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冒険者ギルド世界を変える
157 聖母コレット
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勇者がその気になれば、エリクサーをたくさん用意することもできるのだろう。
エリクサーがあれば母だって助かる。
そんな勇者を羨みこそすれ、羨ましがられる理由が考えつかない。
そして、トーリにとって勇者とは力がある“持っている”者だ。
力がある奴は力がない者をかえりみることはない。
どれだけ立派な肩書を持っていても、決して自分を助けてくれたりはしない。
そう思い込むくらいには、少年は苦しい日々を過ごしてきた。
「…っ、それは」
勇者を前にして、トーリはやるせない怒りと自身への情けなさに心を閉ざしていた。
だが、コレットの言葉を聞いて思わず顔を上げる。
母がいない。
母を失うことを何よりも恐れているトーリにとって、その言葉があまりにも重たかったからだ。
だからだろうか。
トーリが目の前の勇者に対して抱いていた頑なな気持ちが少しほぐれる。
勇者は力を持っているが、トーリのように心の拠り所となる家族がいないのだ。
両親を若くして失うということは、富裕層であっても珍しいことではない。
トーリはそのことを頭では理解していたが、“持っている”者への妬みから、そんなことは考えたことがなかった。
“持っている”者は、全てを持っている。
望めば何でも手に入るのだと思い、妬んでいた。
だが力があっても手に入らないものがある、零れ落ちていくものがあるのだ。
そんな当たり前のことを、トーリはこのとき初めて理解した。
トーリが勇者のコレットへではなく、コレットという個人に視線を向ける。
コレットの心のこもった言葉が、トーリとコレットを同じ高さに立たせた。
「…よくお聞きなさいトーリ。冒険者ギルドは事情があって冒険者になれない人を支援する仕事を広げています。とはいえまだまだ発展途上で、今の制度ではあなたのお母様を救うことはできませんわ。ですから、もしトーリが望むのならば私からこのエリクサーを差し上げます。もちろん無償ではありません。冒険者として働き、私にエリクサーを返すことが条件ですわ」
「だ、だけど俺はまだ小さいからってギルドで断られて…」
「トーリ、私は勇者様ですわ。それに冒険者ギルドにも少しは顔が利くのよ?…家族のために頑張る子供に少しくらいの下駄を履かせる力はあるから大丈夫ですわ」
「かあ、さん…?」
かけられた厳しくも優しい言葉、いたずらっ子のように笑いヘタクソなウインクを飛ばす姿に、元気だったころの母が重なったような気がした。
たった今まで憎いとすら思っていた相手にこのような感情を抱くなど、我ながら単純な思考をしているとトーリは思う。
だがトーリは、目の前の女性にたしかに母の影を見たのだ。
それは少年の母が病に倒れてから、少年が長く得ることができなかった愛情そのものであった。
だからだろうか、気付いた時には自然と手を伸ばし、エリクサーを受け取っていた。
コレットは返済の条件を、お金ではなく現物、エリクサーで返すこととした。
それもコレットの優しさだ。
ギルドのばら撒きと今後冒険者の質の向上により、エリクサーの相場は下落の一途をたどっている。
いずれは普通の冒険者でも無理をすれば手が届く程度には価格が下がるだろう。
将来コレットの意図を知ったトーリは、コレットに深く深く感謝を捧げることになるのだが、今の幼いトーリにはまだわからないことであった。
コレットから受け取ったエリクサーを大切に、それは大切に懐にしまい込むトーリ。
彼の懐で揺れる薬は母の命に等しいのだ。
いくつかの問答を終え、少年は急ぎ足で母の待つ家へと帰っていった。
「…私は公平であるべき立場の人間です。あまり特別扱いはしたくないのですが、少々いじめすぎましたからね。ちょっとした罪滅ぼしですわ」
誰に言うでもなく、ポツリとつぶやくコレット。
「コレットはツンデレ。ご主人様も言っていまし…いたい、いたいですコレット」
