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二、秋風ファインダー
晴江の見るもの 第一話
しおりを挟む<<おはよう、晴江さん>>
モニタに文字が表示される。同時に、付属のスピーカーから男とも女ともつかない声が同じ言葉を紡ぎだした。
「……おはよう、……あなた」
まだベッドの中で布団のぬくもりに甘えながら、晴江は手の中にある夫の触手を撫ぜた。言い知れぬ幸福が晴江の胸を満たす。
彼と暮らすようになって半年。自然とそんな仕草がでてくるようになった。
初めは嫌だと思っていた、定められた夫『礎さん』の特殊な様相も、今では愛しさを感じるまでになっている。
愛していると言われた時から、ほだされていたのかもしれない、と晴江は思わないでもない。それでも構わない。
夫は優しかったし、控えめな性格の晴江に合わせてくれた。
一切不満がないではない。
祠と一体である礎さんは外出することが不可能だったし、また人間と同じような飲食物は必要ないので、晴江と食事を共にすることもなかった。
ただ、彼は酒を嗜んだ。
礎さんのところには町内の年寄り連中からよく清酒が届けられたし、酒ならば彼も摂取することができたのである。
<<カメラというものを買いましょうか>>
「え?」
朝食を終えた晴江に、おもむろに礎さんが言った。
<<ああ、そのう>>
礎さんは一旦言葉を区切る。感情のこもらない機械音声なのに、なぜか照れているように聞こえたのは晴江の気のせいだろうか。
<<この間、一人での外出は寂しい、と言っていたので。外の風景を――あなたが美しいと思ったものを、私にも見せて欲しくて>>
夫がはにかんだような気がして、晴江も嬉しくなって笑った。
「はい、あなた」
礎さんのパソコンはインターネットに繋がっているので、外の景色など見ようと思えば世界中の風景が見られるのだが、それではあまりに味気ない。
たとえば、道端に咲く一輪の花。
たとえば、睦まじい小鳥のつがい。
たとえば、一瞬で色を変える空。
そういったものを、彼は晴江と共有したいのだった。
また、晴江のほうもそれで外出に対して楽しみができる。夫の提案は彼女にとってもいいものだった。
「高杉じゃないか」
彼――進藤壮馬に邂逅したのは、晴江がカメラを携えて買い物に外出した時だった。
「……進藤くん」
晴江はひたすら気まずい思いで相手の名を呼び返す。進藤壮馬は、晴江とかつて交際関係にあった青年だった。彼は自分の結婚を知っているのだろうか。「高杉じゃない」、とは言えない。実際自分の夫には籍などないのだから、高杉のままである。
「元気だったか」
壮馬は高校生の時と同じく、爽やかでハンサムだった。壮馬がクラスで一番人気があったことを晴江は思い出した。バスケットボール部の主将で、成績も学年上位、ついでに字が上手かった。晴江はどちらかと言うとおとなしいほうで、図書室にばかり入り浸っていたので、どうして人気スポーツマンの壮馬と恋愛に至ったのか結局のところ今でも不思議である。
「ええ、……わたし、結婚したの」
壮馬の顔が一瞬こわばった。
「……それは、例の『礎の人』と?」
「そう」
礎さんとの婚約のことは壮馬にも話してあった。高校生時分の幼い恋の中で、壮馬は『自分と一緒にどこか遠くに逃げないか』とまで提案していた。それは若い情熱が生み出した理想だったかもしれないが、晴江はその言葉を頼りに、どこか知らないところに出奔して壮馬と二人で健気に暮らす想像をしたものだった。
二人の交際はあっという間に晴江の家族の耳に入り、晴江は一週間ほど自宅軟禁の憂き目に遭った。壮馬もそうだった。そして二人は別々の場所で、礎さんが晴江の一家に、そして町にとってどれほど大事な存在かと、晴江は間違いなくその妻にならなければならないのだということを、耳にタコが出来るほど説教されたのだった。
それで二人は不承不承関係を切ることになった。
たった一度晴江と壮馬が性交渉を持ったことなど、とても言えるわけはなかった。
野良猫が雑貨店の外に設置されたベンチであくびをしているところを、晴江は礎さんに買ってもらったコンパクトデジタルカメラで写真に収めた。壮馬はその様子を見ている。
「その、『礎さん』とは半年、暮らしてるわけだ」
「そうなるわね」
どこか楽しげな表情の晴江に、壮馬は言葉を投げかけた。
「高杉、それって本当に愛情だと思うか?」
「……え?」
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