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第八章
178 ロス、本格始動
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この日、ロスはトランへ向かうためにナシュールを訪れる事になっていた。
アナスタシアでこれからのポーションの製作と販売の詳細を決めることと、クラウディアが久しぶりにみんなに会いに行くことを兼ねてのトラン行きだった。
ロスはしばらく家の自室に籠り、ポーションの種類、売価、原価、必要量、流通方法、各都市の必要量予想など、事細かに調べ上げて、あらゆることを想定していくつかの案をまとめ上げた。
以前、クラウディアが書いた事業計画書に目を通していたので、それを基準に出来たことはい大きい。
この中から最善な案を選んでもらえれば…と考えながら、報告書を手にして屋敷を出発した。
さすがに学園でも上位にいただけあるが、もしかするとロスは兄弟の仲でも一番商才があるかもしれない。
ナシュールの転移陣が設置されている建物に着いてクラウディアの姿を探すが、辺りを見回してもあの目立つ金髪を見つけられない。
しかし、よくよく考えると、あの姿のまま来ると人目を引いてしまうのは予想に難くない。そうなるとディアーナの姿で来るのだろうと思い直し、改めて周囲を見回すもののまだ来ていない様だ。
だが、人の事ばかり考えているが、ロスの容姿も十分人目を引き近くの女性陣からは熱い視線が送られている。
しかし、そんな女性陣からの視線を受けても、ロスは今までのように気軽に声を掛ける事はしなくなった。ましてや今からそのクラウディアと一緒にトランへと向かうのだから、そんな余計なところに意識は向かなかった。
そしてトランへ行ってからなにから手を付けようかと考えていると、待っていた人物から声を掛けられた。
「ロス、待たせてごめんね」
「ディアーナ、俺も今来たところだ」
簡素なワンピースを着て、手には大きな箱を抱えたクラウディアの姿を見て、ホッとするような笑顔を浮かべた。
「何だ?その箱」といって、ロスはクラウディアの持っている箱を奪い取るように手にした。自分から持ってほしいなどとは言いださないだろうとわかっているので、こうして奪う方が早いと思っているのだが、それもロスからすると気に入らなかった。素直に頼ってくれればいいのにと、心の中では不満が溜まっていた。
箱の中身はみんなへのお土産だと、楽しそうに笑う彼女の笑顔は大輪の花のように華やかだ。そしてそのまま転移陣からトランへと行き、着いた先から馬車に乗ってアナスタシアへと向かった。
「こんなにたくさん持っていくなら最初に言えよ。俺が取りに行っただろう?」
「いいわよ。私が持っていきたかったんだもん。ロスに迷惑かけられないわ」
「気にするな。俺とお前の仲だろう?」
「なにそれ?」
二人で笑い合いながらクラウディアはその箱の中から一つ取り出してロスへ手渡した。
「ねえ、ロス。これ、あなたに」
「使ってね」と言いながら、手にした小さな箱を手渡した。
自分が何かを貰えるとは思っていなかったロスは、突然のサプライズに心が躍った。ドキドキしながら箱を開けると、中にはシンプルなデザインの懐中時計が入っていた。
「これ…俺に…?」
「そうよ。この先、仕事をするのに時計は必要でしょ?それに、迷惑ばかりかけてるからお礼の気持ちもあるのよ」
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
思いがけない贈り物に、思わずクラウディアの頭にポンポンと手を置いて、額に口付けをした。
「ちょっと、ロス」
クラウディアは突然のロスの口づけに吃驚して、自分の頬が赤くなるのを感じた。やはり、ロスは女性との噂が絶えないのは本当なのだと思っていた。
アナスタシアの前に馬車が停まると、スザンナとアリソンが満面の笑みを浮かべて迎えに出てきた。
