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一章
確認結果
しおりを挟む マリーとジョゼフが同棲を始めたらしい。
オレは今日もぼっちだ。あいつら今日もいちゃつきやがって、なんだか腹の虫がおさまらないぜ。この間もマリーが鍛錬場を出た後、たまたま研究所前の公園で会ったから「よう、久しぶりに3人で商店街へ行かないか?」と誘ったら「ごめん、あたしジョゼフのところに行くから」と断られた。
わかるか?急に置いてけぼりにされるこの気持ちを。親友達が悪気なくても急に去っていくようなこの感覚。しかも自分を置いてあいつら2人が……。
とにかくオレは今日も苛ついて仕方ないのである。
「アレンくん、今度はこの書類に目を通してね」
そう言ってきたのは研究所の医療介護課のミハイル課長だ。オレは今、ここで研修生として働いているからだ。
「またかよ!どんだけ書類見りゃあいいんだよ、クソがッ」
「……………」
ミハイルは乱暴に書類を受け取るオレに嫌そうな目を向けている。彼は間違っていない。研修生の分際でこんな態度を取られたら、普通の上司なら激怒するところだろう。だが、安心してほしい。この研究所にマトモな人間など1人もいないからだ。
医療介護課のミハイル課長は隠れ(てない)サイコパスだ。奴は元々病院で外科医として務めていたが、持ち前の狂った発作によって退職を迫られたらしい。
共同の核兵器研究課のノエル課長も頭がおかしい。オレに勝る口の悪さだ。それだけでも驚くぐらいなのに、ノエルはさらに隠れ(てない)ドMなのだ。
そんなドMに影響されてなのか、同じ核兵器研究課にいる年配の女性であるヴィクトリアさんもなんと……隠れ(てない)ドSだったりする。彼女の机の引き出しは決して開いてはならない。
その他の研究員達も残念ながら何かを患っている。暇さえあれば自分の身体で新薬の実験をして興奮してたり、同僚同士で訳の分からない話をしていたりする。この間もある研究員がルリコンゴウインコのデカイぬいぐるみを持ってきて「オイラの彼女だょぐへへ」とか言いながら出勤してきたのである。
変人しかいない状態でこの研究所がなんとか稼働できていることが不思議で仕方ない。
「っていうかアレンくんは何でここで研修生やろうと思ったの?楽しいの?」
「……興味、あったから」
オレはミハイルの質問に呟くように答えた。
助けたい人がいるとか、自分自身が医療の世話になってるからとか……気まずくて言えん。
「そう、興味ね……」
ミハイルはニヤニヤしながら言ってきた。
うるさい奴だ。今度オレが絶望の新薬を開発したら真っ先にこいつに治験してもらおう。
「まぁ、アレンくんが実は友達想いなのはジョゼフくんから聞いてるからねぇ」
「決めたぞ。オレが出世したらまずはどっかの変態の息の根を止めてやろう」
「変態ってノエルのこと?それは是非ともお願いします!あ、解剖するからその時は身体は捨てないでね」
「………」
ちげーよ、変態はテメェのことだ馬鹿め。
「貴様ら!この僕を侮辱するならただじゃおかないぞ愚人どもめ!」
「ほら、出たよ!この研究所には変態しかいねーのかよ!」
出たというのはノエルのことである。奴はオレ達とは離れた席にいるというのに、響き渡るような大きな声で悪態をついた。
「もぉ、地獄耳だなぁ本当に……くだらないこと気にしてないで仕事しなよ」
ミハイルはノエルに向けて言った。
悪いがそれを言うならテメェもこの研究所の全員に当てはまることだ。さっきから研究員Aさんがネイルを爪に塗っているのではなくて、隣で爆睡してる研究員Bくんの眼鏡に塗ってるぞ。嫌がらせが桁違いにひでーぞ。鍛錬場より無法地帯じゃねぇか。
「ミハイルぱいせん、今から脱いで全裸になりまっす」
突然、オレ達の前に研究員Cが白衣のボタンを外しながら近づいてきた。
「ハァ?!」
オレはそれを見てキレた。
「えっ、お腹を出すの?急所を見せるってことはそういうこと?解剖していいの?」
「何なんだよテメーら!?仕事ができないのか?!誰一人としてまともに研究仕事をしてる奴はいねーじゃねぇかよ!」
研究員Cは脱ぎ始めた。ミハイルは涎を拭き始めた。
「だからそれをやめろっつってんだよ!いい加減にしろ!!」
オレは2人まとめてキックとパンチを喰らわせた。鍛錬場での経験がこんなところに出るとは思わなかった。というか、こんなの嫌だ。
