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第三章 ヘタレ勇者

第十四話 託児所

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 駄姉妹が何故か孤児院に住み着くようになってから三週間ほどが経過した。
 託児所のリフォームも終了し、乳幼児も可能な限り受け入れ始めている。


「兄さま、これをお願いします」

「わかった、次のパスタも持ってくる」

「お願いしますね」

「お兄ちゃん! さんどいっちの追加もお願いねー!」

「あいよ」


 毎朝の弁当販売も順調だ。余っても託児所や孤児院の食事になるし、貧困家庭へのお土産としても持たせられるので量を作っても無駄にはならないからな。
 駄姉妹も普通に働いてる。
 正直この駄姉妹、中身は残念だが見た目は美人なので男性客に大人気だ。
 一部特殊性癖の男性客にはエリナやクレアが人気だが、俺は普通の性癖だからな。

 弁当箱の塗りも職人に出さずに一号達でできるようになったし、弁当箱以外の玩具や工作品も併売している。
 工作品の売り上げはまだほとんど売れていないが、家族や職場でシェアできるような大きな弁当箱を受注生産するなど、それなりに需要があることがわかったのは収穫だった。


「ここに置いておくぞエリナ、クレア」

「ありがとーお兄ちゃん!」

「ありがとうございます兄さま。あとこちらいつものお弁当を詰めておきましたよ」


 客足が落ち着き始めたら、託児所にガキんちょを預けに来られない一部の家庭に迎えに行く。
 日々の食事にすら困窮している家庭もあるので、パスタ弁当を渡す家庭もある。
 預かる乳児用に母乳を分けて貰える家にも、お礼にちょっと豪華にした栄養重視の弁当や形の悪い野菜などを置いていく。
 特にそういう家庭には追加で買った哺乳瓶を持たせて駄姉妹を向かわせているが、最初は想像以上の困窮した暮らしぶりにかなりの衝撃を受けたようだ。
 そりゃそうだ、今の孤児院なんか一般的な平民より良い暮らしをさせてる自信があるんだからな。


「婆さん、ガキんちょどもを迎えに行くから後はよろしくな、駄姉妹も行くぞ」

「はい、トーマさんよろしくお願いしますね」

「「はい」」


 最初の一週間は、魔力で軽くなるカートを改造して乳幼児を複数人乗せられるキャリアカーを転がしながら三人で貧民街を回っていたが、今は小さめのキャリアカーを二つ追加して、三人で手分けをして回っている。
 駄姉妹なら何かあっても自分の身や子供を守るのは容易だし、特に貧困家庭の住民の話を聞いて来いと命じたからだ。
 複数人で訪問するより、一人で訪問していれば、そのうち住民が心を許して色々話してくれやすくなるだろうからな。

 ゴロゴロとキャリアカーを転がしながら貧民街を回る。スクールバスの運転手の気分だな。


「おにーちゃん、きのうね、らすくをママにあげたらおいしいっていってたよ!」

「そか。お前はラスク好きか?」

「うん!」

「ぼくもすきー」

「今日もいっぱいあるからな。でもラスクだけじゃなくて飯もちゃんといっぱい食べるんだぞ」

「「はーい!」」


 ガキんちょどもの適応力は高く、一週間で大分慣れて来た。
 孤児院周辺以外の貧民街にも巡回兵も定期的に巡回するようになったし、ゆっくりとだが街灯設置も行われ始めている。
 だがそれでも子供達は外で遊ぶという機会は少ない。託児所に行けば玩具や絵本もあるし友達もいる、敷地内だが外でも遊べるし、ごはんやおやつもお腹いっぱい食べられると、託児所に預けられる子らに好評だ。

 クレアに算出してもらった費用だが、コストを無視した晩飯を除けば一人当たり一日銅貨三十枚程度で済むという。これは用地取得にかかった費用や修復費などの維持管理費、人件費などは入っていないが、朝昼の食事とおやつ、風呂代、洗濯代等を含めた一人分の平均費用だ。

 それでも月額にすれば銀貨一枚弱にはなるし、貧困家庭や比較的収入の低い一般家庭、野菜売りのおばちゃんのように複数の子供を預ける場合には結構な負担となる。

 今現在は婆さん、クレア、駄姉妹と一緒に国への援助要請の陳情書を作成している所だが、さてどうなる事やら。
 ぶっちゃけ今の人数なら、このままでも十年以上は援助なしで運営できる資金はあるし、そろそろ入ってくる地竜の素材売却金が入れば、今いるガキんちょ全員成人するまで問題無く食わせていけるが、それでは意味が無いのだ。


