このやってられない世界で

みなせ

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 フェイの言葉と同時に、人影がフェイから飛び降りた。
 お父さんが来たんだと理解して、怒られるんだろうなとか、どんな顔すればいいのかとか、いろいろ頭の中に浮かんだ。
 でもそんなことを考えている間に、人影は驚くようなスピードで私に近付いてそのまま私にしがみついた。

「キーラ! 無事で良かった!」

 あまりにも早くて人影が本当にお父さんなのかも確かめられないくらいだったけど、その声は間違いなくお父さんのものだった。

「どうして、こんな……」

 震えた声と抱きしめる腕の強さに、少したじろぐ。
 何か言わないととは思うけど、謝るべきなのか、それとも、言い訳をすればいいのか、それさえも迷ってしまう。

――――それより、なんて呼べばいいの?

 当たり前にお父さんと呼んで、普通に家族のように接していたけれど、よくよく考えれば、このお父さんのことはあまり良く分からない。
 私が知ってるキーラの記憶にお父さんはいなかったし、お父さんの記憶にあるキーラとのやり取りも覚えてない。
 なんとなくそんな感じがしたからお父さんと呼んでいたけれど、それを続けていいのかも悩んでしまう。

「キーラ、どこか具合の悪いところはない?」

 ずいぶん長く抱きしめられて、ようやくお父さんは私から体を離した。
 そして厳しい顔で頭の上から下まで目視して、ほっとしたように息を吐く。

「こんな格好で、こんな所まで……どんなに心配したか」

 私の格好は、部屋着のワンピースに踵のない靴だ。もしかしたらこっちの基準では旅装束じゃないかもしれないけど、私基準なら普通に観光旅行の服装だ。
 まぁフェイに乗って行く格好ではないかもしれないけど。

「……キーラ?」

 私が俯いたまま何も言わないので、お父さんが悲しそうな顔で覗きこんできた。
 視界にようやくお父さんの姿がしっかり入って、すごく疲れているのが分かった。
 最後にお父さんを見たのは目を覚ました日だけど、あの目覚めた時と比べると髪はぼさぼさだし、服もよれよれだ。目の下にはクマもいる。

 それでも、声が出ない。

「……」
「……」

 お父さんが眉を寄せて首を傾げる。

「キーラ、もしかしてまた悩んでる?」
「……」
「そっか……ごめんね、すぐにキーラと話すべきだったね」
「……」
「……私とは、話したくない?」

 首を振る。
 そうじゃない。ただ、どうすればいいか分からないんだ。

「そう。よかった……」

 お父さんはそう言って少し笑った。

「キーラはこれからどうする? フェイと帰る?」

 聞かれても困る。
 フェイを見ると、白い犬の姿のまま床にペタンと伏せをしていた。
 何だか落ち込んでいるみたい。

「……私、まだ」

 帰りたくないとは続けられない。
 お父さんは忙しいのにこんな所まで来てくれた。
 たった一日だけど、すごく心配したんだろう。
 きっとエマさんたちにも迷惑をかけてしまった。

―――――大人しくお父さんと帰るのが一番いいんだ。

 自分は今どんな顔をしてるんだろう?

「……今日はもう遅いから、青の町に泊ろうか?」

 そんなお父さんを見上げて、頷く。
 お父さんはやっぱり笑って、私の頭を撫でた。

「あの町の住民もキーラのことを心配していたからね、きっと喜ぶよ。フェイ、青の町までまた乗せてくれるかい?」
『うん!』

 お父さんの言葉に、フェイは大きく返事をして嬉しそうに立ち上がった。
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