「ディアーナ様、皆様お待ちですよ」
そう言って出迎えて、馬車の中の荷物を建物へと運ぶのを手伝ってくれ、いつもみんなで集まっている食堂になっている部屋へとその荷物を運び入れた。
箱観終わる頃には、他のみんなも上から降りてきて部屋に集まっていた。
「ディアーナ様、おかえりなさい」
「ディアーナ様、お元気でしたか?」
口々に声を掛けられ、クラウディアは第二の家に帰ってきたような感じになり、嬉しくて嬉しくて、もっと頻繁に来ようと秘かに決めていた。
「みんな、ただいま。今日はお土産があるのよ」
そう言って、持ってきた中から順に小さな箱を一つずつ渡した。
研究者にはペン、インク、手帳のセットで、リチャードには毎日使う靴も準備したのだ。
スザンナとアリソンには似合いそうな普段着を一式贈った。そしてまたお菓子を山のように持ってきたのだった。
「さあ、みんなで食べましょう」
机の上に箱から出した甘味を広げて、スザンナ達がお茶を準備し、それぞれ手に取り食べ始めた。そしてクラウディアが来られなかった間の話をし始める。
研究の話から町へ行ったときの話、育てた野菜の話やスザンナの作る料理の話など、たくさんの話をしているうちに、あっという間に机の上のお菓子がなくなった。
それを見て、今度来るときはもっとたくさん持ってこないといけないと思い、次はどこの店に行って何を買おうかとみんなの顔を見ながら考えた。
◇
「ディアを驚かせようと思って内緒にしていたことがあるんだ」
ロスはそう言って温室へとクラウディアを連れて行った。そこでリチャードに声を掛けて、例の薬草が植えられている区画へと案内する。
「これなんだけど、何かわかるか?」
ロスが指差した場所に植えられている薬草は、今まで見たことのないものなのだった。だが、ロスが自分にそう聞いてくるのだから、何か特別な薬草なのだろう。
「薬草…よね?」
「ああ、こっちが『玉蜻草』で、こっちが『逢護草』だ」
その名前を聞いて、ただ驚いて聞き返す事しかできない。それほど吃驚したのだ。
「それって…」
「ああ…『幻の薬草』だ」
「見つかったの…?」
「クラウディア様、ロスが、リナレスで種を見つけてきたのです。古いものだったのと、種類の特定も確実ではなかったので、今まで報告はできなかったのですが、ここまで育ち、資料とも合致したのでようやく…」
「ありがとう。ロス!リック!」
思わず喜びを爆発させて彼らに抱きついた。
◇
アナスタシアを後にして、ロスと共にナシュールへと戻る馬車の中で再度お礼を言った。
「ロス…本当にありがとう。大変だったでしょう?」
「ディアの為ならこの位、平気さ」
「無理しないでね」
「ディア…その言葉は俺がいう言葉だ。お前の方が無理してるだろう?」
数か月前の寝込んでいたことを言っているのだ。なぜ倒れたのかは知らされていないので、それについて聞くことはしないが、これくらいは言ってもいいだろうと考えた。
「倒れたって聞いたときは心配したんだからな」
「…心配かけたわね。ごめんね。花も…ありがとう。最初『R』って誰かと思ったわ」
「名前を書くと困るかと思ってね。誰かが見て、こことのつながりがわかっても困るだろう?」
「そこまで考えてくれたの?ロスって細かいところまで考えてくれるから好きよ」
好きという言葉に思わず照れてしまうが、もっと言って欲しい。
「なあ…ディア、一つ聞いてもいいか?」
途端に真面目な顔をするロスに、クラウディアは何かあったのかと首を傾げた。
この事業についてはまだ稼働していないのだが、進める事に躊躇する要因でもあったのだろうかと考えたが、どうも全く違うことのようだ。
「なに?どうしたの?」
「ディアの本命ってどっちなんだ?」
「なに?そのどっちって」
「こっちか?それともこっちか?」
そう言って、耳と手首を指差した。そう、赤いピアスと黒いブレスレットだ。
「そのブレスレットはテオドールから貰ったんだろう?今年のウィリヴァルト・フェストの時の事、噂になっていたからな」
