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第八章

162 目覚めたリオネル

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 リオネルがデフュールの屋敷に運び込まれて、1週間が過ぎた。

 ニコラスもカトゥリエの森での調査を終え、王弟へと渡す報告書もほぼ書き終えていた。
 その合間合間ににリオネルの様子を見に部屋を訪れていたのだが、その様子からそろそろ目覚めてもいい頃だろうと考えていた。

 クラウディアが治したとはいえ、リオネルの身体には相当なダメージがあっただろうことは間違いがない。それにクラウディアが倒れてしまった今、どこまで治癒されているのかもわからなかったのだ。
 しかし侍医は、流れ出た血が多かったこともあって、傷ではなく身体自体の回復に時間がかかり、眠っているのだろうと結論付けた。
 そしてリオネルより深刻な状態なのはクラウディアで、確実に毒は浄化されているが意識はまだ戻っていなかった。

 
「ノーマ、彼女は…どうだ?」

「ニコラス様。だいぶん落ち着いておられます。それに毒による肌の変色部分も小さくなってきています」

「そうか…良かった」


 クラウディアの眠る顔を見ながら、わずかだが笑みが漏れた。
 倒れた時の苦痛に歪む顔が頭から離れなかったニコラスは、今、目の前の穏やかな表情を浮かべているクラウディアの姿は、ニコラスに心にも少し安堵の気落ちが広がりつつあった。
 ウィルバートから来ている侍女達も良く働いているようだ。
 クラウディアがディアーナであることを知っている人間を選んだことは、テオドールの配慮だろうと思った。テオドールもまた、侍女たちの行動に対して責任を負っていると考えているので、日を置かずにデフュールの屋敷を訪れている。ということは、この部屋での出来事はすべてテオドールの耳に入ると覚悟した方がいいということだ。それを考えると、ここで弱音を吐くことも、想いを吐露することも出来ない。

 そして側に居ることも。

 クラウディアを見つめながら、気持ちを押し込めるように瞳を閉じた。

 
 ―――ディア、早く目を覚ませ
 

 ニコラスは後ろ髪を引かれながら、そのままノーマたちに後を任せて部屋を出た。

 カトゥリエへと…
 
 









 


 
 
『ああ…ここはどこだ?私はどうしていた…』


 リオネルはうっすらと目を開け、見慣れた天井に気が付いた。そしてそこにはニコラスが誰かと話しているのが見えた。
 

「……兄上?」


 リオネルが渇いた喉から絞るように声を出してニコラスに呼びかけた。その微かな声が耳に届き、驚いて振り返ったニコラスは目を潤ませ、侍医を呼ぶようにメイドたちに告げた。
 

「リオネル…気が付いたか。良かった…何があったかは、覚えているか?」

 
 ―――何があったか?確か、討伐へ行ったことは覚えている。そこで…
 

「兄上、ジェリーは…ジェラルドは無事ですか」
 
「ああ、無事だ。他には被害はない。お前は、自分の事だけ考えろ」


 しっかりと受け答えができるリオネルに、ニコラスもホッとして笑顔になった。


 

 
 
「リオネル様、気が付かれましたか?」


 呼ばれた侍医が、目を覚ましたリオネルを見てほんの少しだけ驚きの表情を見せたが、何事もなかったように診察を始めた。
 

「しばらく意識が戻らなかったのですから、私の許可がない限りは部屋からもでてはいけません。横になって、しばらくは体の回復だけを考えてください」


 身体に巻かれている包帯を取り換える際に、リオネルの目に入らないように気を付けながら、その傷を確認した侍医だが、目を疑うことなくほとんど完治と言っていい状態に言葉が出なかった。
 そしてニコラスと視線を交わし、リオネルに「薬を飲んでゆっくりと休んでいろ」とニコラスは声をかけて部屋を出ていった。
 
 リオネルが目覚めたことは、その日のうちに関係者に知らされたが、クラウディアはまだ痛みの中を彷徨い、リオネルが目覚めたことは知らないままだった。
 

 
 リオネルはニコラスから言われた通り、処方された薬を飲んでベッドに横になっていた。
 自分の剣の腕や魔術の腕が未熟だと思い知らされ、もっと上手く立ち回れたはずだと、あの光景が脳裏に浮かび、自分の足りない部分を何度も何度も突きつけられていた。


『もっと…もっと強くならないと、彼女を守れない』


 微睡んでいく意識の中、大切な人の姿を思い浮かべる。

 
 ―――会いたい。クラウディアに会いたい。
 
  













