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レインベル領と新たな世界

85 論功行賞

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 王城 謁見の間

 部屋の入り口から続く真紅の絨毯の上を歩む。
 その両脇には多くの貴族と兵士たちが整列している。

 無遠慮な視線が刺さる。
 その視線に宿る感情は様々だ。

 見下したような視線は意外に少ない。
 トーセーグソクの威容に言葉を無くしている貴族がいるようだ。

 前世では、赤で揃えると三倍の速度で動けるとか、ウツケと油断させておいて本番で装備を身に着ければ気に入られるとか、よくわからない迷信があったのだったか。

 あながち馬鹿にできないものだな。

 直前までこちらを馬鹿にしていた貴族が装備一つで手の平を返す。
 人のルールは独特でおもしろい。魔物になってから一層感じるようになったことだ。

 俺の少し後ろをシオンが歩く。
 緊張するかと思いきや、シオンはまったく動じていないようだ。

 そうだ。相手は格下。俺が敬意を払わない者に、シオンが敬意を払う必要はない。
 シオンは俺の言いつけを忠実に守っている。優秀だ。

 赤く長い絨毯の上を歩き、玉座の前に立つサティアに頭を下げる。隣にいるシオンも俺に倣う。

「頭を上げなさい」

 王族らしく、自信に満ちた態度で話しかけてくるサティア。
 ダストンと同じく腹芸がうまいらしい。

「冒険者ギルド代表トシゾウ、副代表シオン、此度のスタンピードにおける功を称えます。白竜討伐、実に見事でした」

「うむ、ありがたく思え…とうございます」

「はい、ありがとうございます」

 サティアの顔が引きつったので言い直す。
 ネコかぶりするサティアがおもしろい。こいつもからかい甲斐がありそうだな。

「…王家はその功への報酬として冒険者ギルドの存在を認め、その活動を支援するものとします。また、冒険者ギルドに所属するすべての冒険者は、迷宮に潜る際のレベル制限を解除するものとします」

 俺はサティアから一枚の紙を受け取る。
 王家からの支援と、その内容について書かれた魔法契約書だ。
 これは冒険者ギルドにとって大切な宝となるだろう。

 人族からの評価は俺にとってどうでも良いことだが、冒険者ギルドにとっては別だ。
 冒険者ギルドが俺のものである以上、この契約書も俺にとっての宝だ。

 この紙そのものには価値がないが、そこに書かれた内容に価値がある。
 宝はいろいろある。目に見えるものだけが宝ではない。
 契約とは他者とのつながり。それが有益であれば、それもまた宝と言えるかもしれない。
 迷宮の外へ出てから、どんどん新たな宝が増えていく。素晴らしいことだ。

 ここまでは予定調和。
 貴族たちも内心を隠して、気持ちのこもっていない拍手を送ってくる。

 だが次はどうかな?


「また、王家は冒険者ギルドへ【常雨の湿地】のボス討伐、及びレインベル領の治安維持を依頼します。この依頼を達成した場合、トシゾウを貴族として迎え、トシゾウ・レインベルと名乗ることを許します」

 サティアが続けて宣言した言葉で、謁見の間に動揺が走る。

「レインベルだと…!?聞いていないぞ」

「【常雨の湿地】か。まさかもうボスが復活しているとは」

「あの地は15階層。特殊区画のボスとなると、かなりの戦力が必要になるはずだが…」

「魔物と獣人を貴族に…!?それはいくらなんでも…」

 貴族たちがざわめく。
 冒険者ギルドの件については、事前にダストンが告知していた。

 だがレインベル領の件は先ほど決まったことだ。
 大半の者にとっては初耳だろう。

 ダストンは貴族への事前告知を行わずにこの件を強行した。
 あのタヌキ爺はなかなか調整がうまい。
 今までは人族至上主義者の貴族の顔もそれなりに立て、国を切り盛りしてきたのだ。

