上 下
181 / 213
第八章

172 リオネルの復帰

しおりを挟む

 秋が終わり冬に入る頃、ようやくリオネルは学園へと登校した。
 怪我が治っている事を知られないようにと、屋敷の部屋から出ることも禁止され、さらに、剣をふるうことも制限されている今、不満が募って入るものの当主からの厳命はしっかりと守っていたのだが、動けないのならば動けないなりにできることをしようと決心していた。


「リオ、もう平気か?」
 
「レイ。家に来てくれたそうだな…ありがとう」


 そこまで言ったときに言葉を遮られる。
 

「何を言っている。友達を見舞っただけだ」
 
「クラウディア嬢も回復したそうじゃないか」
 
「レイは彼女に会ったのか?」


 クラウディアは一切、外は出ていないはずだし、今回のことも外部には漏れていないはずなのに、なぜレイナルドが知っているのかという疑問がリオネルの頭の隅をかすった。

 
「君の見舞いに行ったときにな。ベイリーからも回復したと連絡をもらっている」


 レイナルドの瞳にはその時の光景が映っているのか、その金の瞳はなぜか優しい想いを孕んだような色をしていた。リオネルは一瞬、何とも言えない不安な感じがしたが、レイナルドの言葉でその考えは霧散した。
 

「リオ。完治はまだだろう?その状態では剣の練習も禁止されているのか?」


 レイナルドはリオネルの少し項垂れた様子を見て、そう言葉を続けた。

 
「お前は、なぜそんなに焦っている?強くなりたいのはわかるが、急いで取り返しのつかないことになっては何もかも水の泡になるぞ」


 今まで自分のことを話した覚えもない。それなのに、なぜレイナルドはこうも人の考えていることがわかるのだろうかと、彼の顔を見て、ついその顔をジッと見てしまった。
 

「剣だけが強くなる道ではない。……力を貸そう」


 その言葉に思わず顔を見つめた。
 

「力を貸す…というのとは、またちょっと違うかもしれんが、会うことでわかることもある」
 
「では今日、全ての授業が終わったら使いをやる。いいな」
 
 


 ◇


 
 
「リオネル様、体調はいかがなのかしら?」
 
「怪我は相当ひどいものだと聞きましたわ」
 
「兄と一緒にお見舞いにお伺いしようとしたのですが、断られたのです。すべの方からの訪問を断られたみたいですわ」
 
「まぁ、あなたリオネル様を狙っていらっしゃるの?」
 
「あら。リオネル様は公爵家ご子息ですし、それに加えてあの麗しさ。あの紅い瞳に見つめられて甘い言葉をささやかれたいわ」
 
「リオネル様にはご婚約者はいらっしゃらないのよね。もしかしてどなたか心を寄せる方がいらっしゃるのかしら」
 
「そういう話は聞きませんわね。リオネル様は硬派ですものね」
 

 席につくリオネルを遠目に見つめながら話に花を咲かせる女生徒は、リオネルが教室の外へ出て行ったのにも気づかず話を続けていた。

 確かに、今現在の公爵家令息の中に婚約者がいるものは誰一人としていないのだから、同年代の令嬢からすると期待してしまうのは仕方がないだろう。しかし、当の本人たちは全くと言っていいほど興味を示さないのだから、後継を気にする当主からすると「早く決めてくれ」と小言を言いたくなるものだ。


 そして教室出たリオネルがレイナルドの侍従に付いて行くと、図書館の中でも、人に邪魔されることなく自習ができるように区切られた部屋が並ぶエリアだった。
 そこは机が区切られている場所と、完全に部屋になっているスペースがあり、王太子でもあるレイナルドは、そこに自室のように一室を与えられている様で、そこで執務の一部をこなすこともあるようだった。この日もなにやら書類を扱っていたようで、リオネルの到着と共に机の引き出しにしまった。

 
「ちょうどいい時間だな。場所を移すぞ」と、すぐに部屋を出て学園の関係者区画へと歩みを進めていった。
 着いたのは学園の中でも生徒が立ち入ることのない応接室だった。こんな場所で誰に会うというのか、リオネルは少し不安な気持ちになっていた。
 そしてレイナルドがその扉をノックして中へと入って、その後をついてリオネルも部屋に足を踏み入れた。

 
「叔父上、時間を取っていただいて感謝いたします」


 レイナルドが叔父上と呼ぶ人物、それは王弟殿下アインザムカイト・リリー・エストレージャその人だった。
 
 
「叔父上、彼が話していたリオネルだ」
 
「アインザムカイト王弟殿下、リオネル・ファロ・デフュールです」


 アインザムカイトは23歳の若さで王国の総騎士団長を務め、剣の腕はもちろん魔術の腕も一流で、さらに国の防衛に関する決定権を一手に担っている、まさに辣腕といえる人物だった。
 レイナルドとは違い、シルバーブロンドの髪に瞳は琥珀色をしていたが、その顔はどこかしら雰囲気が似ていた。
 そして総騎士団長を務めているだけあり、がっしりとした体つきをしていて、政務に力を入れているはずだが騎士そのものだった。