※
午後5時。
午前中に終わる鍛錬場とは違い、研究所ではこの時間が定時退勤となっている。
今日もオレは激しく疲れている。毎日変人共に精神を削られているからだ。
「ハァ……まあ、少しは勉強になってるからいいのか……?」
オレは帰り道となる通りを歩きながら考えていた。確かに医療介護課には変人と変態しかいないが、ミハイルは面倒見がいい。
毎日飽きもせずオレに研究資料を見せては丁寧に説明してくれているからだ。だからオレは研修生になってから医療について学べているのである。
「…………あ」
研究所前の公園へ少し視線を移すと見知った2人の姿があった。
マリーとジョゼフだ。
なんと、あの2人………一緒にベンチに座って手を繋いでいるではないか。
少し昔だったら、オレが2人を見かけても普通に挨拶もできただろうに、あれでは話しかけにくい。
だがオレはそれでも玉砕しに行った。
「おい、そこのリア充共。久しぶりだなァ、元気か?」
オレは2人が座っているベンチの前で仁王立ちしてそう聞いた。
「ああ、今は体調に問題はない。心配してくれるのか」
ジョゼフは何とも幸せそうにオレに応えた。
「心配なんかしてねーよ、うるせぇな!元気そうならもうオレが必要ねぇってことだよ!もういいよ、帰るわ!お前ら早く結婚しろ!」
オレはそこから半ば泣きながら走り足で自宅まで帰った。マリーは「結婚」という言葉に反応して赤面していた。オレはなんだか悲しくなった。
「あれ、指揮官?こんなところで会うなんて………って、泣いてるんですか?!」
研究員住居へ向かう通りで鍛錬場の現指揮官のミカン兵士に会った。午前の鍛錬が終わって、今は彼女のプライベート時間なのだろう。やけにカラフルなパーカーを着ていて、商店街から買ってきたであろうジェラートを食べながら歩いていた。
「泣いてねーよ!つーか、今の指揮官はお前だろうが!」
「いえ、泣いてますよね?何かあったんですか?」
「何もねぇよ、うるせぇな!」
「指揮官、そうやって心配してる人に対して怒鳴るのはよくありません。私はあなたを心配して声をかけているというのに、そうやって優しく接してくれる人に対して怒鳴るのですか?非常識です。これでは一般社会で生きる大人としては失格なのでやめてください」
「…………」
そうだった。
そういえばこの女は無駄に生真面目なところがあって何も言い返せないんだった。
「指揮官、そんなんじゃ友達いなくなりますよ」
「そんなこと言われなくてももうオレには友達なんていないもん……」
「えっ、どういうことですか?」
「あいつら同棲とか始めてから……オレと遊んでくれなくなったもん。元気になってから構ってくれなくなったもん」
「その、子どもみたいな喋り方やめてくれません?似合わないから」
「……………」
確かに似合わないからやめることにする。
「まあ、仕方ないですよ。きっとあの2人も指揮官のこと嫌いになったわけじゃないですから、今は2人にとって幸せな時期なんですよ」
「そういう問題じゃねーんだよ。あの2人しか友達いなかったオレが寂しくなっちゃったって言いてぇんだよ」
「ずいぶんと素直に言うんですね……」
「うん」
「…………」
「………………」
とにかくオレは誰にも構ってもらえなくて寂しいのである。
「あの、指揮官」
ミカンは急に雰囲気を変えてオレに話しかけた。手に持ってるジェラートが落ちそうで気になる。
「もう、指揮官じゃねぇんだけど……何?」
「その、良かったら私と商店街に行きませんか?」
憐れみを掛けられてオレは苛々した。誰がぼっちで寂しいって言ってんだよ、冗談に決まってるだろ!オレは一匹狼だ。いつでも孤高に生きているし、それを苦に思ったことなどないのだ。
「うん、一緒に行こ」
口から出たのは肯定の言葉だった。
それからオレはミカンと一緒に商店街へ行き、例のシャーベーットを貪っているのである。何を言おう。いや、欲しかったわけではない。別に、ミカンがずっと持っていたシャーベットをガン見していたわけではない。仕方ないから買ったのだ。
「指揮官とこうして商店街を歩きながら並んでシャーベットを食べる日が来るなんて思いもしませんでした」
ミカンは真顔でそう言っていた。
何で真顔なんだ。誘ったのはお前だろう。オレと居て楽しくないというのか?!
