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第八章
160 コルビーとニック
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ニコラスが野営地に戻ると魔術院からもう一人来ていたようで、テオドールと一緒に話をしているのが見えたが、そのままテントの中へと入り、テントの中央に設置されたテーブルを囲むように彼らと共に座り、ヒューとジェイデンが先になにやら話し合ってから、その後でニコラス達に説明を始めた。
「ニコラス殿、この魔術陣は一種の転移陣です。本来のものより簡易になっているので、通った魔物に変異が起こったものと思われます」
そんな魔術陣の存在など今まで聞いたことがなかったニコラスは、思わず「そのようなものがあるのか?」と驚き声を上げてしまう。
「王国建国の遥か以前に、前線や罠としに仕掛けるという方法で使われていたことは古文書の解析でわかっています。この中央に配置する魔石の純度や大きさによって、陣へ反映される威力が変わるのですが、回収した欠片から見て、相当強い魔物の転移が行われたものと思われます。ただ、今では扱える人間はいないはずですが、実際に使用されたという事は、どこかに術者がいるということになります」
「では、その術者が魔物を操ったと?」
「ええ、それも捕らえていた魔物を転移させたと思われます。しかし、魔術陣と魔石をもっと解析する必要があるので、確定では…。しかし、この陣であれば発動するとすぐに転移が開始されるはずなので、近くに術者か発動者がいたと思われます」
ニコラスはあの日、周囲に人の姿はなかったと思い返していた。他の参加者に聞いてみて、目撃者がいれば今の説明が真実だと言えるのだ。しかし、こんなことをする意味があるのかと、何か理由があるのかと考え込む。そしてニコラスとヒュー以外はテントを出ていき、それぞれの持ち場へと戻った。
「ニコラス殿。怪我をされたのはあなたの弟君と伺いました。ご容態はどうなのですか?」
「気を使わせたようですまないな。峠も超えたので、もう大丈夫だ。ありがとう」
「それに…彼女は……」
ヒューが小声で言ったその言葉をニコラスは聞き逃さなかった。
「彼女…とは?もしや、知っていらっしゃるのですか?」
「カルロス様より伺いました。私にとって、彼女は娘でもあり仲間であり、弟子であり、私達の意欲を刺激してくれる存在なのです。失う事の出来ないかけがえのない存在なのです。ですから、今回の調査に志願しました。……彼女は無事なのですか?」
「まだ目覚めてはいません。公爵殿の見方では時間はかかるだろうと」
「そうですか…」
何度か言葉を交わし、ヒューもまたテントを出て仲間の元へと戻って行った。
ニコラスは先ほどの説明を自分なりに書き留めながら、誰かが企んだことであれば、なぜ学生を狙ったのか。王太子を狙ったのだろうかと、色々な可能性を考えていた。
そう考えているうちにテントの幕が開き、テオドールが入ってきた。
「テオ」
「話は終わったか?ニック。お前に紹介しておきたくてな。コルビー、こいつは、ニコラス・ファロ・デフュールだ。そして、こいつは学園の同窓で、コルビーだ。魔術院で働いているんだ」
「コルビー・グリーンです。テオドール殿には学園でお世話になりました」
「グリーン?魔道具師のグリーン一族の者か?」
「知っていただけているとは光栄です」
「ニック、コルビーはディアの知り合いなんだ」
「ディアの?本当か?」
「はい。彼女とは魔術院にいる叔父の元で、魔道具について一緒に学んだ友人です」
「先ほど、ウェスト殿も言っていたな」
ニコラスはクラウディアの行動力に思わずため息が出た。その時、ルーファスがテオドールを呼びにきて、テントの中にはニコラスとコルビーの二人になった。
「ニコラス殿、間違っていたらすみません。あなたがクラウディアのお相手ですか?」
テオドールが出ていった後に突然そう言ったコルビーの顔は、間違いないだろうという自信がみえる。ニヤッとする訳ではないが、なんとなく自身があるようなそんな顔だ。
「なぜそう思う?」
「彼女が身に付けているピアスはあなたの色ですよね。それにあなたのピアスも」
ニコラスは自分のピアスに触れ、クラウディアのピアスを思い出して目を細めた。見る人が見ればわかるのだろうが、こればかりはクラウディアがディアと同一人物だと知っているから導き出せるのだろうとそう思った。
「先月、デュラヴェルでテオとクラウディアが一緒にいるところに出くわしまして、その時に彼女と話をしました。彼女は私の問いに『色々と複雑なのだ』と言っていたので、恐らくそうなのだろうと結論付けたのですが…。ニコラス殿、クラウディアはおとなしそうに見えて無茶をします。どうか倒れないように見てやってください」
「…君はずいぶん彼女の事を知っているのだな」
「付き合いだけは長いですから。だからわかることはありますよ。テオには言えないが、彼女の想い人はあいつじゃない」
そう言ってコルビーはニコラスを見た。それはあなただという確定した強い視線で。
「ふっ…そうか。確かに、無茶ばかりするな」
その無茶をして臥せっている彼女の姿を思い出し、ニコラスは胸が苦しくなり、顔を顰めてしまう。その顔を見たコルビーが何かに気が付いたのか、ハッとした表情をして口を開いた。
「もしかして…この件にクラウディアが関わっているのですか?」
「…すまないが、それは言えない。だが、彼女に助けられたのは事実だ」
その後、回収した魔石の欠片や資料を持って魔術院へと帰る姿を見送り、また一日が過ぎた。