 
「市井に行った時以来だな、何年ぶりだ?君はニコラスの弟だったな。彼とは学園の同窓でね、よく相手をしてもらったものだよ。怪我がひどいと聞いていたが、見た目は大丈夫そうだな?無理はしていないのか?」
 
「ありがとうございます。身体を動かすこと関しては冬以降に開始するようにと注意を受けているくらいで、日常生活に支障はありません」


 冬以降ということが、リオネルにとって耐えがたいことなのだろうと言動でわかる。
 

「君は、強くなりたいのだろう?しかし、今言った通り、身体を動かすことを禁止されて憤りを感じている。違うか?」


 リオネルは図星を付かれ、とっさに返事ができなかった。

 
「レイ、あの話、受けよう。彼を預かろうじゃないか」


 突然の発言に吃驚した。
 預かるとはどういう意味なのか、リオネルの頭の中で様々な考えが巡る。

 
「王弟殿下…それはどういう事でしょうか?」
 
「言葉の通りだ。君の空いている時間、私の手伝いをしてほしい。きっと君の為にもなるはずだ」


 そう言ってアインザムカイトは立ち上がり、リオネルの肩をたたいた。

 
「ランベールには私から言っておこう。来週から怪我が治るまでは昼からの実習の時間に私のところへ来るように。わかったね?それじゃあ今日はもう行くよ」


 アインザムカイトは部屋を出ていき、残されたリオネルは放心状態だった。
 『意味が分からない…なぜ殿下が声をかけてくれるのか』その疑問を解き明かしたのは、レイナルドの言葉だった。

 
「リオ。叔父上の魔術は一流だ。体を動かすことが禁止なら、その間は魔術と戦術を学べ。剣はそれからでも間に合う」


 レイナルド殿下は本当に人を見ている。焦っている気持ちをそのまま燻ぶらせるのではなく、きちんと方向を見極めて導こうとする。まさに為政者になるべき人の考え方だ。
 

 リオネルは、それから時間がある時にアインザムカイトの元を訪れ、魔力に関してや戦術に関して等色々な話をした。今まで知りもしなかったことを教えてくれることもあり、その時間はリオネルにとっては楽しみになって行った。彼の公務の手伝いをすることもあるが、身体を動かせないことに対しての不安は日が経つにつれて薄れていった。
 

 ―――今、出来ることに集中しよう。完全に回復したら、体を鍛え直すことから始めるために、今から計画を立てておこう。


 リオネルはレイナルドに対して、アインザムカイトに引き合わせてくれたことを心から感謝していた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

闇夜の姫は、破壊王子に溺愛される。

カヨワイさつき
恋愛
物心ついた時から眠ると、うなされる女の子がいた。 目の下には、いつもクマがある、オリービア。 一方、デルラン王国の第4王子。 ヴィルは、産まれた時から魔力量が多く、 いつも何かしら壊していた。 そんなある日、貴族の成人を祝う儀が 王城で行われることになった。 興味はなかったはずが……。 完結しました❤ お気に入り登録、投票、ありがとうございます。 読んでくださった皆様に、感謝。 すごくうれしいです。😁

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜
恋愛
娼館に身を置くティアは、他人の傷を自分に移すことができる通称”移し身”という術を持つ少女。 そんなティアはある日、路地裏で深手を負った騎士グレンシスの命を救った。……理由は単純。とてもイケメンだったから。 そして二人は、3年後ひょんなことから再会をする。 けれど自分を救ってくれた相手とは露知らず、グレンはティアに対して横柄な態度を取ってしまい………。 これは複雑な事情を抱え諦めモードでいる少女と、順風満帆に生きてきたエリート騎士が互いの価値観を少しずつ共有し恋を育むお話です。 ※◇が付いているお話は、主にグレンシスに重点を置いたものになります。 ※他のサイトにも重複投稿させていただいております。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

醜いと言われて婚約破棄されましたが、その瞬間呪いが解けて元の姿に戻りました ~復縁したいと言われても、もう遅い~

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢リリーは、顔に呪いを受けている。  顔半分が恐ろしい異形のものとなっていた彼女は仮面をつけて生活していた。  そんな彼女を婚約者である第二王子は忌み嫌い、蔑んだ。 「お前のような醜い女と付き合う気はない。俺はほかの女と結婚するから、婚約破棄しろ」  パーティ会場で、みんなの前で馬鹿にされる彼女。  ――しかし。  実はその呪い、婚約破棄が解除条件だったようで――。  みるみるうちに呪いが解け、元の美しい姿に戻ったリリー。  彼女はその足で、醜い姿でも好きだと言ってくれる第一王子に会いに行く。  第二王子は、彼女の元の姿を見て復縁を申し込むのだったが――。  当然彼女は、長年自分を散々馬鹿にしてきた彼と復縁する気はさらさらなかった。

親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。 一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。 身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。 そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。 二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。 戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。 もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。 でも、強く拒むことができない。 それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。 ※タイトル模索中なので、仮に変更しました。 ※2020/05/22 タイトル決まりました。 ※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...