闇とワルツを

山岸ンル

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闇とワルツを03

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 勇者ルーダンは、西方の小さな村で育った。のどかな山間の、観光資源もないような村だった。人々は畑仕事や狩りをして暮らしていた。
 父親は麓の小国からやってきた村を守る警備兵で、村の農家の美しい娘と恋に落ち、結婚した。まもなく息子が生まれ、村で占いをする老女の名付けでルーダンと呼ばれることになった。
 同世代の子どもたちと村ぐるみで育てられた彼は、普通の子どもと変わりなく成長していった。いずれ村の娘を娶るか、麓に降りて騎士にでもなるか。
 父親譲りに正義感の強いルーダンはおそらく後者だろう、と誰もが思っていた。

「騎士になってもいいけど、ルーダン。いつか帰ってきて、わたしをお嫁さんにしてよね」

 幼なじみのエメリアが笑った。エメリアは機織りの娘で、見事な金髪の少女だった。
 父親のように警備兵として村に赴任し、エメリアと結婚してそのまま暮らすのも悪くない。
 ルーダンはまだ見ぬ温かな家庭を思い、笑い返した。

 転機が訪れたのは、ルーダンが十二歳のときだった。
 父親が、魔物と戦って命を落としたのだ。むざと殺されたわけではない。魔物数体の息の根を止め、追い払った。
 しかし、殺した中の一体はかなりの呪術使いだった。今際の際にルーダンの父親に呪いを掛け、彼は結局それによって衰弱して死んでいったのだ。

 息子であるルーダンが、黒魔術に興味をもったのはその時だった。父を死に至らしめた恐ろしい魔術とはどんなものか。それから身を守るためにはどうすればいいか。
 魔力の高め方。呪いの掛け方。呪いの躱し方。薬の作り方。
 当然他人には知られてはいけない、秘された学問。
 父親の出身である麓の小国に奉公に出、騎士になるため剣術を習い、修練が終わると近くに隠れ住む魔女の家に赴き魔術を習った。
 休日ともなると一日中魔女の元で修行を行った。かつて宮廷魔導師であり、黒魔術に手を染めたことで追放された老齢の魔女は、ついに見つけた自分の後継者に惜しげも無くその秘術を教えこんだ。

「ルーダン、お前はわたしなどよりずっと才に恵まれている。底知れぬほどの魔力が、お前をいつか大きな舞台に押し上げるだろうよ。そう、たとえば遠くない未来に、お前は英雄となるやもしれん。しかしね、世界が英雄を必要とする時は、困難に直面し、誰もがその出現を望んだ時なのだよ」



 魔女の修行はルーダンが二十の齢を超えるまで続いた。故郷の母親は病没し、師事した魔女も老衰のため死んでしまった。
 その頃には彼も立派な正騎士として、その小さな王国に仕えていた。幼い魔王の噂が流れてきたのは、ルーダンが二十一になった時のことだ。
 なんでも、北方の王国がたった開戦から数日で陥落したという。

「よほど強い魔物が生まれたんだろうか」
「神をも凌ぐほどの」
「じきにこちらにも来るのでは」

 人々は噂しあった。実際は魔王の計略による王国内の混乱が大きな原因だった。魔王軍の残虐性が聞こえてくるようになってからは、民はもとより騎士たちも震え上がった。
 男は戯れに拷問にかけられる。
 女は魔物の子を孕まされる。
 子どもや老人ですら容赦なく殺される。
 さもなくば、労働力として苛酷な使役を強いられる。
 知らぬ間に魔物の手先にされている。
 人間同士での殺し合いにまでなっている。
 魔物は変異しているのではないか。
 人間が太刀打ち出来ない、巨大な自然災害のように。

 得体の知れない不安が人々の間に拡がっていった。同時に、「魔物よりも強い者が現れる」という予言が様々な国から発せられた。それはあるいは単なる願望でもあっただろう。
 ルーダンは魔女の言葉を思い出していた。


「ルーダン! 大変だ、山手の方を見ろ!」

 宿舎で早めに寝ていたルーダンを叩き起こしたのは、同期の騎士だった。血相を変えて飛び込んできた彼は、宿舎の外にルーダンを引っ張りだす。
 山手――その言葉で、ルーダンは嫌な予感を覚えた。それは的中する。北に見える峰の中腹辺りに、夜目にもはっきりと赤い炎が見えた。
 村のあたりだ!
 認識すると同時に、ルーダンは走りだした。許可も得ず、支給された剣と魔除けのアミュレットだけを持って。

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