「そんなことを言う口にはお仕置きですわ。…私はレインベル領に帰らなければなりません。シオン、トーリに目をかけてやってね」
「うん、まかせてコレット」
シオンはコレットに頬をつねられながらニコニコと笑った。
☆
紆余曲折はあるものの、近い将来、トーリはコレットを姉のように慕うようになる。
彼は元気になった母やギルドメンバーに手ほどきを受けながら、やがて冒険者として頭角をあらわしていく。
それはセリカやカルストなどの冒険者も巻き込んだ大きなうねりとなり、社会を変革していくことになる。
とある宝箱から始まった縁は、いずれ巡り巡って同じ宝箱の前に現れるだろう。
それがいつのことになるかは誰にもわからないが。
同時期において、冒険者ギルドは冒険で傷を負った者や、身体的、経済的な理由で冒険者へなることができない者への支援事業を活発化させる。
それはいわゆる保険事業の始まりであり、それにより冒険者はより一層安心して冒険に専念できるようになったのだ。
コレット・レインベルの功績を語るとき、“保険の母”としての彼女の活躍を外すことはできない。
勇猛であり時に冷酷なまでの判断を下すも、その一方で民を守る母性と慈愛に満ちた聖女のような存在として、理想の君主、厳しくも優しい母として語られるコレット・レインベル。
多くのエピソードが語り継がれる彼女だが、保険事業においてトーリの一件がそのきっかけとなったことは、後世の歴史家の知るところではない。
なお、少年をいかがわしい店に連れ込んでプライバシーの侵害をしたことは、歴史の闇に葬られた。
よくあることである。
☆
「ところでコレットと言うたか。お主はなかなかの才能があるようじゃな。その母性があれば男どもがコロリなのじゃ。どうじゃ、ユーカクで働く気は…」
「却下ですわ。…私にはトシゾウ様がおられますもの」
いじらしい仕草で髪をクルクルといじり、頬を赤らめるコレット。
「な、なんじゃと!?シオン、聞いてないのじゃ。そ、それは本当かや?」
「はい。コレットはご主人様のものです。今も匂いがちょっと付いています。羨ましいです」
「うぐぐ…、なぜじゃ、妾というものがありながら…妾がこんなにもアピールしておるというのに…う、羨ましいのじゃー!」
ビッチ、もとい艶淵狐クラリッサの魂の慟哭は、高い防音性能で知られるユーカク全域へ響き渡ったという。
「クラリッサ様、どうされたのですか?」
主の慟哭を聞いてかけつけた女性の名はアイシャだ。
ユーカクに勤める娼婦である。
女性らしい柔らかい身体に豊かな胸、優し気な目元と泣きボクロ、ゆるくウェーブのかかった髪、おっとりした性格の中に溢れる包容力を持ち、男たちの心のオアシスとなっている。
以前トシゾウに窮地を救われたことがあり、その縁からシオンやベルベットとも知り合いでもあった。
「あ、アイシャさんこんにちは。ご主人様の話をしていたんです。…あ、そうだ、今からみんなでご飯を食べに行くけど、アイシャさんとクラリッサさんも行きませんか?」
「おお、それは楽しそうなのじゃ!それにどうやらトシゾウについて詳しい話を聞く必要がありそうなのじゃ。アイシャも行くのじゃ」
「はい。トシゾウ様に助けて頂いてから、私ももっとトシゾウ様の話が聞きたいなと思っていましたから、誘っていただきとても嬉しいです」
指を絡ませるように、胸の前で両手を重ねるアイシャ。
女性らしい仕草に、押し上げられた豊かな胸が揺れる。
「…シオン?」
アイシャの様子を見てギギギ…と機械のようにシオンへ顔を向けるコレット。
「うん、アイシャさんはご主人様の最初の相手なの」
「…へぇ、これは詳しく話を伺う必要がありそうですわね」
「うふふ、お手柔らかにお願いしますね」
現役の勇者から放たれる眼光を持ち前の柔らかい雰囲気で受け流すアイシャ。
「私も今のうちに予習しておきたいです。白狼種のご主人様と…あ、バチバチ言ってます」
ガールズトークの前哨戦はすでに幕を開けているようであった。
「最初考えていたより人数が増えましたわね。シオン、どうせなら誘えるだけ誘ってみましょうか」
「うん、賑やかなほうが楽しそう。サティアさんも誘ってみます」
「行く行く!それならとっておきのお店があるよ!」
