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規格外のスタンピード

70 宴と新たな障害

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 冒険者ギルド 正午

「みな、よくやった。俺たちはスタンピードを乗り切った。多くの者が冒険者ギルドの、お前たち全員の力を知った。だがこれは始まりに過ぎない。今日は大いに飲み、食べろ。そして明日からも俺の役に立て。乾杯」

「乾杯!」

 全員が杯を掲げる。
 テーブルの上には山盛りの食事が並ぶ。
 そのほとんどがスタンピードで手に入った食材だ。

 今回は食材が豊富だったので、バイキング形式で好きなものを好きなだけ食べられるようにしている。

 もちろんメインの食材は…。

「ドラゴンのステーキが焼けたよ!素材の味を楽しむにはやっぱりこれに限るね。みんなご苦労だったね、たんと食いな!」

 威勢の良い声を張り上げるのは料理班長のエルダだ。

 ドラゴンの肉が山盛りの皿をテーブルに置く。

 見事な霜降り肉だ。
 あのいかつい白竜の肉とは思えないな。

 肉に群がるギルドメンバーに混ざり、ステーキを口に放り込む。

 噛むたびに旨味が溢れる。
 表面を強火で炙っただけの調理が、肉の旨味を最大限に引き出している。
 口の中で肉が溶けていく。
 思わず二枚目を食べてしまう。
 本能に訴える味だ。