……いや、楽しくないだろうな。
オレみたいな性格のねじ曲がった野郎と居ても楽しい人間はきっといないだろうな。
「あれ、指揮官。何か落ち込んでます?」
ミカンはまた真顔でオレに聞いた。
「落ち込んでねーよ」
「いや、落ち込んでますよね?最初から元気ないじゃないですか。あの2人のこともそうですけど、今も」
「うるせぇよ、あの2人のことなんてもうどうでもいいんだよ!」
本当はどうでもよくないし、できれば前みたいに3人で会ったりしたいけど、でも、2人の時間の邪魔もしたくないし……なんかもう嫌だ。何がしたいのか自分でもわからない。
「えっと、私。指揮官の性格がなんとなく掴めてきました。本当はあの2人と話がしたいんですよね?」
「………………」
「迷うぐらいでしたら、話しに行きましょうよ」
「いや、それはいい」
「良くないですよ、友達なら言いたいことがあればきちんと言うべきです」
「いや、いいって」
別にこれといって言いたいことがある訳でもないし。
「じゃあ、どうするんですか?」
「とりあえずシャーベットが溶ける前に食べる」
オレはミカンの話題を変えてシャーベットに向き直った。近くにあったベンチに座ると、ミカンも遠慮なく隣に座ってきた。
「指揮官、それ何味ですか?」
「グレープフルーツ」
「えっ、グレープフルーツは苦くて私は苦手なんですよね」
「苦い?甘くないか」
「味覚音痴なんですか?」
「……………」
会話が途切れた。
オレはきっとこの女とは仲良くできないだろう。
「アレン指揮官ってすぐ表情に出るからわかりやすいですね」
ミカンは今日で初めてオレに笑顔を見せた。
「はぁ?馬鹿にしてんのかよ」
すぐ表情に出すような奴は兵士には向かない。つまり、馬鹿なのである。オレは馬鹿ではない。
「いいえ、そうではありません。確かにそういうタイプの人って嘘がつけなかったり、戦法とか台無しにするような馬鹿で兵士に向かないんですけど、私は指揮官を馬鹿にしてませんよ、今は」
「馬鹿にしてんじゃん」
「ふふっ、すみません」
ミカンは笑ってから美味しそうにシャーベットを舐めた。
「笑いごとじゃねぇんだよ、もしそれがオレだってんなら大問題だろーが……あっ」
「指揮官はもう兵士じゃないじゃないですか」
「そうだった……いや、お前が指揮官指揮官言うから忘れちまうだろう!」
「指揮官はドジっ子なんですか?」
「だから、指揮官って言うのやめろつってんだよ!」
勢いよく叫んだらシャーベットが床に落ちた。おまけに商店街を行き交う人々に痛い視線を送られている。
「指揮か……えっと、アレンさん。静かにしてください」
さん付けなんて生まれて初めて呼ばれた。超びっくり。
そんなことより床に落ちてしまったシャーベットを見ていたらなんだか絶望の淵に落とされるような感覚に襲われた。なんだろう、病気で初めて血を吐いた時よりも精神的に来た。
「しきっ、アレンさんって本当に純粋ですよね。シャーベット、もう一つ買いますから泣かないでください」
なんたる醜態。落ちたシャーベットごときで泣いてるところを見られてしまった。
ミカンはそんなオレを見て笑っている。もういいよ、いっそとことん馬鹿にしてくれ。オレは落ち込んでいるのだ。友達いなくなったし、シャーベット落とすし、嫌なことだらけだ。
突然、ミカンはポケットからハンカチを取り出してオレに近づけた。そのまま目を拭かれて、驚くと同時に体が硬直した。
「さっ、新しいシャーベットを買いに行きましょ」
ミカンがそのハンカチを仕舞うと、今度は手を握られてどこかへと連れていかれた。オレは何も反応できずにそのままついていった。
女子に手を握られるなんて初めてで心臓が口から飛び出そうだった。
爆発しそう。
オレは今日もぼっちだ。あいつら今日もいちゃつきやがって、なんだか腹の虫がおさまらないぜ。この間もマリーが鍛錬場を出た後、たまたま研究所前の公園で会ったから「よう、久しぶりに3人で商店街へ行かないか?」と誘ったら「ごめん、あたしジョゼフのところに行くから」と断られた。
