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人間を手に入れ迷宮を出る

167 宝を求める手段は重要か

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 冒険者ギルド 食堂前

「ご主人様、ご飯を食べに行きましょう」

「そうだな」

 尻尾をふりふり食堂へ駆けて行くシオンについて行く。
 年の割に小柄だったシオンだが、栄養状態が改善したためか最近は少しずつ背が伸びているらしい。
 副ギルドマスターとして多忙なため、どれだけ食べても太ることはなさそうだ。
 シオンが成長するのは喜ばしいことである。


「それにしても鍛冶屋、パトロン、か」

 ギルドの食堂でエルダの特製スープを飲みながら考える。
 思わぬ結末を迎えたギャラリーであるが、今回の一件で新たな発見があったのだ。

 それは宝を得るための新たなプロセスについての考察だ。

「いっそ新たな宝を自分が援助して生み出させるということも考えられるか」

 冒険者の質を上げる過程で人間の世界に浸透したからこそ使えるようになった手段だった。

 俺の目的は、より価値ある宝を求めこの手に収めることだ。

 最初は、宝を奪い手に入れることばかり考えていた。
 やがて求める宝が手に入らなくなったことで、その原因となっている冒険者の質の低下をなんとかしようと迷宮から出た。
 そして冒険者ギルドを作り、邪魔な人族至上主義者を排除したことでその目的は達成されつつあったのだが…。

 以前、祖白竜の素材や装備を職人の連中に貸し出したことを思い出す。
 あの時はそこまで深く考えていなかったが、思えばそれも新たな宝を生み出す助けをしたということだ。

「パトロンか。優れた宝を生み出すのは…。武器防具ならドワーフか。金属を扱わせれば一番だろう。装飾はエルフだな。特殊な素材の扱いは随一だ。人族は創意工夫、まったく新しい宝を生み出すのはいつも人族だ。…支援するならまずはこのあたりか」

 ただ、どうにも違和感がある。

 闘争の果てに手に入れた宝は特別な輝きを放つものだ。
 宝はただ手に入れれば良いというわけではない。常識だ。

「俺が命じて宝を作らせた場合はどのように感じるのだろうか」

 金と素材ならほぼ無尽蔵に提供することができる。
 それらは自分で手に入れたものなので、それを提供することで新たな宝となって返ってくるのならば良いことではなかろうか。

 だが、それは何か違う気もするな。宝への敬意が欠けているのではないだろうか。

 他者の畑から小麦を刈り取るか、他者に金を渡して作らせた小麦を収穫するのか。
 手に入るものは同じ小麦だ。あるのは自分が納得できるかという気持ちの問題だ。


 宝を集めることは俺の存在の証である。
 集められた宝にも価値があるが、宝を集めるという過程もそれと同じくらい大切なものなのだ。

 …。

「シオン、お前が今一番欲しいものを思い浮かべろ」

「はいご主人様…思い浮かべました」

「よし、思い浮かべたものが手に入るが、それは自分の努力は関係なしに、押し付けるように与えられたとする。そのことをどう思う?」

「?…欲しいものが手に入ったら嬉しいです」

「だが、それはシオンが努力して手に入れようとしていたものだぞ。施しのように与えられて不服に思わないか?」

「うーん、それでも欲しいものが手に入ったらやっぱり嬉しく感じると思います。それが嫌なら、次はまた新しいものを自分で手に入れられるようにがんばれば良いと思います。コレットもそう言っていました」

 椅子に座ったままパタパタと器用に尻尾を揺らすシオン。かわいい。

 かわいい…少し冷静になった。
 どうも俺は答えありきで質問していたらしい。

「…そうだな、シオンの言う通りだ」

「…?よくわかりませんが、役に立てたのなら嬉しいです」

 首を傾げつつも嬉しそうに笑うシオン。素直かわいい。

 シオンはかわいい。そこに理由はない。
 それと同じだ。単純に考えるべきだろう。
 新たな宝、価値ある宝。欲しいか欲しくないか。…欲しいに決まっている。

 楽に手に入るならそれも良いことだ。
 手に入れられるものは手に入れて、その上で新たに目標を設定すれば良いのだ。

 シオンから返ってきた回答は、奇しくも俺が以前コレットに話した考えと同じだった。

 コレットは自分の領が追い詰められていく中で必死に努力したが、それは報われなかった。
 しかし俺たちの助けによりあっさり状況が改善し、ついには邪神の天秤のレベルの養殖によりゼベル・シビルフィズを打ち破った。

 領を守り敵を討った。
 だが結果だけを見れば最高でも、コレットは気が晴れず釈然としない気持ちを抱えていた。

 失った多くをもう取り戻せないというやるせなさもあっただろうが、それ以外にも自分の力で問題を解決できなかったことに心のどこかで納得できていなかったのだろう。
 その時に俺が贈ったアドバイスは、深く考えないこと、そして新たな目標に向けて動き続けること。

 そうだ、俺が職人たちを支援することで宝が手に入るのならば、それは支援すべきだ。
 俺の目的は新たな宝を手に入れること。価値ある宝を手に入れること。
 その目的達成のためには手段を選ぶ必要などないのだった。

 迷宮は広がる。宝の可能性は無限大だ。
 手段を選ぶのは贅沢なことだ。俺はまだその贅沢を楽しむほどの宝など持っていない。

 あらゆる手段で蒐集をしよう。
 奪い、助け、生み出し、新たな価値を見出して、それで気に食わなくなれば新たな目標を見つければ良いのだ。



 トシゾウは、冒険者ギルドを通して技術者へ開発支援することを公式に発表した。
 そして冒険者に必要な道具を提供する者たちを中心としつつも、見込みがある者には種類を問わず幅広く支援を行った。

 トシゾウは本能的に宝を求めていた。
 しかし時が経つにつれ、なぜ宝を求めるのか、どういった宝をどのように求めているのかを自分自身に問いかけるようになっていた。

 他人から見れば意味が分からずくだらない問答だということは自覚していても、歯の間に異物が挟まっているような違和感がつきまとった。
 まるで前世の自分が肥大化していくような違和感。
 迷宮の外で暮らし、人間と関わるほどにその違和感は大きくなっていく。

 問いは迷いから生まれる。
 何かに迷い、あるいは忘れ、そして戸惑っている。

 トシゾウも自覚するその変化は、実際のところ進化なのか退化なのか、本人にも分からない。
 時の流れは早く、時間はあっという間に流れていく。

 一時の疑問はいつも慌ただしい日々に流される。
 そしてトシゾウの問いに答えは出ないまま、世界に半年の時が流れた。
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