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「エレミア、今日もご機嫌だね」

「そうなの。レイが私の絵を描いてくれたのよ」

「それは良かったねぇ」

「ふふっ私の可愛い王子様からのプレゼントだもの、ちゃんと飾ってあるわ。また見に来て」


 パン屋の叔母さんは、「今度遊びに行くよ」と言って笑顔を浮かべていた。


 私はあの日の王都での最後の夜、カイと過ごしたあの一夜で子供を授かった。

 このマンデビルへ引っ越してきて、仕事を見つけ住む場所を紹介してもらい、ようやく落ち着いたころにそのことがわかったんだけど、正直言って嬉しかった。

 カイの事は良い思い出だし、なによりこの先、この子を立派に育てるという目標ができたのだから彼には感謝しかない。
 まさか初めてで子供を授かるとは思わなかったし、生まれてみるとカイにそっくりな男の子だったことにも驚いた。
 今年6歳になる息子のレイモンドは、彼と同じ黒髪に黒い目で光が当たると赤くなる瞳を持つイケメンだった。
 私に似ているところはどこだろうかと思うほど彼に似ている。そうなると、カイのことを忘れるどころか、毎日あの日の夜を思い出してしまう。


 今頃何をしているのだろうかと時々考えたりするけど、名前も『カイ』としか知らないし、住んでいる場所も働いている場所も何も聞いていない。知っていることと言えば、優秀な兄がいるという事くらいだ。
 その逆も同じで、彼も私の事をミアという名前と、姉に婚約者を寝取られて家出したといことしか知らない。というか、もう私のことなど忘れてしまっているかもしれないと思うと、少し悲しかったりもした。



 私は以前から得意だった刺繍の腕を活かして、この街の洋装店で小物やドレスなどに刺繍を入れる仕事についた。
 
 幸いにも最初に手掛けた小物への刺繍が好評で、今では指名で仕事が来ることもある。なかなかに人気者だったりする。それがレイモンドを育てていくには十分な収入減になっていた。
 そうなると、幼い頃からの淑女教育も苦しいものではなかったと今では両親に感謝しかない。


 ここは港町だからか大らかな人も多く、シングルマザーの私にも優しい。
 漁に出て嵐で旦那さんを亡くした未亡人の人も少なくないようで、そんな土地柄も私に冷たい視線を向けないのかもしれない。

 引っ越してきてから子供ができたことを知ったので、みんなには父親のことは正直に話せていない。
 私の素性を気にしながらも訳ありなんだろうとあえて踏み込んでこないことも嬉しく感じていた。

 
 この日は私を指名しての仕事の依頼があったらしく、店に顔を出してほしいと言われて近所に住むアリッサさんにレイモンドを預けてきた。
 アリッサさんは昔、夫を海で亡くし幼い子供を育て上げた女性で、私の憧れでもある尊敬する女性なのだ。
 私が大きなおなかを抱えていた頃に声をかけてくれ、色々と相談に乗ってもらったり子供の面倒も見てくれたりとお世話になりっぱなしなことは否めないので、時々、刺繍をした小物などをプレゼントしている。



 まだ先の事だけど、ここの領主の嫡男に国王の第四王女が降嫁されることとなり、このマンデビルが領主のおひざ元という事もあってかずっとお祭りムードが続いている。

 私は領主様にもその息子さんにも会ったこともないし、第四王女様に至ってはその存在すら考えた事もないほどだ。
 王族の皆さんはとても見目麗しい方々が揃っていると昔お姉さまが話していたから、第四王女様もさぞかし美しいのだろうと想いながら、婚礼パレードを見に行こうかとまだ先の事を予定に入れつつ、店へと急いだ。
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