 ガキんちょどもと他愛の無い話をしながら、孤児院ではなく託児所の入口に到着する。
 既に露天販売所は片づけられており、広い託児所内では朝食の準備が始まっている。


「お兄ちゃんお帰りー」

「あ、兄さまお帰りなさい」

「ぱぱ!」

「おう、ガキんちょどもを連れて来たぞ。ミコト、にいちゃんとねえちゃん達が来たぞー」


 キャリアカーからガキんちょを一人ずつ抱えて下ろすと、ぽててと仲のいい友達や好きだった玩具、昨日途中まで読んだ絵本を探しに、それぞれ散らばっていく。


「クリス姉さまとシル姉さまはもう帰ってきましたよ」

「お姉ちゃんたちは今返してもらったお弁当箱を洗ってるよ! お兄ちゃんの預かって来たお弁当箱も一緒に洗っちゃうから預かっておくね!」


 エリナに今日貧困家庭で引き換えに預かって来た弁当箱を渡す。
 洗った後に、晩飯分を詰めてまた渡すためだ。


「貰った母乳は足りそうか?」

「ええ、大丈夫ですよ兄さま」

「乳児は目が離せなくて大変だけど頼むな」

「ハンナやニコラ、ミリィも大分小さい子の面倒を見られるようになりましたしね。心配し無くても大丈夫ですよ兄さま」

「じゃあ今洗い物してる連中が戻ったら朝飯にするか」


 そういってる間にエリナと駄姉妹が戻ってきたので、孤児院メンバーと託児所メンバー合同で朝飯だ。
 託児所で預かってる子は十人になったので、孤児院のリビングではもう収容できないし、いちいち分けるのも手間だしな。


「ではみなさん、いただきます!」

「「「いただきまーす!」」」


 クレアの音頭で朝食が始まる。
 まだまだ預かり始めた子らは手づかみでパスタを掴んだりしてるが、少しずつ直していってる。
 孤児院メンバーがそれぞれ「こうやって食べるんだよー」などと教えているのだ。
 友達同士で食事というのも預かった子らには、新鮮なのか遊び感覚なのかはわからんが、素直に言う事を聞くので今のところ問題はない。

 朝食は露店で売っているものと同じメニューに加えて簡単な野菜スープを提供する。
 昼は揚げ物を追加したり、新メニュー開発を兼ねたパスタやパンにはさむ具材のおかずなどに、スープとパンを追加して食わせている。
 おやつはパンの耳を揚げたラスクを出しているが、週一回程度でドーナツやクッキーなどを作っている。
 ケーキは月一回に減らした。
 晩飯は孤児院のメンバーと一緒にコスト無視の飯を食わせているが、資金援助次第ではメニューの変更や、晩飯を食わせないで帰宅させるかもと色々考えている最中だ。
 できれば晩飯まで面倒を見てやりたいがな。


「エリナ、そろそろ狩りに行くか」

「はーい!」

「今日は日本刀も取りに行くから駄妹も行くぞ」

「はい、トーマお兄様」


 全員が朝飯を食い終わったのを確認してエリナと駄妹に声を掛ける。
 こいついつの間にかお兄様とか言うようになりやがったんだよな。
 お前には本物の兄さんがいるだろと言うと、あれは兄上でトーマ様はお兄様ですからとかわけわからんことを言い出した。
 駄姉妹は最初戸惑っていたが、今ではすっかり子供たちとも仲良くなり、一緒に遊んだり絵本の読み聞かせをしたり、女子チームの連中を風呂に入れてあげたりとかなり助かっている。
 男子チームは綺麗なお姉さんという事で、少し照れて遠巻きにしているが、女子チームは常に駄姉妹から離れようとしない。
 ミコトですら「くりすねー」、「しるねー」と名前で呼ぶようになった。悔しい。


「兄さま、これお弁当です。頑張ってきてくださいね」

「ああ、孤児院の方は任せたぞ婚約者」

「任せてください。てへへ」





 西の平原に到着すると、早速狩りを始める。
 狩りの方法も熟練してきた。


「じゃあエリナ、ほれ」

「うん! えへへ!」


 駄妹の探査魔法でダッシュエミューを発見すると、俺はエリナをお姫様抱っこして、疾風を使って一気にダッシュエミューに近づく。
 エリナが俺に抱かれたまま風縛でダッシュエミューを拘束するのだ。


「お兄ちゃん......んー」

「走ってる最中にキスをねだるな。もう少しでダッシュエミューが射程に入るぞ」

「あとでしてくれる?」

「あーもうわかったわかった、早く俺の魔力を使って風縛しろ」

「わかった! <風縛>!」


 エリナが抱かれたまま俺の魔力を吸収して一緒に使い、射程を百メートルほど伸ばしてダッシュエミューを拘束する。
 駄姉との研究で、おんぶよりお姫様抱っこの方がエリナが俺の魔力を吸収する効率が増えるのだ。
 理由はよくわからん。


「良し、じゃあこのまま近づくぞ」

「お兄ちゃん! んー!」

「あーもう」


 軽くエリナにキスをして、疾風を使ったままダッシュエミューに近づく。


「てへへ!」


 駄妹はもう一匹のダッシュエミューを補足したのか、単独で土魔法を使って高速移動し、氷の棺を使うようだ。
 普段はエリナと二人で狩りをするようになって、駄姉妹は託児所でガキんちょの相手をさせてるからたまに一緒に狩りをする場合は、それぞれ別に行動したほうが効率が良いのだ。

 それぞれ獲物を集合場所に設定した見晴らしのいい丘の上に運んでくる。
 駄妹のマジックボックスのお陰で大分楽になったな。
 貴重なものなので借りたりはしないが、地竜の討伐報酬が出たら買っても良いかもな。


「お兄様、お弁当を出しますか?」

「そうだな、飯にするか」

「はーい!」

「飯を食ったら一時間位獲物を探して、駄目だったら帰るぞ。日本刀を受け取りに行かないと」

「楽しみです! 今借りている日本刀ですら習作なのに素晴らしい斬れ味ですし」

「まあそこまでの業物が必要かというと微妙ではあるんだが、実際死にかけたから仕方がない」

「備えあれば憂いなしと言いますしねお兄様」

「なんかお前に兄呼ばわりされるの慣れないなー」

「そんなお兄様......」

「お兄ちゃん酷いよ、シルお姉ちゃん頑張ってるのに」

「ポンコツなりに頑張ってるのは認めるがな。子供受けはいいから助かってるし」 

「エリナ様ありがとう存じます!」

「シルお姉ちゃん頑張ってね!」

「はい!」

「なんでそんなに仲良くなってんのお前ら」





 昼食後、俺とエリナのペア、駄妹とそれぞれ一匹ずつダッシュエミューを狩り、帰路に就く。


「やっぱマジックボックスは便利だな」

「カートはキャリアカーにしちゃったからわざわざ元に戻す必要があるしねー」

「お兄様、マジックボックスはいつでも差し上げますのに」

「いやいや、流石にそんな高額品を貰うのは嫌だ。魔力登録の関係で貸し借りが出来ないしな、いちいち業者に持って行って所有者を書き換えなきゃならなくなるし」

「地竜のお金で買っちゃっても良いよね!」

「それは俺も考えてた。ダッシュエミュー三匹、いやブラックバッファローが一匹は入るくらいのが欲しいな」

「容量少ないと結局使い勝手悪いしねー」

「お兄様、姉上経由で魔導士協会に問い合わせしてみてはいかがでしょうか?」

「安く手に入るのか?」

「可能性があるというだけですが、中容量程度のマジックボックスであれば所有者も流通量も多いですし、大容量タイプへの買い替えを考えてる方がいれば再登録料を考えても、市場で中古品を探すよりは安く手に入るかもしれません」

「新品は、形態を自由に選択できるってメリットはあるけど、百キロの容量で金貨十枚って相場らしいからな。ブラックバッファローが一匹分入る容量の品を新品で買うと地竜の売却益でも足りないだろうし」

「大抵は指輪の形状を選ぶ人が多いのですけれど、魔導士協会所属の人間は姉を筆頭に変わり者が多いようですし、その辺りは何とも言えません」

「むしろ一般的でない形状の方が下取り価格も安そうだし、こちらも安く買えて良いかもしれないがな。まあ駄姉に聞いてみるか」


 てくてくと歩いていると、西門が見えてくる。
 門番に何人目の嫁さんだっけ? って聞かれるのはいつものことだからスルーだ。
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