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第九章
191 過去の記憶
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大体30分くらい馬で駆け、先程のチューリップが咲いていた場所から7~8キロくらい離れると、視界に黄色い絨毯のようなものが目に入ってきた。
シモンを見るとニコッと笑い指を差したので、ここの事だと思い側まで行って馬を降りると、そこに広がるのは菜の花畑だった。
ここも広大な土地に植えられていて、どこを見ても一面黄色の絨毯が広がっている。
「これは菜の花だよ。油を取るために育てているんだ。だから観光ではなく農家の商用の畑なんだ」
それを聞いて「菜種油」が頭に浮かんだ。ここが特産地なのかと思い、その広大な土地に植えられた菜の花に目を奪われた。
先程のカラフルなチューリップも素敵だが、一面黄色というのもとても素敵だ。
「お兄様…ありがとうございます。こんなに素敵なところに連れて来て下さって、嬉しいですわ」
感動で目が潤んでいるのをシモンが気が付いたのか、そっと肩を抱いて、その手で頭を撫ででくれたのだ。
「お礼なんていらないよ。クラウが喜んでくれるのなら、それでいいからね」
そう言って、しばらくその場で菜の花を眺めながら、二人で並んで少し歩いた。
「そろそろ戻ろうか?今からゆっくり帰れば明るいうちに戻れるよ」
「はい。戻りましょう」
帰りはここへ来るときに通った道ではなく、今いる場所から町までの最短の安全な道をシモンが選んでくれて、その道を通り馬を走らせた。
帰る途中で遠目に建物が見えたのだが、シモンが言うには、去年空き家になったらしく、今は管理人だけが住んでいるという事だった。
その近くにもう1つ見せたい場所があるようで、その屋敷方向へと進んで行くと、そこには朽ちて崩れた建物があり、その残った建物の柱や梁に蔓を巻き付けて大きな株に成長した、藤の花が綺麗な紫色の房をたわわに実らせたように咲き誇っている。
「お兄様、藤の花ですね」
「綺麗だろう?クラウの家には咲いてなかったと思うけど、ウィルバートの家には咲いていたはずだよ」
「綺麗です。いつまでも見ていたいです…」
チューリップも、菜の花も、藤の花も、どれもが日本ではよく見る花だが、深緒は、その中では藤の花が一番好きだった。藤崎のおじさんの家には藤棚があり、5月になる頃にはいつも藤での花見に行っていたことを思い出した。
―――おじさん…元気にしているのかな
思い出して遠い目をしていたのか、シモンが不思議そうにクラウディアの顔を覗き込んだ。
「クラウ?どうした」
「…ううん。なんだか、懐かしい感じがして…それに、房が風で揺れているのが素敵で見とれてしまいました」
日本でのことを思い出して少し表情が暗く見えたのだろうか、シモンが心配そうな顔をしているのが申し訳なく、笑顔を浮かべてシモンに向いた。
「お兄様、あそこに見えるお屋敷の前を通るのですか?」
「近くを通るよ。道が整備されていて走りやすいからね」
そして藤棚を後にして、その屋敷方向へと馬を走らせた。
小高い丘の上に屋敷が見えてくると、クラウディアはどういう訳か鼓動が早くなるのを感じた。
ここへは来たことがないはずだが、なぜか見たことがあるような、そんな感じがして、馬を止め、降りて立ち止まった。
その屋敷は歴史を感じされる意匠で、その広さも王都のクロスローズの屋敷より少し小さいくらいだったが、空き家の割には荒れてもおらず、今すぐにでも住み始めることができるほど建物も、庭園もしっかりと手入れされているのがわかった。
これならば、すぐに別荘として購入する貴族がいてもおかしくはないだろう。
立ち止まったクラウディアに気が付いたシモンも馬から降りて、彼女の側へと近づいて行った。
心ここに非ずといった表情で、何度も屋敷とその周りを見ているクラウディアに、シモンが何度も声を掛けている事も気が付かないようだ。
「クラウ?どうしたんだい?クラウ?」
何度も声を掛けているのに、返事がなくて心配になって肩を揺すってみるが、彼女の目はシモンを見ているようでその瞳には映っていないように見える。
『ディア、ここで、二人で暮らさないか?
