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第八章

163 それぞれの想い

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 クラウディアが休んでいる部屋へ向かう廊下で、テオドールが歩いてくるのが見えた。
 この日、昼からクラウディアの所へ来ていたのだが、明日は朝から仕事に出るため帰るところだったのだろう。
 

「テオ、帰るのか?」

「ああ、今日も、まだ目覚めないようだし、また来るさ」


 テオドールは、ニコラスと一緒にいるリオネルを見て、その回復を聞いてはいたが、これほどのものかと目を見張った。
 そして一言二言話をして、一度クラウディアの部屋へと戻り話すことにした。
 
 
 部屋に入るとノーマが出迎えたが、他にいたのはデフュールの侍女ではない。ニコラスの話から、ウィルバートから来たのだろうと考えたが、リオネルにとってはそんなことはどうでもよかった。
 

「クラウディア…」


 テオドールが表情の暗いリオネルを見て、複雑な気持ちになる。もちろん、ニコラスも同じだが、その表情からは感情は読み取ることはできないほど、完璧に心の内を隠しきっていた。

 
「クラウディアどうして…」


 リオネルはクラウディアの側へ寄ってその顔を見つめ、途切れることなく流れ落ちる涙を拭うこともしなかった。

 その時、また発作のようにクラウディアに激痛が走ったかのように声を上げた。
 彼女を抱きしめたい気持ちが溢れてくるが、それをテオドールが止めた。
 首を横に振り、テオドールは他の誰にも見せることのない顔をしながらクラウディアを見て、リオネルをその場から引き離した。


 今のクラウディアに触れられるのは魔力のないものだけと決められていた。
 触れれば痛みが走るのは双方だろうと言うことだが、誰もが自身に痛みが走っても構わないと思っている。だが、クラウディアが苦しむことは耐えられないのだから、その手に触れたくとも、苦しむ彼女の背中をさすってやりたくても、何もできずにただ、見守ることしかできない己の不甲斐なさを歯痒く思っていた。

 
 ―――あの痛みを、君が背負っているなんて耐えられない…僕に何ができる?君の側にいても、触れることもできない。ただ辛そうな君を見てるだけしかできない。ああ、なんて非力なんだ。


 リオネルは何もできない自分に、自分の痛みを負わせてしまったという罪悪感で、その心は壊れそうなほど締め付けられていた。



 
  ◇ ◇ ◇ 
 
 


 テオドールが帰りリオネルを部屋へと連れて行き眠りにつくのを見届けてから、ニコラスは父親の元へと向かった。リオネルの状態の報告をするためだが、その心は冷え切ったままだ。


「ニコラス、リオネルはどうだ」
 
「体調に関しては、しばらく経てば戻るでしょうが、精神面は最悪ですね…クラウディアに会って、更にテオドールがいたことで相当堪えているようです」
 
「そうか……それで、お前はどうなのだ?」
 
「それを私に聞くのですか?彼女が魔力に反応しないのなら、私が側に付いていますよ。テオドールにだってリオネルにだって譲りません。しかし、このデフュールで、しかも長子という手前、醜態をさらす訳にいかないでしょう。相当我慢しています。わかりますか?」
 

 ニコラスには珍しく感情的に言葉を言い放ち、焦りの色と落胆の色と入り交じる複雑な表情をしているその息子の姿に、ランベールは驚いた。

 
「そうだな…お前は、彼女と親しいからな…」
 
「父上は私と彼女の関係が、そんな簡単な一言で済むと?」


 ニコラスの瞳は非難するように父親を見つめた。
 

「今は譲りますが、二人が元気になれば遠慮はしません。それが弟であれ、親友であってもです」
 
 
  そうはっきりと告げたニコラスは、ランベールの執務室を出て自室へと戻った。
 苛立ちの原因もその正体も、解決方法もわかっていても何もできない今の状況に、ただ、耐えるしかなかったのだ。

 


 


 ◇ ◇ ◇





 
 
「リオネル…」
 
「父上…」
 
「体はどうだ?」


 ランベールはニコラスの言っていた意味がリオネルの顔を見て理解できた。
 憔悴しきったその姿は、体が弱っているのではなく、心が弱っているのだとはっきりとわかるほどで、食事もほとんど残しているとの報告も相まって、どうにかしなければと焦り始めた。

 
「父上、私はどうしたらいいのですか。まともに動くこともできず、クラウディアの側にも居られない…」


 リオネルは横にしていた体を起こし、ランベールに気持ちを吐露した。起きていると、どうしても考えてしまう。痛みがないと思うと、クラウディアが苦しんでいる顔を思い出すのだ
 そして眠ると、あの日の光景が夢に出てくる。そして何より、自分が自由に動けないということが、リオネルの心に影を落としていた。

 
「彼は、テオドール殿は……」


 テオドールのクラウディアを見つめる目を思い出し、知らず知らずに唇をかんだ。噂では聞いていたが、こう自ら目でその事実を知ると辛いものがあった。
 自分よりも何もかもが上の存在。
 自分よりも優秀な存在が、己を苦しめる。