わかるか?急に置いてけぼりにされるこの気持ちを。親友達が悪気なくても急に去っていくようなこの感覚。しかも自分を置いてあいつら2人が……。
とにかくオレは今日も苛ついて仕方ないのである。
「アレンくん、今度はこの書類に目を通してね」
そう言ってきたのは研究所の医療介護課のミハイル課長だ。オレは今、ここで研修生として働いているからだ。
「またかよ!どんだけ書類見りゃあいいんだよ、クソがッ」
「……………」
ミハイルは乱暴に書類を受け取るオレに嫌そうな目を向けている。彼は間違っていない。研修生の分際でこんな態度を取られたら、普通の上司なら激怒するところだろう。だが、安心してほしい。この研究所にマトモな人間など1人もいないからだ。
医療介護課のミハイル課長は隠れ(てない)サイコパスだ。奴は元々病院で外科医として務めていたが、持ち前の狂った発作によって退職を迫られたらしい。
共同の核兵器研究課のノエル課長も頭がおかしい。オレに勝る口の悪さだ。それだけでも驚くぐらいなのに、ノエルはさらに隠れ(てない)ドMなのだ。
そんなドMに影響されてなのか、同じ核兵器研究課にいる年配の女性であるヴィクトリアさんもなんと……隠れ(てない)ドSだったりする。彼女の机の引き出しは決して開いてはならない。
その他の研究員達も残念ながら何かを患っている。暇さえあれば自分の身体で新薬の実験をして興奮してたり、同僚同士で訳の分からない話をしていたりする。この間もある研究員がルリコンゴウインコのデカイぬいぐるみを持ってきて「オイラの彼女だょぐへへ」とか言いながら出勤してきたのである。
変人しかいない状態でこの研究所がなんとか稼働できていることが不思議で仕方ない。
「っていうかアレンくんは何でここで研修生やろうと思ったの?楽しいの?」
「……興味、あったから」
オレはミハイルの質問に呟くように答えた。
助けたい人がいるとか、自分自身が医療の世話になってるからとか……気まずくて言えん。
「そう、興味ね……」
ミハイルはニヤニヤしながら言ってきた。
うるさい奴だ。今度オレが絶望の新薬を開発したら真っ先にこいつに治験してもらおう。
「まぁ、アレンくんが実は友達想いなのはジョゼフくんから聞いてるからねぇ」
「決めたぞ。オレが出世したらまずはどっかの変態の息の根を止めてやろう」
「変態ってノエルのこと?それは是非ともお願いします!あ、解剖するからその時は身体は捨てないでね」
「………」
ちげーよ、変態はテメェのことだ馬鹿め。
「貴様ら!この僕を侮辱するならただじゃおかないぞ愚人どもめ!」
「ほら、出たよ!この研究所には変態しかいねーのかよ!」
出たというのはノエルのことである。奴はオレ達とは離れた席にいるというのに、響き渡るような大きな声で悪態をついた。
「もぉ、地獄耳だなぁ本当に……くだらないこと気にしてないで仕事しなよ」
ミハイルはノエルに向けて言った。
悪いがそれを言うならテメェもこの研究所の全員に当てはまることだ。さっきから研究員Aさんがネイルを爪に塗っているのではなくて、隣で爆睡してる研究員Bくんの眼鏡に塗ってるぞ。嫌がらせが桁違いにひでーぞ。鍛錬場より無法地帯じゃねぇか。
「ミハイルぱいせん、今から脱いで全裸になりまっす」
突然、オレ達の前に研究員Cが白衣のボタンを外しながら近づいてきた。
「ハァ?!」
オレはそれを見てキレた。
「えっ、お腹を出すの?急所を見せるってことはそういうこと?解剖していいの?」
「何なんだよテメーら!?仕事ができないのか?!誰一人としてまともに研究仕事をしてる奴はいねーじゃねぇかよ!」
研究員Cは脱ぎ始めた。ミハイルは涎を拭き始めた。
「だからそれをやめろっつってんだよ!いい加減にしろ!!」
オレは2人まとめてキックとパンチを喰らわせた。鍛錬場での経験がこんなところに出るとは思わなかった。というか、こんなの嫌だ。
※
午後5時。
午前中に終わる鍛錬場とは違い、研究所ではこの時間が定時退勤となっている。
今日もオレは激しく疲れている。毎日変人共に精神を削られているからだ。