私もすべての役職を辞そう。そして王都を出よう。
それから君と二人で、ここで…
何年も先になるだろうが、いつか必ず…』
『___様、嬉しいですわ。
こんな素敵な土地であなたと二人で暮らせるなんて
今から楽しみです』
「クラウディア!聞こえるかい?クラウディア!」
クラウディアの焦点の合っていない瞳を見て、血の気が引く思いをしながら、肩を揺すってクラウディアの名前を呼び続けた。
そして突然力が抜けたように、その場に崩れ落ちそうになる彼女を抱き止めて、ようやく彼女の視線がシモンを捉えた。
「……シモン…お兄…様?…私……」
「クラウディア…良かった。どうしたんだ?何が…」
正面から肩を掴んで顔を見るが、その瑠璃の瞳からは止めどなく涙が流れ落ちてた。
シモンは彼女をこのまま一人で乗せるわけにはいかないと考え、追ってきていた護衛にクラウディアの乗ってきた馬を任せ、彼女を抱き上げ自分の馬に乗せた。
「クラウ…この先は僕と一緒に乗るよ。一人では無理だ」
わずかに頷いてシモンと一緒に乗り、その場を後にしたのだが、彼女の目には過ぎていく光景が心に刺さるようで、なぜか涙が溢れてくる。
でも、クラウディアもどうして涙が流れるのかがわからなかった。
シモンもまたその姿を見て、何が起こったのかわからず、言葉が出なかった。
ここへは来たことがないはずだ。それなのに一体何があったのか、何を感じたのか、なぜ涙を流しているのか心配でたまらない。
その時にふっと彼女の髪の間から耳に光るピアスが目に入った。
―――あのピアスは…ルビーのあの色は…
シモンの脳裏にふと浮かんだ人物……
しかし、今はその事よりもクラウディアの方が大切だ。彼女のことが…
―――…私……どうして…
頭の中に、さっきの声が繰り返し響く。
『二人で暮らさないか…』
―――誰と?私は、いつ、誰とここへ来たの??
浮かんだ光景を思い出しても、その言葉を発した人物の姿は見えない。思い出そうとすると、なぜ胸か締め付けられるように苦しくなる。
―――どうして思い出せないの…
そのまま、意識が遠くなる気がした。
シモンを見るとニコッと笑い指を差したので、ここの事だと思い側まで行って馬を降りると、そこに広がるのは菜の花畑だった。
ここも広大な土地に植えられていて、どこを見ても一面黄色の絨毯が広がっている。
「これは菜の花だよ。油を取るために育てているんだ。だから観光ではなく農家の商用の畑なんだ」
それを聞いて「菜種油」が頭に浮かんだ。ここが特産地なのかと思い、その広大な土地に植えられた菜の花に目を奪われた。
先程のカラフルなチューリップも素敵だが、一面黄色というのもとても素敵だ。
「お兄様…ありがとうございます。こんなに素敵なところに連れて来て下さって、嬉しいですわ」
感動で目が潤んでいるのをシモンが気が付いたのか、そっと肩を抱いて、その手で頭を撫ででくれたのだ。
「お礼なんていらないよ。クラウが喜んでくれるのなら、それでいいからね」
そう言って、しばらくその場で菜の花を眺めながら、二人で並んで少し歩いた。
「そろそろ戻ろうか?今からゆっくり帰れば明るいうちに戻れるよ」
「はい。戻りましょう」
帰りはここへ来るときに通った道ではなく、今いる場所から町までの最短の安全な道をシモンが選んでくれて、その道を通り馬を走らせた。
帰る途中で遠目に建物が見えたのだが、シモンが言うには、去年空き家になったらしく、今は管理人だけが住んでいるという事だった。
その近くにもう1つ見せたい場所があるようで、その屋敷方向へと進んで行くと、そこには朽ちて崩れた建物があり、その残った建物の柱や梁に蔓を巻き付けて大きな株に成長した、藤の花が綺麗な紫色の房をたわわに実らせたように咲き誇っている。
「お兄様、藤の花ですね」
「綺麗だろう?クラウの家には咲いてなかったと思うけど、ウィルバートの家には咲いていたはずだよ」
「綺麗です。いつまでも見ていたいです…」
チューリップも、菜の花も、藤の花も、どれもが日本ではよく見る花だが、深緒は、その中では藤の花が一番好きだった。藤崎のおじさんの家には藤棚があり、5月になる頃にはいつも藤での花見に行っていたことを思い出した。