二つ返事で参加を表明したサティア王女が、その勢いのまま店を決定する。
夕陽が城壁に沈み、ラ・メイズに夜がやってくる。
シオンとコレットの休日は文字通り、まだ宵の口なのである。
エリクサーがあれば母だって助かる。
そんな勇者を羨みこそすれ、羨ましがられる理由が考えつかない。
そして、トーリにとって勇者とは力がある“持っている”者だ。
力がある奴は力がない者をかえりみることはない。
どれだけ立派な肩書を持っていても、決して自分を助けてくれたりはしない。
そう思い込むくらいには、少年は苦しい日々を過ごしてきた。
「…っ、それは」
勇者を前にして、トーリはやるせない怒りと自身への情けなさに心を閉ざしていた。
だが、コレットの言葉を聞いて思わず顔を上げる。
母がいない。
母を失うことを何よりも恐れているトーリにとって、その言葉があまりにも重たかったからだ。
だからだろうか。
トーリが目の前の勇者に対して抱いていた頑なな気持ちが少しほぐれる。
勇者は力を持っているが、トーリのように心の拠り所となる家族がいないのだ。
両親を若くして失うということは、富裕層であっても珍しいことではない。
トーリはそのことを頭では理解していたが、“持っている”者への妬みから、そんなことは考えたことがなかった。
“持っている”者は、全てを持っている。
望めば何でも手に入るのだと思い、妬んでいた。
だが力があっても手に入らないものがある、零れ落ちていくものがあるのだ。
そんな当たり前のことを、トーリはこのとき初めて理解した。
トーリが勇者のコレットへではなく、コレットという個人に視線を向ける。
コレットの心のこもった言葉が、トーリとコレットを同じ高さに立たせた。
「…よくお聞きなさいトーリ。冒険者ギルドは事情があって冒険者になれない人を支援する仕事を広げています。とはいえまだまだ発展途上で、今の制度ではあなたのお母様を救うことはできませんわ。ですから、もしトーリが望むのならば私からこのエリクサーを差し上げます。もちろん無償ではありません。冒険者として働き、私にエリクサーを返すことが条件ですわ」
「だ、だけど俺はまだ小さいからってギルドで断られて…」
「トーリ、私は勇者様ですわ。それに冒険者ギルドにも少しは顔が利くのよ?…家族のために頑張る子供に少しくらいの下駄を履かせる力はあるから大丈夫ですわ」
「かあ、さん…?」
かけられた厳しくも優しい言葉、いたずらっ子のように笑いヘタクソなウインクを飛ばす姿に、元気だったころの母が重なったような気がした。
たった今まで憎いとすら思っていた相手にこのような感情を抱くなど、我ながら単純な思考をしているとトーリは思う。
だがトーリは、目の前の女性にたしかに母の影を見たのだ。
それは少年の母が病に倒れてから、少年が長く得ることができなかった愛情そのものであった。
だからだろうか、気付いた時には自然と手を伸ばし、エリクサーを受け取っていた。
コレットは返済の条件を、お金ではなく現物、エリクサーで返すこととした。
それもコレットの優しさだ。
ギルドのばら撒きと今後冒険者の質の向上により、エリクサーの相場は下落の一途をたどっている。
いずれは普通の冒険者でも無理をすれば手が届く程度には価格が下がるだろう。
将来コレットの意図を知ったトーリは、コレットに深く深く感謝を捧げることになるのだが、今の幼いトーリにはまだわからないことであった。
コレットから受け取ったエリクサーを大切に、それは大切に懐にしまい込むトーリ。
彼の懐で揺れる薬は母の命に等しいのだ。
いくつかの問答を終え、少年は急ぎ足で母の待つ家へと帰っていった。
「…私は公平であるべき立場の人間です。あまり特別扱いはしたくないのですが、少々いじめすぎましたからね。ちょっとした罪滅ぼしですわ」
誰に言うでもなく、ポツリとつぶやくコレット。
「コレットはツンデレ。ご主人様も言っていまし…いたい、いたいですコレット」
「そんなことを言う口にはお仕置きですわ。…私はレインベル領に帰らなければなりません。シオン、トーリに目をかけてやってね」
「うん、まかせてコレット」
シオンはコレットに頬をつねられながらニコニコと笑った。
☆