 
「自信を持て、リオネル」
 
「しかし、今の私に何ができるのですか!」


 年の割にがっしりとしていたであろうリオネルだが、今の姿はとても小さく見えた。
 リオネルもニコラスも自身の可愛い息子たちだ。どちらを贔屓するということはないのだが、こうして弱い姿を見せられると、その気持は弱い方に傾くのも人というものかもしれない。


「父上…父上……」


 リオネルが、こんなに弱さを見せたことなど今までに一度もなかった。それほどまでにクラウディア嬢に本気なのだろうかと、ランベールはリオネルを抱きとめながら考えていた。
 
 
 
 


 ◇ ◇ ◇




 
 
 ランベールはリオネルが精神的に弱っている姿を見て、正直、衝撃を受けた。
 クラウディアの存在がそれほどまでリオネルに影響を及ぼしているとは思っていなかったからだ。
 恋情の気持ちは持っていると知ってはいたが、まさかこれほどとは考えていなかったのだ。

 このままだとリオネルはダメになる。何とかしなければならないが、一番の問題はテオドールなのだろう。そう考えたランベールは、翌朝一番にベイリーに使いを出した。
 


 



 仕事の合間に王宮の一室で会う約束をしていた二人は、午後になり時間ができた為にようやく顔を合わせることができた。お互いに多忙な役職なのだから、これでも早い方だろう。


「リオネル殿が回復しているようで何よりだ」


 心からそう思っているだろうベイリーの言葉をランベールはありがたく受け取った。
 ベイリーがクラウディアをあの場に連れてくるという判断をしなければ、とうの昔にリオネルはこの世にいなかったのかもしれない。いたとしても、後遺症に苦しむ人生になっていたことだろう。そう思うと、感謝してもしきれないのだから。



「実は、そのリオネルの事なのだが……」


 ランベールは前日にリオネルと話し合ったことを包み隠さずに話した。デフュールの屋敷にクラウディアいると二人の…ニコラスとリオネルの心情に強い影響があることが否めなかったのだ。

 
「そうか……そこまで思い詰めているか…」

「親ばかだがな、私は息子たちの願いをかなえてやりたいと思っているが、こればかりはな…」

「私もそろそろかと思っていたのだ。クラウディアの状態も良くなってきた頃だしね。それに、リオネル殿にはクラウディアとジェラルドを救ってもらっているし、嫌とは言えないね」

「悪いな…まあ、正直、ニコラスも自分の立場を理解しているからか、表には出さないが、相当我慢しているようだ」

「ニコラス殿は、お前の跡を継ぐことをしっかりと考えて、他人の前で気持ちを抑え込んでいるのだろう。私も彼には悪いと思っているが…また後日にでもこちらから詫びを入れよう」


 その日のうちに、クラウディアのクロスローズの領地へ帰ることが知らされた。
 
 











 ベイリーが到着し、一緒に来た数名がクラウディアを連れていく。


「ランベール、今まで長い間、すまなかったね。だいぶん容態も落ち着いたことだし、そろそろ領地へ連れて行こうと思う。心から感謝する」


 頭を下げ、礼を言うベイリーに、ランベールが答えた。


「こちらこそ礼を言う方だ。本当に、色々と迷惑をかけた。ありがとう」
 
「リオネル殿、この度はジェラルドを助けていただいたこと、心からお礼を言う。ありがとう。怪我を早く治して、また我が家に遊びに来てくれ」

「いえ…私こそ、クラウディアにこのような苦痛を与えるようなことをして、申し訳なく思っております」

「それは気にしなくてもいい。クラウディアの意志でやったことだからね。それだけの考えや想いがあったということだ。そう思わないか?」


 リオネルはクラウディアのそのがどんなものかわからないが、少しでも自分の事を考えてくれているのかもしれないと思うと、少しだったが心の重しが軽くなったような気がした。


「それと、テオドール殿。ウィルバート公爵家にも謝辞を伝えよう。本当にありがとう。」

「いえ…こちらこそ。至らぬところもあったと思いますが…」

「いやいや。君のことは信頼しているよ」


 そう言って、笑顔で二人を見た。


「では、これで。デフュールの皆、世話になった。ありがとう」


 ベイリーはそう言い残して、デフュールの屋敷から転移していった。
 その場に残されたリオネルは唇をかみしめ、こぶしを強く握りしめてテオドールを睨みつけるように強い意志を持った瞳で彼を見た。 

 
「テオドール殿…私はあなたよりも強くなる。あなたには負けないから、覚悟しておいてください」


 先ほどまでクラウディアがいた空間に目をやり、強く言った。


「リオネル、俺を超えるのは遠い道だ。それに…こちらも負けるつもりはない」


 そう言って、テオドールもまた屋敷を後にした。お互いがお互いに譲れないことを明確にした瞬間だった。





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