―――おじさん…元気にしているのかな
思い出して遠い目をしていたのか、シモンが不思議そうにクラウディアの顔を覗き込んだ。
「クラウ?どうした」
「…ううん。なんだか、懐かしい感じがして…それに、房が風で揺れているのが素敵で見とれてしまいました」
日本でのことを思い出して少し表情が暗く見えたのだろうか、シモンが心配そうな顔をしているのが申し訳なく、笑顔を浮かべてシモンに向いた。
「お兄様、あそこに見えるお屋敷の前を通るのですか?」
「近くを通るよ。道が整備されていて走りやすいからね」
そして藤棚を後にして、その屋敷方向へと馬を走らせた。
小高い丘の上に屋敷が見えてくると、クラウディアはどういう訳か鼓動が早くなるのを感じた。
ここへは来たことがないはずだが、なぜか見たことがあるような、そんな感じがして、馬を止め、降りて立ち止まった。
その屋敷は歴史を感じされる意匠で、その広さも王都のクロスローズの屋敷より少し小さいくらいだったが、空き家の割には荒れてもおらず、今すぐにでも住み始めることができるほど建物も、庭園もしっかりと手入れされているのがわかった。
これならば、すぐに別荘として購入する貴族がいてもおかしくはないだろう。
立ち止まったクラウディアに気が付いたシモンも馬から降りて、彼女の側へと近づいて行った。
心ここに非ずといった表情で、何度も屋敷とその周りを見ているクラウディアに、シモンが何度も声を掛けている事も気が付かないようだ。
「クラウ?どうしたんだい?クラウ?」
何度も声を掛けているのに、返事がなくて心配になって肩を揺すってみるが、彼女の目はシモンを見ているようでその瞳には映っていないように見える。
『ディア、ここで、二人で暮らさないか?
私もすべての役職を辞そう。そして王都を出よう。
それから君と二人で、ここで…
何年も先になるだろうが、いつか必ず…』
『___様、嬉しいですわ。
こんな素敵な土地であなたと二人で暮らせるなんて
今から楽しみです』
「クラウディア!聞こえるかい?クラウディア!」
クラウディアの焦点の合っていない瞳を見て、血の気が引く思いをしながら、肩を揺すってクラウディアの名前を呼び続けた。
そして突然力が抜けたように、その場に崩れ落ちそうになる彼女を抱き止めて、ようやく彼女の視線がシモンを捉えた。
「……シモン…お兄…様?…私……」
「クラウディア…良かった。どうしたんだ?何が…」
正面から肩を掴んで顔を見るが、その瑠璃の瞳からは止めどなく涙が流れ落ちてた。
シモンは彼女をこのまま一人で乗せるわけにはいかないと考え、追ってきていた護衛にクラウディアの乗ってきた馬を任せ、彼女を抱き上げ自分の馬に乗せた。
「クラウ…この先は僕と一緒に乗るよ。一人では無理だ」
わずかに頷いてシモンと一緒に乗り、その場を後にしたのだが、彼女の目には過ぎていく光景が心に刺さるようで、なぜか涙が溢れてくる。
でも、クラウディアもどうして涙が流れるのかがわからなかった。
シモンもまたその姿を見て、何が起こったのかわからず、言葉が出なかった。
ここへは来たことがないはずだ。それなのに一体何があったのか、何を感じたのか、なぜ涙を流しているのか心配でたまらない。
その時にふっと彼女の髪の間から耳に光るピアスが目に入った。
―――あのピアスは…ルビーのあの色は…
シモンの脳裏にふと浮かんだ人物……
しかし、今はその事よりもクラウディアの方が大切だ。彼女のことが…
―――…私……どうして…
頭の中に、さっきの声が繰り返し響く。
『二人で暮らさないか…』
―――誰と?私は、いつ、誰とここへ来たの??
浮かんだ光景を思い出しても、その言葉を発した人物の姿は見えない。思い出そうとすると、なぜ胸か締め付けられるように苦しくなる。
―――どうして思い出せないの…
そのまま、意識が遠くなる気がした。
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