 だが、ダストンはどうやら方針を変えるつもりらしい。

 王家への反逆、及び殺害未遂。レインベル領への妨害。
 ゼベルと貴族の悪行はすべてダストンに伝えてあるのだ。



「と、いうことだ。ゼベルを筆頭に人族至上主義者は王家を破滅させようとしているらしいぞ」

「なんということじゃ…。もはや捨て置けませんのう。前回のアズレイ元王子の件と同じく、トシゾウ殿には協力をお願いすることになりそうですな」

「きゃっか…」

「もちろん、双方の利益になるよう取り計らいます。さらに宝物庫も開放しましょう」

「…話を聞こう」



 と、こんな一幕があった。

 ダストンはゼベル・シビルフィズとやらを泳がせておくらしい。
 面倒なので内容については聞いていない。
 人族ははかりごとが好きだな。

 とりあえず、死にかけの王は俺が先に治療しておいた。
 サティアが感謝していたので、欲望が溜まったら発散に使わせろと言っておいた。
 王は、しばらくは病のままということにしておくらしい。

 あとはダストンの判断と行動次第だが、おそらく俺の思うように動いてくれるだろう。


「レインベル家当主、コレット・レインベルからの正式な委任状を預かっています。貴族の任命は王家の責務。王家は慣例に従い、これを認めました」

 ざわめきが小さくなるのをしばらく待ったサティアが再び口を開いた。

「なんと、レインベル家が許可を」

「かの領地は他種族を優遇していると聞く。しかしそれはなんとも…」

 人族至上主義の反発がひと際大きくなったようだ。

 王家は他種族を優遇し、自分たちの利益を損ねようとしている。
 そう考えた貴族たちは王家に不満を抱いている。

 だが表立って文句を言う者は出なかった。

 ゼベルにいくつかの視線が集まるが、ゼベルは涼しい顔をしている。
 それに気づいた貴族たちは、王家を小声で非難するだけにとどめているようだ。

 本来なら人族至上主義者の貴族の反発が少ないことに違和感を覚えるだろうが、シオンのおかげで理由はわかっているため余計な考えをせずに済む。


「―――以上で論功行賞を終える」

 ダストンが閉会を宣言する。
 論功行賞は終了した。
 小さな混乱はあったものの、おおむね問題なく終わったと言えるだろう。

 俺とシオンはダストンとサティアにあいさつし、王城を後にした。


「ご主人様、ゼベルは何も言いませんでしたね」

 もしご主人様に歯向かうようなら、そのまま…だったのに。呟くシオン。紫の瞳から光が消えている。病みシオンもかわいいな。

「面倒なことはダストンに任せておけば良い。俺たちの邪魔をしてくるようなら、その時は叩き潰してすべて奪い取れば良い。シオン、期待しているぞ」

「はい!ご主人様の敵は私が倒します!」

 元気に返事をするシオン。
 紫の瞳に光のグラデーションが戻る。うむ、元気なシオンもかわいいな。

 ゼベル・シビルフィズだったか。

 式の間も、ゼベルは終始涼しい顔をしていた。
 他の貴族たちとは違い、なかなか優秀な人間のようだ。

 俺はゼベルに個人的な恨みを持っていない。
 コレットに嫌がらせをしていたようだが、それはコレットが俺の所有物になる前の話だ。

 俺の目的の妨げにならないなら、あるいは所有する価値がある人間だったかもしれない。


 だが、俺はコレットと、レインベル領を所有した。
 そしてレインベル領を救うつもりでいる。

 それを知ったゼベルは妨害をしかけてくるだろう。
 タイミングが悪かったな。残念だ。

 ゼベルの望みは、王位の簒奪。おそらく自分が王になりたいのだろう。
 なかなか欲深い男でもあるようだ。悪くない。

 俺は欲望を推奨する。素晴らしいことだ。
 欲望は渇望となり、宝を生み、俺の元へ宝を運んでくれるのだ。

 身の丈に合わない野望であっても、それは修羅場を乗り越えることでいつか身の丈に合った野望となることもある。
 国を所有する。大いに結構だ。

 あるいは、ゼベルは俺が目的を達成するまでの良きスパイスとなってくれるかもしれない。

 殺すのはもったいないが、どうしたものか。
 とりあえずレインベル領を救済してから考えるか。

 俺の目的は宝を蒐集することだ。宝を増やすために冒険者を育成する。そのことに変更はない。
 ゼベルが本格的に邪魔になるようなら、その時に殺せば済む話だ。

 だが殺してしまえばそれで終わりだ。
 死者から新たな宝は生まれない。

 資源は有効に使わなければならない。
 ゼベルをどう扱うか。俺はまだ保留にしている。
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