでお話しするのは少しだけでお願いしますね」
「ああ、ありがとう!」
看護師が扉を開けてくれるが、開けきる前に扉の隙間に体を入れるようにして入室する。
「……お兄ちゃん」
「エリナ、大丈夫か?」
「うん、それより見て。私たちの赤ちゃんだよお兄ちゃん」
女医がおくるみに包まれた赤ん坊を俺に差出してくる。
大事な大事なものを扱うように、そっと抱いてみる。
俺とエリナの子か……。
「ありがとうエリナ」
「ふふふっ。お兄ちゃんは泣き虫だね」
視界がぼやけてるし、落としたら大変だとすぐに女医に赤ん坊を渡す。
上半身を起こした状態のベッドに体を預けるエリナに、視線を合わせるように膝をつく。
「お疲れエリナ。よく頑張ったな」
「ありがとうお兄ちゃん」
女医がエリナに赤ん坊を抱かせると、エリナはいとおしそうにその子を抱く。
今まで見たことが無いような慈愛にあふれる視線を赤ん坊に注ぐエリナは、まさに聖母のようだった。
「エリナ、本当にありがとうな」
「今日のお兄ちゃんはそればかりだね」
少し顔色の悪いエリナがにこりと微笑みかけてくる。
そうか、そりゃ疲れてるよな。そろそろ女医にまかせて部屋を出るか。
エリナの額にキスをして立ち上がる。
「エリナ、女の子だったし名前は……」
「うん、前から決めてた……」
「「エマ」」
俺が異世界に来てから二年と少し。
俺とエリナの間に子どもが産まれた。
――エマ。パパとママは、お前のこれから生きる世界を少しでも良くするために頑張るからな。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
415
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる