このやってられない世界で

みなせ

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「お父さん、大丈夫?」

 床に崩れ落ちて、ものすごく苦しそうに息をしてるから、だんだん不安になって手を伸ばせば、お父さんは私の手を掴んで、空いた手で頭をなでた。そして、

「大丈夫……すぐ良くなるよ」

 って言って、目を閉じた。
 助けを求めてエマさんを見たけど、心配そうな表情で小さく首を振った。
 エマさんにもどうしようもないらしい。
 私には何も出来ないから、両手でお父さんの手を握ると、お父さんの手に力が入った。

 ずいぶん苦しいんだろう。
 お父さんの青白い顔を見ていると罪悪感が湧いてきて、泣きそうだ。
 それでも、少しずつ顔色が良くなってくると、それに合わせて詰めていただろう息が漏れて、力が抜けていく。

「お父さん、大丈夫?」
「……うん。もう大丈夫だ」

 お父さんはそう言って、私から手を離し体を起こした。そして大きく息を吐いて、

「あー、死ぬかと思った」

 って笑うけど、死にそうなくらい苦しかったんでしょう。笑ってる場合じゃない。

「オンリンナの事、聞かなきゃよかった」
「キーラのせいじゃないよ。私が規則を破っただけだ……王様って思ったより制約が多いらしい」
「らしいって……無理なら、無理って言ってくれればいいのに」
「ごめんよ。こんな風になったのは初めてだから、加減が分からなかったんだ。次はこうなる前にやめるよ」

 悪いのは私なのにむっとすれば、お父さんはすぐ謝ってくる。

「そんな顔しないで、ほら、もう大丈夫だから、一緒におやつを食べよう」

 なんて、機嫌をとられる。それがまたいらっとするんだけど、子供みたいにひょいって持ち上げられてソファーに座らせられれば、何だか気が抜けちゃって、抗う気が無くなってしまう。
 固まってたエマさんもすぐに動き出してお茶が出てくるし、お父さんが持ってきたお菓子も魅力的で、なによりお父さんがニコニコして勧めてくるから断わりにくい。
 むっとした顔をくずさないようにして、綺麗な包装のお菓子を一つ取って食べる。

 うん、美味しい。

「ねぇ、お父さん。このお菓子って何処から来てるの? ここってあまり食べ物無いんだよね?」

 この間、食糧事情を聞いてから、ずっと気になっていたんだ。
 王都では食後のデザートでもいろんなお菓子が出るけど、青の町のあの青いジャムののったパンケーキを基準にすれば、こんなにお菓子の種類がありそうにないもんね。
 きっと、お菓子のことは聞いても苦しくならない、筈。多分。

「半年に一度デルフィーから輸入してるんだよ」
「お父さんが?」
「そうだよ。昔、デルフィーで冒険者をしてたって知ってるね。その時お菓子屋さんを助けたことがあってね、破格の値段で売ってくれるんだ。こっちにはこう言うお菓子が無いから、賃金の足しにも喜ばれるんだ」
「そうですよ。ラーシュ様が下さるお菓子は人気なんです。私も大好きです。あ、でも、今まで姫様にお出ししてたお菓子はアーサー様がお持ちになったものですよ。姫様のお披露目の時の“ヤタイ”でしたっけ……あれもです」

 エマさんの言葉に、お披露目の事を思い出す。ソースの匂いに、チョコバナナ……あのルキッシュにはそぐわない屋台はフォルナトルのものだったのかと、納得だ。

「昔はルテルに来る商人が持ってくるだけしか買えなかったからね、フォルナトルやデルフィーに行ってお菓子を見て驚いた……他の食べ物もね」
「お菓子以外は輸入しないの?」
「少しは輸入してるよ。でもお菓子が一番多いかな」
「……ちなみにどのくらい?」
「列車一両分かな」


……借金結構あったはずなのに、お父さん、お金持ちじゃん。
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