 珍しい肉をこうも完璧に調理するとは。
 エルダは優秀だ。

「うひゃー、エルちゃんこれ、これ、白竜の肉やんか。今時こんなん王族でも食べれへんで。…激うまやぁぁぁあ!しーちゃんも食べ…ってはや!」

 はぐはぐはぐはぐ。

 あまりの美味さに叫び出すベルと、猛烈な勢いで肉を掻き込んでいくシオン。

「いやー、しかししーちゃんはほんま強いな。でもドラゴンの口の中に飛び込んだ時は心臓止まるかと思うたで」

「はぐはぐはぐ、はい、実際一回は心臓が止まりました。はぐはぐ、白竜美味しいです。なんだか、特別に美味しい気がします」

「ははは、しーちゃんも冗談言うんやな。もうお皿空っぽやんか。ウチがおかわり取ってきたるわ」

 ベルがシオンの世話を焼いている。相変わらず仲が良いみたいだ。良いことだ。

「あ、トシゾウはんもお疲れさん。しーちゃんやたらと機嫌ええけどなんかあったん?」

 席を立ったベルが俺に気付き、声をかけてくる。

「うむ、まあな」

「ほほぅ?こら後でしーちゃんに問い詰めなあかんな。トシゾウはんはあんましからかい甲斐がないからな」

「ギルドメンバーはマスターである俺の所有物だ。所有物にからかわれるようでは話にならん」

「さよか。トシゾウはんはブレへんな。あ、今のうちにこれ渡しとくわ」

「これは…。スタンピードの収支報告か。大幅な黒字だな」

「戦闘班がアホほど魔物仕留めてくれたからな。特に白竜の素材はでかいで。一応見込みで計上しとるけど、実際はもっと黒字が拡大する予定や」

「そうか、ベルは役に立つな。正確で素早い仕事だ。これを元手に商業班の事業を拡大しろ」

「がってんしょうちのすけや!スタンピードが終わってからがウチらの本業や。任せといてや!」

 ベルが山盛りの料理を持って席へ戻っていく。

 ベルの言う通り、スタンピードはあくまでも冒険者ギルドの宣伝が目的だ。
 これからは各班に新たな仕事を割り振り、仕事を広げていく。

 全ては迷宮に人と価値ある宝を溢れさせるため。俺の目的のためだ。


「酒だ、酒が樽であるぞ!…うーまーいーぞぉぉぉぉお!ほら、お前さんたちも飲まんかい!」

「おぉ、ドワーフのおっさん、悪いねぇ。役得役得」

「ドルフ軍団長、一応仕事中ですぜ。王に言いつけますよ」

「うっせぇビクター。たまには息抜きも必要なんだよ。お前もちゃっかり肉食ってるじゃねぇか」

「だってこんな肉、俺の給料じゃ一生かかっても食えないですからね。そりゃ食いますって」

 いつもの漫才コンビも、ギルドメンバーに混じってわいわいやっていた。

 あの辺りは汗臭い男のノリというか。
 前世の居酒屋で騒いでいるやつらはあんな感じだったなと思い出す。

 とりあえず酒を与えておけばなんとかなるやつらだな。わかりやすくて良い。


「ほう、これがドラゴンの肉ですか。天にも昇る味ですな。これが宿で出せれば良いのですが、さすがに厳しそうですか」

「ほんとだ、すごく美味しいね。それにこの絶妙な調理、シェフを引き抜いてもいいかな?」

「ほっほっほ、トシゾウ殿のシェフを奪おうとするとは、さすがですな」

「ラザロ、見つけたぞ!姫様まで!ワシがどれほど探し回ったか…」

「ダストン殿は相変わらずの苦労性ですな。ドラゴンの肉はいかがですかな?疲れが取れますぞ」

「誰のせいで苦労しとると思っとるんじゃ!…はぁ、疲れたわい。ワシにも肉をくれ」

 こっちも漫才をやっているのは同じだが、どことなく上流階級の香りがするのが面白い。

 あいつらって人族の重鎮だよな。大丈夫なのか人族。

 あとから聞いた話だが、冒険者ギルドの活躍があまりにも大きかったのをいいことに、視察や交渉と理由をつけて、他の仕事を部下に放り投げて遊びに来ていたようだ。

 ゴールデンウィークに視察旅行する政治家みたいだな。
 人族の考えることはどこでも同じらしい。

 まぁこいつらは前線できっちり仕事をこなしていた。
 これで部下の評判は上々のようだ。器用な奴らである。


 俺は宴会の様子を見つつ、料理を用意して席に着いた。

 同じテーブルでシオンが肉を勢いよく食べている。
 ベルは商業班が集まっているテーブルに移ったようだ。

「シオン、美味いか」

「あ、ご主人様。はい、とても美味しいです」

 唇が肉の油でテカテカしている。かわいい。

「それに、味もすごく美味しいのですが、なんだかそれだけではないような気がするんです」

 肉へ視線を向けながら首をかしげるシオン。
 シオンは不思議がっているが、俺には理由がよくわかる。

「そうか。それはおそらく、シオンが自分で仕留めた獲物だからだろう。自分の力で手に入れたものには特別な価値が宿るのだ。苦労すればするほど、それは特別なものになる」

「私が仕留めたから。…なんだか、納得しました。これが狩りの興奮で勝利の美酒。私が仕留めた肉をみんなと食べているから、特別に感じるんですね…」

「…ん、うむ。まぁ、そうだな」

 どちらかというと、思考が狼の群れのそれである。
 ニュアンスが違う気がするが、まるっきり違うわけでもないので肯定しておく。

 俺は宝を集めることが生きがいだが、その過程も大切なものだと思っている。

 シオンの様子に、なんとなく蒐集の楽しみを共有できた気がしたのだが。

 シオンのそれは少し違うのかもしれない。
 獲物を口にくわえて群れに運ぶシオンを想像した。たのもしかわいい。

「閣下、恐れ入りました。60層相当の魔物を単独で討伐されるとは。閣下を侮っていた私をどうかお許しください」

 そう言って頭を下げるのは戦闘班長のコウエンだ。
 後ろには戦闘班を連れている。

「何を言っている。コウエンの忠言は貴重だ。今後も意見を聞かせてくれ」

「恐縮です」

「スタンピードの立役者はお前たちだ。胸を張れ。これからもギルドの剣であり、盾であれ」

「はっ!戦闘班一同、今後も変わらぬ忠誠を誓います」

 コウエンと戦闘班が胸に手を当てる。
 虎種流の敬礼が、いつの間にやら戦闘班全員の敬礼になったらしい。

 伝統はこうやって作られていくんだろうなーとトシゾウは思った。

 こうして今日も宴は和やかに過ぎていく…、かに思われた。


「お前ら!ここは大商人ロボス様の土地だ!さっさと立ち去れ!」

 威圧的な声がギルドに響く。

 宴とは、往々にしてちょっとした諍いも起こるものだ。これもまた、結構なことである。
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