黒い石があしらわれたブレスレットは、確かにテオドールから貰ったものだった。ピアスをつけているのにこれを外すと、それはそれで面倒なことになると思い身に付けているのだが、ウィリヴァルト・フェストのことが噂になっているとは知らなかった。
「噂?……なあにそれ?知らないんだけど」
「ディアは外に出ないから耳に入らないんだろうな。それで、そのピアスは…ニコラスか?」
その一言に、ただただ驚いた。
ニコラスとクラウディアの接点はウィルバートの練習くらいだから、ロスがそれを知っているわけはない。それなのにニコラスの名前が出たのだから、クラウディアにとっては全く想定外のことだ。
「ど…どうして、そう思うの?」
「前に屋敷に行ったとき、剣を教えに二人が来てただろう?それを覗きに行ったことを覚えているか?」
クラウディアはその記憶を探り、確かあの日は……「ロスと一緒に練習風景を覗きに行った」と思い出した。
しかし、遠く離れていた場所だったし、二人からもその事については一言も聞かれていない。ましてやクラウディアも彼らと親しいとは言っていないはずだ。
「覚えてるけど…」
「ディアは気付いていなかったみたいだけど、あの時、二人の視線…痛かったんだ。俺の事、相当気にしてたぞ」
「うそ…でしょ?」
「おっ?当たりか?俺はそういうところは敏感なんだ。それで、返事は?」
「返事って?」
「どっちか?って聞いただろう?決まってないなら……、俺にしないか?」
その突然の言葉に思わず閉口してしまったが、我に返り、「冗談は言わないでよね」と返す。
「冗談じゃないんだけどなぁ。じゃあ、どちらも選ばない時は、俺を選んでほしい。今よりもっと好きになってほぢい。テオドールやニコラスよりも」
そう言って、クラウディアの手を取って紳士的に口づける。その姿は、とても貴族的なのだが、さりげなくできる彼の姿に思わず見惚れてしまう。彼が令嬢に人気がある理由はよくわかった。遊び人とのイメージがあるロスが言う言葉は信じられないと思いながらも、やはりドキドキするものなのだ。
「何言ってるのよ…」
クラウディアの方が恥ずかしくなって頬は熱くなるのを感じた。こういう事にはなかなか慣れない。おそらく何年たっても慣れることはなさそうだ。
◇
その後、ロスがアナスタシアの交渉代表となり、マシューと共にウェルダネス公爵家と製薬会社の設立に向け本格的に動き始めた。
アナスタシアで作り上げたポーションの種類、売価、原価、必要量、流通方法、各都市の必要量予想、教会の救護院での使用感もポーションの種類毎にまとめてその交渉へ挑んだ。
以前、ベイリーに提出した事業計画書をたたき台にして、ロスに肉付けをしてもらったのだが、想像以上に内容が良くなっているというのがクラウディアの感想だ。
もともとウェルダネル公爵はクラウディアに好意的なのと、このポーションの効果についても把握していたこと、そして当主会議の席でベイリーやクラウディアからも説明を聞いている事もあって、この事業に関しては反対することはなかった。
その為、ロスがマシューにコンタクトを取り、正式にクラウディアの代理として面談の申し入れに来たことを聞いてすぐに返事をし、その対面日時を決めたほどだ。
「ロス殿、公爵様が明後日の午後、屋敷にてお会いになるとのことです。クラウディア様の為にも、良い結果になるよう、私もお力添えをします」
「マシュー殿、こちらこそよろしくお願いします。彼女の為に、そしてアナスタシアのみんなの為にも、しっかりとやらせていただきますよ」
そう話をしてから、この日ロスはアナスタシアへと向かった。
もう一度、提出する書類の確認と試作品の準備をするためだが、正直言って公爵家当主と面談ともなると、社交的なロスからしても緊張して仕方がなかった。
「はあ……、失敗しないように今のうちに確認しておこう」
自分の部屋へ戻り、それらの書類を机の上に広げた。
そして二日後。