「ハァ……まあ、少しは勉強になってるからいいのか……?」
オレは帰り道となる通りを歩きながら考えていた。確かに医療介護課には変人と変態しかいないが、ミハイルは面倒見がいい。
毎日飽きもせずオレに研究資料を見せては丁寧に説明してくれているからだ。だからオレは研修生になってから医療について学べているのである。
「…………あ」
研究所前の公園へ少し視線を移すと見知った2人の姿があった。
マリーとジョゼフだ。
なんと、あの2人………一緒にベンチに座って手を繋いでいるではないか。
少し昔だったら、オレが2人を見かけても普通に挨拶もできただろうに、あれでは話しかけにくい。
だがオレはそれでも玉砕しに行った。
「おい、そこのリア充共。久しぶりだなァ、元気か?」
オレは2人が座っているベンチの前で仁王立ちしてそう聞いた。
「ああ、今は体調に問題はない。心配してくれるのか」
ジョゼフは何とも幸せそうにオレに応えた。
「心配なんかしてねーよ、うるせぇな!元気そうならもうオレが必要ねぇってことだよ!もういいよ、帰るわ!お前ら早く結婚しろ!」
オレはそこから半ば泣きながら走り足で自宅まで帰った。マリーは「結婚」という言葉に反応して赤面していた。オレはなんだか悲しくなった。
「あれ、指揮官?こんなところで会うなんて………って、泣いてるんですか?!」
研究員住居へ向かう通りで鍛錬場の現指揮官のミカン兵士に会った。午前の鍛錬が終わって、今は彼女のプライベート時間なのだろう。やけにカラフルなパーカーを着ていて、商店街から買ってきたであろうジェラートを食べながら歩いていた。
「泣いてねーよ!つーか、今の指揮官はお前だろうが!」
「いえ、泣いてますよね?何かあったんですか?」
「何もねぇよ、うるせぇな!」
「指揮官、そうやって心配してる人に対して怒鳴るのはよくありません。私はあなたを心配して声をかけているというのに、そうやって優しく接してくれる人に対して怒鳴るのですか?非常識です。これでは一般社会で生きる大人としては失格なのでやめてください」
「…………」
そうだった。
そういえばこの女は無駄に生真面目なところがあって何も言い返せないんだった。
「指揮官、そんなんじゃ友達いなくなりますよ」
「そんなこと言われなくてももうオレには友達なんていないもん……」
「えっ、どういうことですか?」
「あいつら同棲とか始めてから……オレと遊んでくれなくなったもん。元気になってから構ってくれなくなったもん」
「その、子どもみたいな喋り方やめてくれません?似合わないから」
「……………」
確かに似合わないからやめることにする。
「まあ、仕方ないですよ。きっとあの2人も指揮官のこと嫌いになったわけじゃないですから、今は2人にとって幸せな時期なんですよ」
「そういう問題じゃねーんだよ。あの2人しか友達いなかったオレが寂しくなっちゃったって言いてぇんだよ」
「ずいぶんと素直に言うんですね……」
「うん」
「…………」
「………………」
とにかくオレは誰にも構ってもらえなくて寂しいのである。
「あの、指揮官」
ミカンは急に雰囲気を変えてオレに話しかけた。手に持ってるジェラートが落ちそうで気になる。
「もう、指揮官じゃねぇんだけど……何?」
「その、良かったら私と商店街に行きませんか?」
憐れみを掛けられてオレは苛々した。誰がぼっちで寂しいって言ってんだよ、冗談に決まってるだろ!オレは一匹狼だ。いつでも孤高に生きているし、それを苦に思ったことなどないのだ。
「うん、一緒に行こ」
口から出たのは肯定の言葉だった。
それからオレはミカンと一緒に商店街へ行き、例のシャーベーットを貪っているのである。何を言おう。いや、欲しかったわけではない。別に、ミカンがずっと持っていたシャーベットをガン見していたわけではない。仕方ないから買ったのだ。
「指揮官とこうして商店街を歩きながら並んでシャーベットを食べる日が来るなんて思いもしませんでした」
ミカンは真顔でそう言っていた。
何で真顔なんだ。誘ったのはお前だろう。オレと居て楽しくないというのか?!