 
 もう外は夜の帳が下りたようで、部屋には小さな明かりが灯っていた。

 そして薬の影響下のリオネルの意識がうっすらと、まだ眠りにつくかつかないかの時に、遠くで誰かが話している声が彼に届いた。

 
「旦那様たちはリオネル様にお伝えしないのかしら…」
 
「本当よね。あんなに心配していらしたのに…」
 
「まさかお倒れになるんてねぇ…」
 
「確か、クラウディア様でしたわね、父君の公爵様も心痛でしょうに…」
 
 
 リオネルの微睡む意識の中、眠りに落ちる寸前に聞こえた話に、耳を疑い、眠気など一瞬で吹き飛び、目が覚めた。

 
「今の話は…本当なのか!!」
 
「リオネル様!お休みではなかったのですか」
 
「君たちの話が聞こえて、目が覚めた。それで、その話は本当なのか!頼む、教えてくれ」


 部屋付きの侍女が困った顔をして顔を見合わせた。一人は慌てて部屋を出ていったが、残された者たちは自分たちの失言したことに焦ってどうにかこの場を取り繕うと思うものの、リオネルの真剣な言葉からは逃れられないようだ。
 

「君たちから聞いたことは言わないから、頼む。教えてくれ!」
 
「…わかりました」
 
「リオネル様がここへ運び込まれてすぐにお嬢様がいらっしゃいました。そして、お側にいらっしゃったのです」


 侍女は困った顔をしてお互いの顔を見合わせながら、その時の姿を思い出すように言葉を選んで話しを続けた。
 

「そして、急にお倒れになられたのです」
 
「倒れた…?それで今どこに?クロスローズの領地か?王都の屋敷か?どこだ!」
 
「……このお屋敷に滞在されております」
 
「ここに…?どこにいる?どの部屋だ?」
 
「申し訳ございません。そこまでは存じ上げません」
 
「そうか、わかった…」


 リオネルはクラウディアがこの屋敷にいることを聞いて、彼女を探しに行こうとすぐに起き上がってベッドから降りた。ずっと寝ていたこともあり、その足には力が入らず、立ち上がっても足がふらつき、まともに歩けない。
 しかし、それでもその身体を無理やりに動かそうと、必死な顔で足掻くように一歩を進める。

 
「いけません。リオネル様。無理をされては身体に触ります!」
 
「頼む、行かせてくれ!」
 
「いけません、せっかくここまで回復されたのですよ。今動いたら悪化します!」


 先ほど部屋から飛び出した侍女が人を呼びに行ったようで、慌てた様子のニコラスが部屋へ飛び込んできた。

 
「リオネル!何をしている。今休んでいないと回復しないだろう!」
 
「兄上!クラウディアがここにいるのですよね。なぜ言ってくれないのですか!私に…なぜ…」


 リオネルの表情は怒りから悲しみに変わっていった。余計なことをリオネルの耳に入れたものだと侍女をチラリとみる。視線を向けられた侍女たちは、ニコラスからの咎める視線に耐えられずに下を向き、自分達にその咎が向かないように祈るだけだった。

 
「リオネル……これは公爵の意志だ。お前には伝えるなと言われている」
 
「なぜ…ですか?公爵は私が信用できないとおっしゃっているのですか…」
 
「そうではない…お前の体を思ってのことだ」
 
「しかし、倒れたのはなぜですか?クラウディアは無事なのですか?」


 リオネルはクラウディアが倒れたと聞いて、今どうしているのかを知りたいのだと、少しでも顔を見たい気持ちも見え隠れするものの、心から彼女の身を案じていることを口にして、伏し目がちになったニコラスを問い詰めるが、なかなか口を開こうとはしなかった。

 
「私がどれほど…」


 そう言うと、リオネルの目から耐えていた涙が流れた。

 ニコラスもリオネルの気持ちはわからないわけではないのだから、覚悟を決めて人払いをしてからその重い口を開いた。

 
「……ディアは、お前が侵された毒を自分に移した。回復が遅く、未だ目覚めてはいない。意識がないままだ」


 ニコラスが伝えたその衝撃的な言葉に、リオネルは目の前が暗くなった。
 リオネルはあの日、激痛に襲われていたのは覚えていた。そしてその痛みは、今は一切感じないことも。もし、その痛みが毒によるものなら、クラウディアはあの激痛に耐えているという事なのだろうかと血の気が引き、背筋に冷たいものが走った。
 

「兄上。クラウディアに会わせてください。お願いします」


 リオネルはニコラスに必死に頼み込んだ。
 今を逃したら、自分が回復するまで、この部屋から出ることもできなくなるだろうとわかっていたからだ。


 
 
 
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