このやってられない世界で

みなせ

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「人、殆ど歩いてないのに……」

 馬車なら四・五台並走できそうな幅の大通り。
 木造建築の民家の間に、ぽつぽつと風に揺れる看板を下げた商店がある。
 そこに明るい色はなく、残念なくらい寂れた町並みだ。
 当然人の姿も片手で足りるほどと言うのに、何故かちょうど良く通りかかった見ず知らずの町人に話しかけてしまった。
 その上、どうやら背の高さが圧倒的に足りないらしく、子供扱いで頭をなでられた。
 満足げな笑顔で去っていく町人を見送って、運の悪さを呪う。
 この世界に来て初めての旅に、学食以外での初めてのお買いものだと言うのに、初めてのお使いになってしまった。

『キーラ、大丈夫』
「大丈夫。宿は二軒隣だって」

 なるべく声を押さえながら答えて、宿を探すと他の家より少し大きな建物があった。
 看板には大きく宿と書いてある。

――――あれ、無駄遣いしちゃったかな。まぁ、いいや。お土産だ。

 宿の扉を開くとすぐにカウンターがあった。
 人はいない。
 薄暗い部屋を見回すと、奥にいくつかの丸テーブルが置かれている。宿泊客用の食堂なんだろう。

「営業しているのかな?」
『どうだろう?』

 カウンターの上にベルがあったので、とりあえず振ってみた。
 一度、二度、三度目で、カウンター横の扉が開く。

「もしかして、お客さん?」

 そう出てきたのは少年だった。私を見て眉を寄せる。

「泊れますか?」
「食事は出ないけど、それでもいいなら」
「じゃあ、お願いします。これで足ります?」

 銅貨一枚をカウンターに置くと、少年は頷いた。

「一泊でいいんだよね」
「はい」
「部屋を用意するから、少し待っていて。あ、食事なら、向かいに食堂があるから、先に行ってきたら?」

 フェイを見ると、頷いているのでそうすることにした。

「じゃあ、食事に行ってきます。あと、ここって何か名物あります?」
「名物?」
「料理とか、お菓子とか」
「……ないよ。見れば分かるだろ。この町は捨てられた町なんだから」
「捨てられた町?」
「知らない?」
「すみません。村から出てきたので……」

 干物屋のおじさんの勘違いをそのまま言ってみる。

「村……。そうか」
「教えてもらっても?」
「……この街は七王家の町の一つだ。青の町って呼ばれてる。七王家の中でも一番王が選ばれてる王家だった。だけど、何代か続けて王が選ばれたせいで、王家の血筋はみんな王都へ行ってしまって、ここは捨てられたって言われている。加護だけはまだあるから、少ない住民でなんとか暮らしてるって感じだ」
「王家の人はもう来ないの?」
「どうだろう? 新しい王はこの街の人じゃないみたいだから、追い出されれば戻ってくるんじゃないか? 俺が産まれた時にはもう誰もいなかったから、どっちでもいいけどね」

 少年はそう肩をすくめて、食事に行くよう言って扉に消えた。

『キーラ、食堂行ってみよう』

 フェイに促されて、宿を出る。
 真向かいにあるという食堂へ向かう。外から見るとやってないような感じだ。
 おそるおそる扉を開ける。

「いらっしゃい」

 かかる声は女の人のものだった。

「あら、旅人さん? 干物屋が言ってた子ね。さぁ、入って座ってちょうだい」

 エマさんよりは年上に見える女の人―――店主がそう言って、近くの席を指差した。
 言われた通り座って、メニューを探すために部屋の中を見回す。
 何人かのお客に混じって、干物屋のおじさんがいて、きょろつく私に笑っている。
 この町の人は王都で見た人たちと違って、髪型と髪色以外はとても個性的だから見分けがつく。

「お嬢ちゃん、この店はお任せだから品書きはないよ」
「うるさいよ、干物屋。何でもいいって言うあんたみたいのがいるからでしょ」
「本当のことだろう。でも味はいい!」
「まったく……と言うわけだけど、旅人さん、ご注文は?」

 店主がそう言って、私の前に木のコップを置いた。

「……お任せでお願いします。あの、銅貨しかないんですが大丈夫ですか?」
「大丈夫って言うか……いいわよ、お金は。干物屋のおごり。干物で銅貨一枚なんておかしいわよ」
「え、でも」
「銅貨一枚分の食事を出すのは、私の店じゃ無理なのよ。だから、あれにおごらせなさい?」
「あぁ、いいよ。干物を買ってくれたから、おごるさ!」

 干物屋のおじさんがそう言ってため息をつく。
 その間に店主が幾つかの料理を運んできた。
 シチューっぽいものと、パンとあえもの、だ。

「口に合うか分からないけど、どうぞ」

 フェイの分がない、と横に立つフェイを見る。

『僕は食べないから、気にしないで! お菓子一杯食べたからね!』

 そうなんだ、それで、あの時あんなに食べたんだ。

「ありがとうございます」

 干物屋のおじさんと店主にそう言って、食べ始める。
 味はいいと言うだけあって、温かくて美味しかった。

「どう?」
「あ、とてもおいしいです」

 そう言った後は、なんとなく注目を集めてるのが気になって、一心不乱に食べることに集中した。
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