紆余曲折はあるものの、近い将来、トーリはコレットを姉のように慕うようになる。
彼は元気になった母やギルドメンバーに手ほどきを受けながら、やがて冒険者として頭角をあらわしていく。
それはセリカやカルストなどの冒険者も巻き込んだ大きなうねりとなり、社会を変革していくことになる。
とある宝箱から始まった縁は、いずれ巡り巡って同じ宝箱の前に現れるだろう。
それがいつのことになるかは誰にもわからないが。
同時期において、冒険者ギルドは冒険で傷を負った者や、身体的、経済的な理由で冒険者へなることができない者への支援事業を活発化させる。
それはいわゆる保険事業の始まりであり、それにより冒険者はより一層安心して冒険に専念できるようになったのだ。
コレット・レインベルの功績を語るとき、“保険の母”としての彼女の活躍を外すことはできない。
勇猛であり時に冷酷なまでの判断を下すも、その一方で民を守る母性と慈愛に満ちた聖女のような存在として、理想の君主、厳しくも優しい母として語られるコレット・レインベル。
多くのエピソードが語り継がれる彼女だが、保険事業においてトーリの一件がそのきっかけとなったことは、後世の歴史家の知るところではない。
なお、少年をいかがわしい店に連れ込んでプライバシーの侵害をしたことは、歴史の闇に葬られた。
よくあることである。
☆
「ところでコレットと言うたか。お主はなかなかの才能があるようじゃな。その母性があれば男どもがコロリなのじゃ。どうじゃ、ユーカクで働く気は…」
「却下ですわ。…私にはトシゾウ様がおられますもの」
いじらしい仕草で髪をクルクルといじり、頬を赤らめるコレット。
「な、なんじゃと!?シオン、聞いてないのじゃ。そ、それは本当かや?」
「はい。コレットはご主人様のものです。今も匂いがちょっと付いています。羨ましいです」
「うぐぐ…、なぜじゃ、妾というものがありながら…妾がこんなにもアピールしておるというのに…う、羨ましいのじゃー!」
ビッチ、もとい艶淵狐クラリッサの魂の慟哭は、高い防音性能で知られるユーカク全域へ響き渡ったという。
「クラリッサ様、どうされたのですか?」
主の慟哭を聞いてかけつけた女性の名はアイシャだ。
ユーカクに勤める娼婦である。
女性らしい柔らかい身体に豊かな胸、優し気な目元と泣きボクロ、ゆるくウェーブのかかった髪、おっとりした性格の中に溢れる包容力を持ち、男たちの心のオアシスとなっている。
以前トシゾウに窮地を救われたことがあり、その縁からシオンやベルベットとも知り合いでもあった。
「あ、アイシャさんこんにちは。ご主人様の話をしていたんです。…あ、そうだ、今からみんなでご飯を食べに行くけど、アイシャさんとクラリッサさんも行きませんか?」
「おお、それは楽しそうなのじゃ!それにどうやらトシゾウについて詳しい話を聞く必要がありそうなのじゃ。アイシャも行くのじゃ」
「はい。トシゾウ様に助けて頂いてから、私ももっとトシゾウ様の話が聞きたいなと思っていましたから、誘っていただきとても嬉しいです」
指を絡ませるように、胸の前で両手を重ねるアイシャ。
女性らしい仕草に、押し上げられた豊かな胸が揺れる。
「…シオン?」
アイシャの様子を見てギギギ…と機械のようにシオンへ顔を向けるコレット。
「うん、アイシャさんはご主人様の最初の相手なの」
「…へぇ、これは詳しく話を伺う必要がありそうですわね」
「うふふ、お手柔らかにお願いしますね」
現役の勇者から放たれる眼光を持ち前の柔らかい雰囲気で受け流すアイシャ。
「私も今のうちに予習しておきたいです。白狼種のご主人様と…あ、バチバチ言ってます」
ガールズトークの前哨戦はすでに幕を開けているようであった。
「最初考えていたより人数が増えましたわね。シオン、どうせなら誘えるだけ誘ってみましょうか」
「うん、賑やかなほうが楽しそう。サティアさんも誘ってみます」
「行く行く!それならとっておきのお店があるよ!」
二つ返事で参加を表明したサティア王女が、その勢いのまま店を決定する。
夕陽が城壁に沈み、ラ・メイズに夜がやってくる。
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