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遠征軍と未踏の特殊区画と人の悪意

101 冒険者の到達点

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 トシゾウは【擬態ノ神】を発動する。
 コレットの身に着けた髪飾りが、不死鳥の尾羽をしのぐほどの赤色の輝きを放つ。

 擬態するのは人族の勇者。
 黒髪黒目の青年。
 その名はサイトゥーン。

 かつて迷宮の最深層に至り、祖白竜すらも討伐してのけた最強の武人。

 その身に纏うのは紅蓮の甲冑、青白く発光する至高の宝刀。

 サイトゥーン(トシゾウ)
 年 齢:29()
 種 族:人(オーバード・ボックス)
 レベル:47()
 身 分:人族の勇者
 スキル:【火魔法ノ理】【剣技ノ神】【超感覚】(【擬態ノ神】【蒐集ノ神】【無限工房ノ主】)
 装 備:アカゾナエ クシャナギ 不死鳥の尾羽 主従のミサンガ


 鞘に納まるクシャナギに手をそえる。
 左手は鞘を持ち、最適な角度で固定。右手は柄を軽く握り、腰を落とす。

 【剣ノ神】の補正が加わり、一連の動きは芸術作品のように完成されている。
 すべては至高の一撃のための予備動作。

 不死鳥の尾羽の効果は間もなく消える。あまり猶予はない。

「ボクノ、クシャナギヲ、カエセエエエエエ」

 抜刀。

 青銅色の刀身が奔る。
 トシゾウを中心に暴風が吹き荒れた。
 ただの風ではない。緑と青、風と水の属性を持つ、それは浄化の風。

 テンペスト・サーペントのブレスなど問題にならない。
 遠征軍を覆っていた死の霧が、一瞬にして消滅する。

 浄化の風は死の霧を吹き飛ばすだけでは収まらない。
 周囲を覆う極彩色の雲、足に絡みつく泥、その全てを飲み込み、浄化していく。
 その風はどこまでも広がり…、

「ゴホッゴホッ、これは…!空が…!」

「【常雨の湿地】が、晴れた…!?」

 九死に一生を得た遠征軍は、その光景に瞠目する。
 自分たちをあれだけ苦しめた特殊区画が、剣の一振りで吹き飛んだのだ。

 GYUAAAAAAAAAA!!!

 テンペスト・サーペントが怒りの咆哮を放つ。
 剣を振り抜いたまま動きを止めるトシゾウをかみ砕こうとするが…。

 トシゾウの攻撃は終わっていない。
 テンペスト・サーペントの突撃に合わせ、片手で振り抜いた剣を両手で握り直し、大上段に構える。

「コレデモクラエエエエエ」

 どこか気の抜けるような掛け声とともに、テンペスト・サーペントに向かって垂直に剣を振り下ろした。

 SIGI……

 テンペスト・サーペントが縦に裂けていく。

 鱗、表皮、骨、牙に至るまで。
 あらゆる部位は、その剣撃の勢いを弱めることもかなわない。
 全てが中心から真っ二つとなった。

 ゴジュウゥゥゥ

 テンペスト・サーペントの断面から、肉を焼いたような音と煙が立ち昇る。
 血が流れ出ることはない。

 トシゾウの振り下ろした青銅色の刀身に宿る、赤い輝きによるものだ。
 優れた視力を持つ者なら、その刀身の周りの空気が揺らいでいることに気付くだろう。それは火の力。

 火、風、水。
 クシャナギは属性竜の素材を完璧なバランスで製錬した、トシゾウの持つ武器の中でも屈指の宝である。

 テンペスト・サーペントの身体が煙となり消滅した。

 丸呑みされた兵士と、テンペスト・サーペントのドロップ品が出現する。

「ゴホッ、いったい何が…。俺は魔物に丸呑みにされて、それで…」

「無事だったか!…おぉ、これは…」

「この世のものとは思えない光景だ。…迷宮が元へ戻っているのか」

 兵士は全員息があるようだ。
 事態の変化に追いついている者は少ないが、皆が周囲を見回し、感嘆の声を上げている。

 周囲の景色が歪んでいく。
 空間のあちこちで、まるで虫に食われるように丸い穴が開いていく。
 穴から覗くのは通常の迷宮だ。

 それは特殊区画【常雨の湿地】が開放されたことを意味する。

 近年、特殊区画が開放された例はない。
 これは快挙だ。
 今彼らが目にしている光景は、孫の代まで語れる一生の自慢話となるだろう。

 遠征軍の視線が、トシゾウとコレットに集中する。
 彼らは言葉を待っているのだ。

「コレット、役目を果たせ」

「はいトシゾウ様」

 コレットはテンペスト・サーペントのドロップに足を運ぶ。
 そしていくつかのドロップの中から、ひときわ輝く竜玉をかかげる。

「皆、よくやってくれました。遠征は成功、我らの勝利ですわ!」

「うおお、うおおおぉぉおー!」

 遠征軍が歓声を上げる。
 ある者は涙を流し、ある者は隣にいる者とガッチリと抱き合い、喜びを共有した。

 迷宮15層特殊区画【常雨の湿地】の再開放。

 初代と並ぶこの偉業は、将来の歴史家がコレット・レインベルについて語る時に欠かせないものとなる。
 まず最初に語られる実績として、彼女の力とカリスマを証明するものとして。
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