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第八章

165 お見舞い

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 クラウディアがデフュールの屋敷からクロスローズへと戻ってすぐに、ニコラス、テオドール、サラ、ローラントがその後のリオネルの容態報告も兼ねて、クラウディアの見舞いへと訪れた。

 
「リオネル殿はもう心配ないようで安心したよ」


 ベイリーは執務室でニコラスと対面で座り顔を見合わせて、そんな会話をしていた。テオドールとサラ、ローラントを先にクラウディアの元へ行かせた。
 二人でしかできない話もあるのだから。
 

「はい。クラウディア嬢のおかげで、もう完治と言ってもいいでしょう。しかし、怪我を負って一か月も経たない今では、完治などとさすがに口外できる事ではないので、まだ部屋に閉じ込めております」
 
「そうだな…それが正しいかもしれないね」
 
「それで、クラウディアは…大丈夫なのですか?」
 
「ここへ戻ってからは、だいぶん落ち着いたんだよ。毒の影響ももうないと思われる。まだ目覚めていないが、数日中には目が覚めるだろうね」


 ベイリーの顔から安堵の様子が見てとれ、彼女の容態は安定してもう安心していいのだと感じた。デフュールの屋敷にいるのであれば、毎日でも顔を見に行くことも出来るが、こうしてクロスローズの屋敷にいるとなると、そこまで頻繁に訪問することはできない為、心配が尽きなかったのだ。
 

「ニコラス殿、君には謝らなければならない。娘がデフュールの屋敷に滞在している間、相当辛い思いをさせたね。気持ちを押し殺すのは辛かっただろう。本当に申し訳なかった」


 ベイリーはランベールにも伝えてはいたが、ニコラスの取った態度は公爵家の嫡子としても立派で、称賛に値するものだった。だからこそ、相当辛かっただろうと理解も出来たので頭を下げたのだが、ニコラスがそれを制止し口を開いた。


「いえ…当然の事です。私の身勝手な私情で周囲を巻き込むことはできません」


 ニコラスの浮かべる感情を押し殺すような表情は、ベイリーの心に何らかの影響を与えていた。ベイリーも嫡子として育ってきた経験から、ニコラスの心の内が我が事のように感じていたのだ。
 

「ニコラス殿。いつでもクラウディアに会いに来てくれないか?娘にとって君の存在は大きいものだと理解している。しかし、娘はその気持ちを受け入れる事を拒んでいる。どうやら、私達が考えている以上に、例の事が心に影を落としているのだろう」
 
「ありがとうございます。…今回、リオネルは助かりました。それであれば、この先の未来も変わると信じています。彼女もそう思ってくれるといいのですが」
 
「そうだね……、私もそう思っているのだが、確実な確証がないと安心できないのだろう」


 ベイリーの表情もまた、ニコラスの心情に訴えかけるほど、悲しい色を浮かべていた。
 クラウディアの固定概念を変え、未来へとつながる道を開けるのであれば、それに協力しないということはないのだ。
 

 
 
 ニコラスにクラウディアの部屋へと案内するように侍従に告げ、ニコラスはベイリーの執務室を出た。
 
 クラウディアの部屋は屋敷の南側に面した二階で、その部屋は彼女らしいと言える壁紙と家具が置いてある落ち着いた雰囲気のする部屋だった。ではないのが、クラウディアだからなのかもしれない。
 そして先に案内されていたサラが、クラウディアのベッドの横に座り、彼女の顔を覗き込んでいた。その表情はあの苦しんでいる時とは違い、落ち着いた穏やかな顔をしていた。
 

「ディアの寝顔、可愛いわね…」


 サラが優しい笑顔を浮かべ、可愛い妹を見るような顔でクラウディアを見つめた。
 前にウィルバートの屋敷で見たあの寝顔と同じ、落ち着いているのがわかってニコラスも少し笑みが零れた。

 
「そうだな…穏やかな顔をしているな」


 ニコラスもホッとした。あの苦しんでいる表情が頭から離れなかった二人は、穏やかな彼女の顔を見て心から安心したのだった。あとは、目覚めてくれることを願うだけだった。
 

「ディア、あなたと一緒に練習したいわ。早く良くなって、訪ねてきて」


 サラの声が聞こえたのか、クラウディアが微笑んだような気がした。
 
 ベッドの周りには、様々な花が飾られている。家族が用意したものや、リオネルが送ったものもあった。ニコラスもテオドールも同様だった。
 

「この花を見ていると、ディーが大切にされているのがわかるわね」

 
 サラの言葉に頷きながら、ふと前にあるカードに目が留まる。それはサラも同じだったようで…

 
「これ…『R』って誰かしらね?ローラントじゃないし、リオネル様でもないでしょ?」
 
「ああ、リオネルは『L』だからな」


 花を送ってくるという事は、今のクラウディアの状況を知っているという事だが、このことは口外しないことになっているはずだった。絞り込めば辿り着くだろうが、今回の関係者に『R』が付く人物はいないはずだ。どう考えても該当者が出てこないと口々にそう言った。
 

「兄さんたちの知らない人かしら?二人とも、大丈夫なの?」


 送り主はおそらくだろうと直感で感じたサラは二人にそう言ったのだが、彼らの表情を見てその人物が思い当たらないのだと気が付いた。
 

「兄さん達の知らないディアの生活もあるんだから、詮索しない方が良いわよ」


 サラからそう言われたのだが、二人とも内心穏やかではいられなかった。
 ニコラスは頭をフル回転させて思いついた『R』は以前、練習の時に見かけたベルナウ子爵令息のロスのことだけだった。


 彼の綴りは『Ross』だからだ。
 

 
 
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