指定された時間より少し早めにマドネにあるウェルダネス公爵家へと着いたロスは、何度も書類とポーションの確認をし、失礼のないように身だしなみも整え、応接室で気持ちを落ち着かせていた。
アナスタシアでこれからのポーションの製作と販売の詳細を決めることと、クラウディアが久しぶりにみんなに会いに行くことを兼ねてのトラン行きだった。
ロスはしばらく家の自室に籠り、ポーションの種類、売価、原価、必要量、流通方法、各都市の必要量予想など、事細かに調べ上げて、あらゆることを想定していくつかの案をまとめ上げた。
以前、クラウディアが書いた事業計画書に目を通していたので、それを基準に出来たことはい大きい。
この中から最善な案を選んでもらえれば…と考えながら、報告書を手にして屋敷を出発した。
さすがに学園でも上位にいただけあるが、もしかするとロスは兄弟の仲でも一番商才があるかもしれない。
ナシュールの転移陣が設置されている建物に着いてクラウディアの姿を探すが、辺りを見回してもあの目立つ金髪を見つけられない。
しかし、よくよく考えると、あの姿のまま来ると人目を引いてしまうのは予想に難くない。そうなるとディアーナの姿で来るのだろうと思い直し、改めて周囲を見回すもののまだ来ていない様だ。
だが、人の事ばかり考えているが、ロスの容姿も十分人目を引き近くの女性陣からは熱い視線が送られている。
しかし、そんな女性陣からの視線を受けても、ロスは今までのように気軽に声を掛ける事はしなくなった。ましてや今からそのクラウディアと一緒にトランへと向かうのだから、そんな余計なところに意識は向かなかった。
そしてトランへ行ってからなにから手を付けようかと考えていると、待っていた人物から声を掛けられた。
「ロス、待たせてごめんね」
「ディアーナ、俺も今来たところだ」
簡素なワンピースを着て、手には大きな箱を抱えたクラウディアの姿を見て、ホッとするような笑顔を浮かべた。
「何だ?その箱」といって、ロスはクラウディアの持っている箱を奪い取るように手にした。自分から持ってほしいなどとは言いださないだろうとわかっているので、こうして奪う方が早いと思っているのだが、それもロスからすると気に入らなかった。素直に頼ってくれればいいのにと、心の中では不満が溜まっていた。
箱の中身はみんなへのお土産だと、楽しそうに笑う彼女の笑顔は大輪の花のように華やかだ。そしてそのまま転移陣からトランへと行き、着いた先から馬車に乗ってアナスタシアへと向かった。
「こんなにたくさん持っていくなら最初に言えよ。俺が取りに行っただろう?」
「いいわよ。私が持っていきたかったんだもん。ロスに迷惑かけられないわ」
「気にするな。俺とお前の仲だろう?」
「なにそれ?」
二人で笑い合いながらクラウディアはその箱の中から一つ取り出してロスへ手渡した。
「ねえ、ロス。これ、あなたに」
「使ってね」と言いながら、手にした小さな箱を手渡した。
自分が何かを貰えるとは思っていなかったロスは、突然のサプライズに心が躍った。ドキドキしながら箱を開けると、中にはシンプルなデザインの懐中時計が入っていた。
「これ…俺に…?」
「そうよ。この先、仕事をするのに時計は必要でしょ?それに、迷惑ばかりかけてるからお礼の気持ちもあるのよ」
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
思いがけない贈り物に、思わずクラウディアの頭にポンポンと手を置いて、額に口付けをした。
「ちょっと、ロス」
クラウディアは突然のロスの口づけに吃驚して、自分の頬が赤くなるのを感じた。やはり、ロスは女性との噂が絶えないのは本当なのだと思っていた。
アナスタシアの前に馬車が停まると、スザンナとアリソンが満面の笑みを浮かべて迎えに出てきた。
「ディアーナ様、皆様お待ちですよ」
そう言って出迎えて、馬車の中の荷物を建物へと運ぶのを手伝ってくれ、いつもみんなで集まっている食堂になっている部屋へとその荷物を運び入れた。
箱観終わる頃には、他のみんなも上から降りてきて部屋に集まっていた。