……いや、楽しくないだろうな。
オレみたいな性格のねじ曲がった野郎と居ても楽しい人間はきっといないだろうな。
「あれ、指揮官。何か落ち込んでます?」
ミカンはまた真顔でオレに聞いた。
「落ち込んでねーよ」
「いや、落ち込んでますよね?最初から元気ないじゃないですか。あの2人のこともそうですけど、今も」
「うるせぇよ、あの2人のことなんてもうどうでもいいんだよ!」
本当はどうでもよくないし、できれば前みたいに3人で会ったりしたいけど、でも、2人の時間の邪魔もしたくないし……なんかもう嫌だ。何がしたいのか自分でもわからない。
「えっと、私。指揮官の性格がなんとなく掴めてきました。本当はあの2人と話がしたいんですよね?」
「………………」
「迷うぐらいでしたら、話しに行きましょうよ」
「いや、それはいい」
「良くないですよ、友達なら言いたいことがあればきちんと言うべきです」
「いや、いいって」
別にこれといって言いたいことがある訳でもないし。
「じゃあ、どうするんですか?」
「とりあえずシャーベットが溶ける前に食べる」
オレはミカンの話題を変えてシャーベットに向き直った。近くにあったベンチに座ると、ミカンも遠慮なく隣に座ってきた。
「指揮官、それ何味ですか?」
「グレープフルーツ」
「えっ、グレープフルーツは苦くて私は苦手なんですよね」
「苦い?甘くないか」
「味覚音痴なんですか?」
「……………」
会話が途切れた。
オレはきっとこの女とは仲良くできないだろう。
「アレン指揮官ってすぐ表情に出るからわかりやすいですね」
ミカンは今日で初めてオレに笑顔を見せた。
「はぁ?馬鹿にしてんのかよ」
すぐ表情に出すような奴は兵士には向かない。つまり、馬鹿なのである。オレは馬鹿ではない。
「いいえ、そうではありません。確かにそういうタイプの人って嘘がつけなかったり、戦法とか台無しにするような馬鹿で兵士に向かないんですけど、私は指揮官を馬鹿にしてませんよ、今は」
「馬鹿にしてんじゃん」
「ふふっ、すみません」
ミカンは笑ってから美味しそうにシャーベットを舐めた。
「笑いごとじゃねぇんだよ、もしそれがオレだってんなら大問題だろーが……あっ」
「指揮官はもう兵士じゃないじゃないですか」
「そうだった……いや、お前が指揮官指揮官言うから忘れちまうだろう!」
「指揮官はドジっ子なんですか?」
「だから、指揮官って言うのやめろつってんだよ!」
勢いよく叫んだらシャーベットが床に落ちた。おまけに商店街を行き交う人々に痛い視線を送られている。
「指揮か……えっと、アレンさん。静かにしてください」
さん付けなんて生まれて初めて呼ばれた。超びっくり。
そんなことより床に落ちてしまったシャーベットを見ていたらなんだか絶望の淵に落とされるような感覚に襲われた。なんだろう、病気で初めて血を吐いた時よりも精神的に来た。
「しきっ、アレンさんって本当に純粋ですよね。シャーベット、もう一つ買いますから泣かないでください」
なんたる醜態。落ちたシャーベットごときで泣いてるところを見られてしまった。
ミカンはそんなオレを見て笑っている。もういいよ、いっそとことん馬鹿にしてくれ。オレは落ち込んでいるのだ。友達いなくなったし、シャーベット落とすし、嫌なことだらけだ。
突然、ミカンはポケットからハンカチを取り出してオレに近づけた。そのまま目を拭かれて、驚くと同時に体が硬直した。
「さっ、新しいシャーベットを買いに行きましょ」
ミカンがそのハンカチを仕舞うと、今度は手を握られてどこかへと連れていかれた。オレは何も反応できずにそのままついていった。
女子に手を握られるなんて初めてで心臓が口から飛び出そうだった。
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