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 人から聞くことのなかった名前を耳にして、心臓がドキリとなるのがわかった。

 隊長さんは騎士だ。しかも王都で騎士をしていたなら、もしかするとカイのことかもしれない。彼の瞳の色は確かに独特だもの。


「いえ……私に貴族の知り合いはいませんから。では、失礼します」


 慌ててレイモンドの手を取って、その部屋から飛び出るように庭園を出た。隊長さんからするとその姿はおかしく映ったかもしれないが、今はただこの場所から早く離れたかった。

 鼓動が早くなり、冷や汗が流れ、息が上がる。それを見ていたレイモンドが「どうしたの?お母さん」と声をかけてきて、ようやく冷静になった。


「ごめんね。騎士さんが格好良くて緊張しちゃった」

「もう、お母さんはダメだね。騎士さんはみんな格好良くて強いんだよ」


 そう言いながら、さっきまで相手をしてくれていた騎士の話をしてくれるレイモンドは、どうやら騎士に憧れを抱いたらしい。大きくなったら自衛団に入るんだと言い始めた。カイも騎士だったから、父親の血は争えないといったところかもしれない。
でも、【カイ】は【カイル】なのだろうか。確かめるすべはないが、あえて確かめることはしないでおこう。面倒なことに巻き込まれたくないし、実家に何か知れることも避けたい。アンスリーにさえ立ち入らなければ隊長さんに会うこともないだろう。さっきも、結局は住んでいるところも何も言っていないのだから、接触してくることもないはずだ。

「ねえ、レイモンド。他の町に旅に行かない?」

「旅?」

「そうよ。お母さん。この間のお仕事すごーく頑張ったから、しばらくゆっくりできるの。どうかな?」

「僕、山がみたいなぁ」

「そうね。ここは海があるけど山がないものね。じゃあ、王女様たちの結婚式が終わってから行こうか」

「うん。楽しみー」


 少しでも非日常の生活をして、気持ちをリセットしたい。


 エデン地区に戻れば元の生活に、いつもの生活に戻れる。そう考えてレイモンドと繋ぐ手に力が入った。

 でも、レイモンドと一緒に他の土地を旅して、もし気に入ればそこへ定住するのもありかもしれない。
 そんなことを考えながら屋台で買った串焼きを二人で頬張った。
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