「ディアーナ様、おかえりなさい」
「ディアーナ様、お元気でしたか?」
口々に声を掛けられ、クラウディアは第二の家に帰ってきたような感じになり、嬉しくて嬉しくて、もっと頻繁に来ようと秘かに決めていた。
「みんな、ただいま。今日はお土産があるのよ」
そう言って、持ってきた中から順に小さな箱を一つずつ渡した。
研究者にはペン、インク、手帳のセットで、リチャードには毎日使う靴も準備したのだ。
スザンナとアリソンには似合いそうな普段着を一式贈った。そしてまたお菓子を山のように持ってきたのだった。
「さあ、みんなで食べましょう」
机の上に箱から出した甘味を広げて、スザンナ達がお茶を準備し、それぞれ手に取り食べ始めた。そしてクラウディアが来られなかった間の話をし始める。
研究の話から町へ行ったときの話、育てた野菜の話やスザンナの作る料理の話など、たくさんの話をしているうちに、あっという間に机の上のお菓子がなくなった。
それを見て、今度来るときはもっとたくさん持ってこないといけないと思い、次はどこの店に行って何を買おうかとみんなの顔を見ながら考えた。
◇
「ディアを驚かせようと思って内緒にしていたことがあるんだ」
ロスはそう言って温室へとクラウディアを連れて行った。そこでリチャードに声を掛けて、例の薬草が植えられている区画へと案内する。
「これなんだけど、何かわかるか?」
ロスが指差した場所に植えられている薬草は、今まで見たことのないものなのだった。だが、ロスが自分にそう聞いてくるのだから、何か特別な薬草なのだろう。
「薬草…よね?」
「ああ、こっちが『玉蜻草』で、こっちが『逢護草』だ」
その名前を聞いて、ただ驚いて聞き返す事しかできない。それほど吃驚したのだ。
「それって…」
「ああ…『幻の薬草』だ」
「見つかったの…?」
「クラウディア様、ロスが、リナレスで種を見つけてきたのです。古いものだったのと、種類の特定も確実ではなかったので、今まで報告はできなかったのですが、ここまで育ち、資料とも合致したのでようやく…」
「ありがとう。ロス!リック!」
思わず喜びを爆発させて彼らに抱きついた。
◇
アナスタシアを後にして、ロスと共にナシュールへと戻る馬車の中で再度お礼を言った。
「ロス…本当にありがとう。大変だったでしょう?」
「ディアの為ならこの位、平気さ」
「無理しないでね」
「ディア…その言葉は俺がいう言葉だ。お前の方が無理してるだろう?」
数か月前の寝込んでいたことを言っているのだ。なぜ倒れたのかは知らされていないので、それについて聞くことはしないが、これくらいは言ってもいいだろうと考えた。
「倒れたって聞いたときは心配したんだからな」
「…心配かけたわね。ごめんね。花も…ありがとう。最初『R』って誰かと思ったわ」
「名前を書くと困るかと思ってね。誰かが見て、こことのつながりがわかっても困るだろう?」
「そこまで考えてくれたの?ロスって細かいところまで考えてくれるから好きよ」
好きという言葉に思わず照れてしまうが、もっと言って欲しい。
「なあ…ディア、一つ聞いてもいいか?」
途端に真面目な顔をするロスに、クラウディアは何かあったのかと首を傾げた。
この事業についてはまだ稼働していないのだが、進める事に躊躇する要因でもあったのだろうかと考えたが、どうも全く違うことのようだ。
「なに?どうしたの?」
「ディアの本命ってどっちなんだ?」
「なに?そのどっちって」
「こっちか?それともこっちか?」
そう言って、耳と手首を指差した。そう、赤いピアスと黒いブレスレットだ。
「そのブレスレットはテオドールから貰ったんだろう?今年のウィリヴァルト・フェストの時の事、噂になっていたからな」
黒い石があしらわれたブレスレットは、確かにテオドールから貰ったものだった。ピアスをつけているのにこれを外すと、それはそれで面倒なことになると思い身に付けているのだが、ウィリヴァルト・フェストのことが噂になっているとは知らなかった。
