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第八章
172 リオネルの復帰
しおりを挟む秋が終わり冬に入る頃、ようやくリオネルは学園へと登校した。
怪我が治っている事を知られないようにと、屋敷の部屋から出ることも禁止され、さらに、剣をふるうことも制限されている今、不満が募って入るものの当主からの厳命はしっかりと守っていたのだが、動けないのならば動けないなりにできることをしようと決心していた。
「リオ、もう平気か?」
「レイ。家に来てくれたそうだな…ありがとう」
そこまで言ったときに言葉を遮られる。
「何を言っている。友達を見舞っただけだ」
「クラウディア嬢も回復したそうじゃないか」
「レイは彼女に会ったのか?」
クラウディアは一切、外は出ていないはずだし、今回のことも外部には漏れていないはずなのに、なぜレイナルドが知っているのかという疑問がリオネルの頭の隅をかすった。
「君の見舞いに行ったときにな。ベイリーからも回復したと連絡をもらっている」
レイナルドの瞳にはその時の光景が映っているのか、その金の瞳はなぜか優しい想いを孕んだような色をしていた。リオネルは一瞬、何とも言えない不安な感じがしたが、レイナルドの言葉でその考えは霧散した。
「リオ。完治はまだだろう?その状態では剣の練習も禁止されているのか?」
レイナルドはリオネルの少し項垂れた様子を見て、そう言葉を続けた。
「お前は、なぜそんなに焦っている?強くなりたいのはわかるが、急いで取り返しのつかないことになっては何もかも水の泡になるぞ」
今まで自分のことを話した覚えもない。それなのに、なぜレイナルドはこうも人の考えていることがわかるのだろうかと、彼の顔を見て、ついその顔をジッと見てしまった。
「剣だけが強くなる道ではない。……力を貸そう」
その言葉に思わず顔を見つめた。
「力を貸す…というのとは、またちょっと違うかもしれんが、会うことでわかることもある」
「では今日、全ての授業が終わったら使いをやる。いいな」
◇
「リオネル様、体調はいかがなのかしら?」
「怪我は相当ひどいものだと聞きましたわ」
「兄と一緒にお見舞いにお伺いしようとしたのですが、断られたのです。すべの方からの訪問を断られたみたいですわ」
「まぁ、あなたリオネル様を狙っていらっしゃるの?」
「あら。リオネル様は公爵家ご子息ですし、それに加えてあの麗しさ。あの紅い瞳に見つめられて甘い言葉をささやかれたいわ」
「リオネル様にはご婚約者はいらっしゃらないのよね。もしかしてどなたか心を寄せる方がいらっしゃるのかしら」
「そういう話は聞きませんわね。リオネル様は硬派ですものね」
席につくリオネルを遠目に見つめながら話に花を咲かせる女生徒は、リオネルが教室の外へ出て行ったのにも気づかず話を続けていた。
確かに、今現在の公爵家令息の中に婚約者がいるものは誰一人としていないのだから、同年代の令嬢からすると期待してしまうのは仕方がないだろう。しかし、当の本人たちは全くと言っていいほど興味を示さないのだから、後継を気にする当主からすると「早く決めてくれ」と小言を言いたくなるものだ。
そして教室出たリオネルがレイナルドの侍従に付いて行くと、図書館の中でも、人に邪魔されることなく自習ができるように区切られた部屋が並ぶエリアだった。
そこは机が区切られている場所と、完全に部屋になっているスペースがあり、王太子でもあるレイナルドは、そこに自室のように一室を与えられている様で、そこで執務の一部をこなすこともあるようだった。この日もなにやら書類を扱っていたようで、リオネルの到着と共に机の引き出しにしまった。
「ちょうどいい時間だな。場所を移すぞ」と、すぐに部屋を出て学園の関係者区画へと歩みを進めていった。
着いたのは学園の中でも生徒が立ち入ることのない応接室だった。こんな場所で誰に会うというのか、リオネルは少し不安な気持ちになっていた。
そしてレイナルドがその扉をノックして中へと入って、その後をついてリオネルも部屋に足を踏み入れた。
「叔父上、時間を取っていただいて感謝いたします」
レイナルドが叔父上と呼ぶ人物、それは王弟殿下アインザムカイト・リリー・エストレージャその人だった。
「叔父上、彼が話していたリオネルだ」
「アインザムカイト王弟殿下、リオネル・ファロ・デフュールです」
アインザムカイトは23歳の若さで王国の総騎士団長を務め、剣の腕はもちろん魔術の腕も一流で、さらに国の防衛に関する決定権を一手に担っている、まさに辣腕といえる人物だった。
レイナルドとは違い、シルバーブロンドの髪に瞳は琥珀色をしていたが、その顔はどこかしら雰囲気が似ていた。
そして総騎士団長を務めているだけあり、がっしりとした体つきをしていて、政務に力を入れているはずだが騎士そのものだった。
「市井に行った時以来だな、何年ぶりだ?君はニコラスの弟だったな。彼とは学園の同窓でね、よく相手をしてもらったものだよ。怪我がひどいと聞いていたが、見た目は大丈夫そうだな?無理はしていないのか?」
「ありがとうございます。身体を動かすこと関しては冬以降に開始するようにと注意を受けているくらいで、日常生活に支障はありません」
冬以降ということが、リオネルにとって耐えがたいことなのだろうと言動でわかる。
「君は、強くなりたいのだろう?しかし、今言った通り、身体を動かすことを禁止されて憤りを感じている。違うか?」
リオネルは図星を付かれ、とっさに返事ができなかった。
「レイ、あの話、受けよう。彼を預かろうじゃないか」
突然の発言に吃驚した。
預かるとはどういう意味なのか、リオネルの頭の中で様々な考えが巡る。
「王弟殿下…それはどういう事でしょうか?」
「言葉の通りだ。君の空いている時間、私の手伝いをしてほしい。きっと君の為にもなるはずだ」
そう言ってアインザムカイトは立ち上がり、リオネルの肩をたたいた。
「ランベールには私から言っておこう。来週から怪我が治るまでは昼からの実習の時間に私のところへ来るように。わかったね?それじゃあ今日はもう行くよ」
アインザムカイトは部屋を出ていき、残されたリオネルは放心状態だった。
『意味が分からない…なぜ殿下が声をかけてくれるのか』その疑問を解き明かしたのは、レイナルドの言葉だった。
「リオ。叔父上の魔術は一流だ。体を動かすことが禁止なら、その間は魔術と戦術を学べ。剣はそれからでも間に合う」
レイナルド殿下は本当に人を見ている。焦っている気持ちをそのまま燻ぶらせるのではなく、きちんと方向を見極めて導こうとする。まさに為政者になるべき人の考え方だ。
リオネルは、それから時間がある時にアインザムカイトの元を訪れ、魔力に関してや戦術に関して等色々な話をした。今まで知りもしなかったことを教えてくれることもあり、その時間はリオネルにとっては楽しみになって行った。彼の公務の手伝いをすることもあるが、身体を動かせないことに対しての不安は日が経つにつれて薄れていった。
―――今、出来ることに集中しよう。完全に回復したら、体を鍛え直すことから始めるために、今から計画を立てておこう。
リオネルはレイナルドに対して、アインザムカイトに引き合わせてくれたことを心から感謝していた。
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