上 下
69 / 172
規格外のスタンピード

67 シオンは告白する

しおりを挟む
 第2波の翌朝。

「ではビッチ、頼んだぞ」

「任せておくのじゃトシゾウ。銃後を守るのは妻の務めなのじゃ!妾の幻覚なら冒険者ギルドの存在を隠すことなどお茶の子さいさいなのじゃ!その代わり、無事に帰ってくるのじゃぞ」

「うむ、任せた。だが俺とビッチは夫婦ではない。催眠をかけるのは止めろ」

「うぅ、イケズなのじゃ。でも今回ばかりは本当に心配なのじゃ。60階層の魔物なんて、きっと恐ろしく強いに違いないのじゃ」

「ふむ、邪神よりも強いのか?」

「い、いや、さすがに邪神よりは弱いと思うのじゃ。だがのう…」

「心配するなビッチ。何も問題ない。それより、またそろそろ溜まってきている。アイシャを呼んでおいてくれ」

「トシゾウ!それなら妾が相手をするのじゃ!スッキリなのじゃ!」

「却下だ。では頼んだぞ」

「うぅ、イケズなのじゃー!」

 俺はビッチ、もとい艶淵狐クラリッサに冒険者ギルドを幻覚で隠すように依頼した。
 ビッチの幻覚は一級品だ。たとえ相手が60階層相当の魔物でも、隠ぺいすることが可能だろう。

 冒険者ギルドには、価値のあるギルドメンバーたちがいる。
 仮に隠ぺいできなかったとしても手を出させる気はないが、念のための保険だ。

 シロによると、あと一時間ほどで第4波が始まるらしい。そろそろ行くか。

「ご主人様。少しよろしいですか?」

 メインゲートへ向かおうとした俺を、シオンが呼び止める。

「シオンか。どうした」

「…メインゲート前までご一緒しても良いですか?」

「あぁ、第4波まで少し時間がある。それまでなら構わない」

 俺とシオンは迷宮の入り口、メインゲートへ向かった。

 メインゲートはラ・メイズの中心に位置する迷宮の入り口だ。

 俺がシオンを連れて迷宮から出てきた場所。
 あの時この場所は活気にあふれていたが、今は閑散としている。
 それでも不思議と当時のことを思い出した。

「まだ10日ほどしかたっていないのに、ずいぶん前の事のように思います」

「そうだな。実に濃い時間だった」

 シオンも同じことを考えていたようだ。
 迷宮の最深層で冒険者を待っていた時は、一年や二年などあっという間に過ぎていた。
 迷宮から出てきてからは、一日がとても長く感じる。

「楽しかったということなのかもしれないな」

「…私は楽しかったし、感謝しています。迷族から助けて頂いたことも、従者にして頂いてからのことも。きっと拾い屋のままだったら、遠からず死んでしまっていたと思います」

「そうか。シオンが死んでしまうのはもったいない。シオンには価値がある」

 シオンは仮の所有物とはいえ、本当に役に立っている。価値ある原石を拾うことができた俺は幸運だった。

「私に価値が生まれたのだとしたら、それはすべてご主人様のおかげです。はじめはご主人様のことを知らなくて、不安でした。でも今は、お仕えして良かったと心から思っています」

「そうか」

 当時のシオンはずっと自信なさげだったし、こうして自分の心境を話すこともなかった。
 献身的な態度は変わらないが、どこか距離があった。

 だが今は違う。短い間でも、多くのことがあり、多くの変化があった。
 そしてこれからも…。

「シオン、これからも俺の所有物でいる気はあるか?」

「ご主人様、私を本当の従者にしてくれませんか?」

 不思議とタイミングが一致した。

 二人して、きょとんとする。
 先に口を開いたのはシオンだ。

「ご主人様、これをお受け取りください」

 シオンが何かを差し出す。
 白銀の腕輪だ。
 金属ではなく、紐を編み込んだような形をしている。

 素材は…、シオンの髪と、加工された属性竜の毛を束ねたものか。
 シオンの手作りのようだ。白銀色なのに、どこか温かみを感じる。

「これは?」

「これは【主従のミサンガ】と言います。白狼種がそのすべてを捧げて仕えたいと思った人に渡すものです。すべて自分が所有する素材で作ります。あと、その、これは単に主従としてのものではなく…。私を、私をご主人様の“本当の従者”にしてください」

 シオンが【主従のミサンガ】を俺の前で掲げ、俺を見つめる。

 白い耳と尻尾がピンとこわばっている。顔は赤い。確かな意思をたたえた美しい紫の瞳。真摯な表情の裏に見え隠れする不安。いつものシオンよりも少し大人びて見えた。

 シオンの言いたいことはわかる。
 今まで仮の主従だったあいまいな立場を、【主従のミサンガ】を渡すことで明確にしたいと考えているのだろう。

 だがそれだけではない。

 シオンは俺に主従の忠誠心だけでなく、異性として好意を抱き、それを伝えようとしている。
 本人にどこまで自覚があるのかはわからない。
 “本当の従者”というのが何を指しているのか、シオン自身も分かっていないのかもしれない。

 シオンはじっと俺の答えを待っている。

 このミサンガを受け取るべきか。
 普通の、誠意ある者なら悩むかもしれない。

 シオンはまだ少女だ。
 知り合ったのも最近のこと。

 忠誠心と恋心の区別がついているのか。死にかけたところを救われたことによる一時的な気の迷いではないのか。これは恋愛感情ではなく、一種の依存心からきているのではないか。さらに、俺は魔物で、いずれは迷宮に戻る。シオンにはもっとふさわしい、同種族の相手がいるのではないかと。

 普通なら。そして俺は普通ではない。
 答えなど最初から決まっている。

 シオンから受け取った【主従のミサンガ】を腕にはめる。
 細かいことは関係ない。俺が望み、シオンが望んだ。それだけでいい。

「受け取ろう。今からシオンは俺の“本当の従者”であり、俺の宝だ。死ぬまで俺の役に立て」

「はい。ご主人様、大好きです。一生離れません」

 シオンが抱き着いてくる。紫の瞳から何かが零れる。泣いているのか。

「私、ご主人様が役に立つと言ってくれるたび、嬉しくて、でも不安だったんです。ご主人様に期待してもらえるのが嬉しくて、でもいつかご主人様に必要とされなくなったら、捨てられてしまうんじゃないかって。だから…。だから、私を置いて行かないでください。帰ってきてください」

 シオンが俺の胸に顔をうずめたまま泣きじゃくる。
 先ほどの大人びた雰囲気とは一転して、親に甘える幼い少女のようだ。

 とめどなく紡がれる言葉は少し支離滅裂で、シオンも自分が何を言っているのか、何が言いたいのかわからず混乱しているようだ。

 ころころと表情を変えるシオン。

 シオンは、ともに過ごすことで様々な輝きを見せる。
 完璧にカットされた宝石が、どの角度からでも美しい輝きを放つように。

 俺はシオンを所有することで人間の価値を知った。

「シオン、俺は何も言わずにいなくなりはしない。宝を無意味に手放すこともしない。もしも俺がシオンを置いて行ったのなら、追いかけてこい。そして役に立てるように努力しろ」

「はい!」

 シオンが微笑む。また一筋の涙が零れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...