「噂?……なあにそれ?知らないんだけど」
「ディアは外に出ないから耳に入らないんだろうな。それで、そのピアスは…ニコラスか?」
その一言に、ただただ驚いた。
ニコラスとクラウディアの接点はウィルバートの練習くらいだから、ロスがそれを知っているわけはない。それなのにニコラスの名前が出たのだから、クラウディアにとっては全く想定外のことだ。
「ど…どうして、そう思うの?」
「前に屋敷に行ったとき、剣を教えに二人が来てただろう?それを覗きに行ったことを覚えているか?」
クラウディアはその記憶を探り、確かあの日は……「ロスと一緒に練習風景を覗きに行った」と思い出した。
しかし、遠く離れていた場所だったし、二人からもその事については一言も聞かれていない。ましてやクラウディアも彼らと親しいとは言っていないはずだ。
「覚えてるけど…」
「ディアは気付いていなかったみたいだけど、あの時、二人の視線…痛かったんだ。俺の事、相当気にしてたぞ」
「うそ…でしょ?」
「おっ?当たりか?俺はそういうところは敏感なんだ。それで、返事は?」
「返事って?」
「どっちか?って聞いただろう?決まってないなら……、俺にしないか?」
その突然の言葉に思わず閉口してしまったが、我に返り、「冗談は言わないでよね」と返す。
「冗談じゃないんだけどなぁ。じゃあ、どちらも選ばない時は、俺を選んでほしい。今よりもっと好きになってほぢい。テオドールやニコラスよりも」
そう言って、クラウディアの手を取って紳士的に口づける。その姿は、とても貴族的なのだが、さりげなくできる彼の姿に思わず見惚れてしまう。彼が令嬢に人気がある理由はよくわかった。遊び人とのイメージがあるロスが言う言葉は信じられないと思いながらも、やはりドキドキするものなのだ。
「何言ってるのよ…」
クラウディアの方が恥ずかしくなって頬は熱くなるのを感じた。こういう事にはなかなか慣れない。おそらく何年たっても慣れることはなさそうだ。
◇
その後、ロスがアナスタシアの交渉代表となり、マシューと共にウェルダネス公爵家と製薬会社の設立に向け本格的に動き始めた。
アナスタシアで作り上げたポーションの種類、売価、原価、必要量、流通方法、各都市の必要量予想、教会の救護院での使用感もポーションの種類毎にまとめてその交渉へ挑んだ。
以前、ベイリーに提出した事業計画書をたたき台にして、ロスに肉付けをしてもらったのだが、想像以上に内容が良くなっているというのがクラウディアの感想だ。
もともとウェルダネル公爵はクラウディアに好意的なのと、このポーションの効果についても把握していたこと、そして当主会議の席でベイリーやクラウディアからも説明を聞いている事もあって、この事業に関しては反対することはなかった。
その為、ロスがマシューにコンタクトを取り、正式にクラウディアの代理として面談の申し入れに来たことを聞いてすぐに返事をし、その対面日時を決めたほどだ。
「ロス殿、公爵様が明後日の午後、屋敷にてお会いになるとのことです。クラウディア様の為にも、良い結果になるよう、私もお力添えをします」
「マシュー殿、こちらこそよろしくお願いします。彼女の為に、そしてアナスタシアのみんなの為にも、しっかりとやらせていただきますよ」
そう話をしてから、この日ロスはアナスタシアへと向かった。
もう一度、提出する書類の確認と試作品の準備をするためだが、正直言って公爵家当主と面談ともなると、社交的なロスからしても緊張して仕方がなかった。
「はあ……、失敗しないように今のうちに確認しておこう」
自分の部屋へ戻り、それらの書類を机の上に広げた。
そして二日後。
指定された時間より少し早めにマドネにあるウェルダネス公爵家へと着いたロスは、何度も書類とポーションの確認をし、失礼のないように身だしなみも整え、応接室で気持ちを落ち着かせていた。
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