琥珀の方舟

Sa4mi

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Episode1.新月の夜に

1-3『悪い夢、もしくは』

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 次に目を覚ましたのはそこから数時間後、駅のベンチの上だった。駅員さんが一人で倒れているところを寝かせてくれたらしい。悪い夢でも見ていたのかと思ったが、ズボンのポケットには奇妙な琥珀色の弾丸が入っていた。


***


「お、クリスじゃん久しぶり!」
「は?安原…?」

 翌朝教室に入った僕に、真っ先に話しかけてきたのは安原だった。以前より少し瘦せたように見えるがいつもと変わらず陽気な様子だ。今日は学校を休もうかとも考えたけれど、しれっと新橋さんが居そうな気もして結局来てしまった。昨晩のことはあまり深く考えたくなかった。
「は?ってなんだよ、久々の再会の第一声がそれ~?つれないやつ。」
「だって、新橋さんから結構重症って聞いてたから…僕のことは覚えてたんだ。」
「友達のこと忘れるわけないだろ~?所々記憶に抜けはあるけど、まあ生活に支障きたさない程度だってさ。心配すんなって!」
 安原は僕の背中をばんと叩く。少し痛い。
「はぁ…まあ無事なんだったら何よりだけど。」
 いまだ整理がつかない僕を尻目に、安原は豪快に笑っている。かと思えば思い出したかのような口調でぽろりと零した。
「あ、そういやさっきから気になってたんだけど、」


「新橋って誰?」


 一瞬、息が止まった。やっぱり重症だったんじゃないか。彼女を忘れるなんて薄情なやつだなと茶化したいが、取り繕えない。嫌な予感がふと頭を過る。見ないふりをしていた事実がすぐそこまで迫ってきているようで、上手く息が吸えなかった。
「いや何言ってんの、君の彼女でしょ?同じ、環境委員の。」
 安原は眉間にしわを寄せ、怪訝そうにはぁ?と首をかしげる。
「勘弁してくれよ、女子の環境委員は川上だし俺は今フリー。いや学祭マジック狙ってはいるけどね?来月には俺にも彼女がいてもおかしくはないと思ってるけどさ~!」
「え、いやだって、そんなはず…」
 腕を組み能天気に未来の彼女との夢物語を語りだす安原を放って、僕は教壇の学級日誌に食らいついた。そんなはずがない。安原が病気の後遺症で忘れているだけだ、そうであってくれ。僕が昨日見たものは何かの間違いだったって安心させてくれ。本来ならば日誌には彼女の名前があるはずだ、絶対に。
「し、し…椎名、城田、…須藤。」
 無い。あるはずの彼女の名前が、どこにも。
「言ったろ?新橋なんていねえって。気味悪いこと言うなよな~。あ、HRはじまるぞ。」
 無理やり安原に席に座らされた。教師の話は何も頭に入ってこなかった。新橋さんが座っていた廊下側最前の席には、別の女子生徒が座っていた。


***


 夏本番を目前にした7月の空気は、遅い時間帯であるにもかかわらず不快な温度を纏っている。コンビニバイトをクビになった帰り道、足取りも重ければカバンに詰め込んだ教科書も重い。よく言いがかりを付けてくる常連クレーマーに「前も同じことで文句言ってきましたよね」と前回のセリフを一言一句違わず突きつけたところ大規模な言い争いとなり、店長に呼び出され、「客とのトラブル多すぎる。クビね。」と呆気なく言い渡された。おまけに帰る途中、隣町のホテルまでの行き方がわからないおばあちゃんを案内し、僕は今全く知らない路地を歩いている。散々だ。帰ったら早く寝よう。ネオンに照らされ、黒いはずのアスファルトは目に優しくないビビッドな色を柔らかく反射して随分とカラフルになっている。街の明かりのせいで気がつかなかったが今日は新月だ。人通りが少ないのもそのせいだろう。

 あの一件から、もう一か月近く経ったということか。その後教師やほかの友人にも訪ねたが、「新橋優香」という生徒はこの学校に在籍していないことになっていた。彼女と仲が良かったはずの女子生徒も僕の話を不審そうな顔で聞き、決まって最後には冗談やめてよと切り捨てられるのだった。倒れたときに頭でも打って混乱しているんだろうと無理やり結論付けられた。納得はできなかったが、自分にもそう言い聞かせ彼女のことはもう考えないようにしていた。その方が、僕にとっても都合が良かった。

「寮までの最短距離だとこの道か。ちょっと暗いけどまあいいか、早く帰ろ。」
 スマホの地図アプリが示す最短ルートを辿っていく。この道も他と同じくネオンの光る路地ではあるが、古い建物が多いのか全体的に照明が少ない。やっぱりやめといた方が良かったかなと胸中で後悔しながら早歩きで寮を目指す。スニーカーとコンクリートの間で小石が擦れる音が、路地の奥に吸い込まれていった。

「あれ、あの車」
 幅十メートルもないような細い建物。BARという古ぼけた看板の下に派手な車が停まっている。左ハンドル。外車だ。小洒落た、日本のものに比べて細長いナンバープレートに先月見たナンバー。僕を置いて走っていったあの車。間違えようもない。

 心臓のあたりが妙にそわそわする。何も面倒ごとにわざわざ首を突っ込む必要なんてない、わかっている。このまま新橋さんの件は僕の勘違いということで留めておくことだってできるんだ。そんな僕の理性を、どうしようもない好奇心が邪魔をする。なんてったって今日僕はバイトをクビになってきたんだ。もうヤケだった。
 気が付いたら“OPEN“の札がかかったドアを引いていた。琥珀色の弾丸はあの日からずっとカバンのポケットに入れたままだ。ドアベルがカランコロンと音を立てた。
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