ニコラスはコルビーから言われたことを考え、心の内が表情に出るとはまだまだだと反省し、彼が、第三者から見てクラウディアが自分を想ってくれている可能性があることを思い出し、少し笑みが零れる。
そして次の日、もう一度周辺を捜索し何もない事を確認し終わった翌日の朝に野営地を撤収し、その場を後にした。
王宮へと戻ったニコラスは、そのまま魔術院へと出向き、回収した魔石や魔術陣のことをさらに詳しく説明を受け、再度王宮へ戻り騎士団の詰め所の自室で報告書を書き始めた。
『早く書き終えて屋敷に戻らなければ』
ただその一心で、報告書に向かっているその手が動く。
そして大方まとめ上げ、後は魔術院の報告と最終の部分を残して、一旦屋敷へと戻った。
その日はクラウディアが倒れてから、もう4日が過ぎていた。
「ニコラス殿、この魔術陣は一種の転移陣です。本来のものより簡易になっているので、通った魔物に変異が起こったものと思われます」
そんな魔術陣の存在など今まで聞いたことがなかったニコラスは、思わず「そのようなものがあるのか?」と驚き声を上げてしまう。
「王国建国の遥か以前に、前線や罠としに仕掛けるという方法で使われていたことは古文書の解析でわかっています。この中央に配置する魔石の純度や大きさによって、陣へ反映される威力が変わるのですが、回収した欠片から見て、相当強い魔物の転移が行われたものと思われます。ただ、今では扱える人間はいないはずですが、実際に使用されたという事は、どこかに術者がいるということになります」
「では、その術者が魔物を操ったと?」
「ええ、それも捕らえていた魔物を転移させたと思われます。しかし、魔術陣と魔石をもっと解析する必要があるので、確定では…。しかし、この陣であれば発動するとすぐに転移が開始されるはずなので、近くに術者か発動者がいたと思われます」
ニコラスはあの日、周囲に人の姿はなかったと思い返していた。他の参加者に聞いてみて、目撃者がいれば今の説明が真実だと言えるのだ。しかし、こんなことをする意味があるのかと、何か理由があるのかと考え込む。そしてニコラスとヒュー以外はテントを出ていき、それぞれの持ち場へと戻った。
「ニコラス殿。怪我をされたのはあなたの弟君と伺いました。ご容態はどうなのですか?」
「気を使わせたようですまないな。峠も超えたので、もう大丈夫だ。ありがとう」
「それに…彼女は……」
ヒューが小声で言ったその言葉をニコラスは聞き逃さなかった。
「彼女…とは?もしや、知っていらっしゃるのですか?」
「カルロス様より伺いました。私にとって、彼女は娘でもあり仲間であり、弟子であり、私達の意欲を刺激してくれる存在なのです。失う事の出来ないかけがえのない存在なのです。ですから、今回の調査に志願しました。……彼女は無事なのですか?」
「まだ目覚めてはいません。公爵殿の見方では時間はかかるだろうと」
「そうですか…」
何度か言葉を交わし、ヒューもまたテントを出て仲間の元へと戻って行った。
ニコラスは先ほどの説明を自分なりに書き留めながら、誰かが企んだことであれば、なぜ学生を狙ったのか。王太子を狙ったのだろうかと、色々な可能性を考えていた。
そう考えているうちにテントの幕が開き、テオドールが入ってきた。
「テオ」
「話は終わったか?ニック。お前に紹介しておきたくてな。コルビー、こいつは、ニコラス・ファロ・デフュールだ。そして、こいつは学園の同窓で、コルビーだ。魔術院で働いているんだ」
「コルビー・グリーンです。テオドール殿には学園でお世話になりました」
「グリーン?魔道具師のグリーン一族の者か?」
「知っていただけているとは光栄です」
「ニック、コルビーはディアの知り合いなんだ」
「ディアの?本当か?」
「はい。彼女とは魔術院にいる叔父の元で、魔道具について一緒に学んだ友人です」
「先ほど、ウェスト殿も言っていたな」
ニコラスはクラウディアの行動力に思わずため息が出た。その時、ルーファスがテオドールを呼びにきて、テントの中にはニコラスとコルビーの二人になった。
「ニコラス殿、間違っていたらすみません。あなたがクラウディアのお相手ですか?」
テオドールが出ていった後に突然そう言ったコルビーの顔は、間違いないだろうという自信がみえる。ニヤッとする訳ではないが、なんとなく自身があるようなそんな顔だ。
「なぜそう思う?」
「彼女が身に付けているピアスはあなたの色ですよね。それにあなたのピアスも」
ニコラスは自分のピアスに触れ、クラウディアのピアスを思い出して目を細めた。見る人が見ればわかるのだろうが、こればかりはクラウディアがディアと同一人物だと知っているから導き出せるのだろうとそう思った。
「先月、デュラヴェルでテオとクラウディアが一緒にいるところに出くわしまして、その時に彼女と話をしました。彼女は私の問いに『色々と複雑なのだ』と言っていたので、恐らくそうなのだろうと結論付けたのですが…。ニコラス殿、クラウディアはおとなしそうに見えて無茶をします。どうか倒れないように見てやってください」
「…君はずいぶん彼女の事を知っているのだな」
「付き合いだけは長いですから。だからわかることはありますよ。テオには言えないが、彼女の想い人はあいつじゃない」
そう言ってコルビーはニコラスを見た。それはあなただという確定した強い視線で。
「ふっ…そうか。確かに、無茶ばかりするな」
その無茶をして臥せっている彼女の姿を思い出し、ニコラスは胸が苦しくなり、顔を顰めてしまう。その顔を見たコルビーが何かに気が付いたのか、ハッとした表情をして口を開いた。
「もしかして…この件にクラウディアが関わっているのですか?」
「…すまないが、それは言えない。だが、彼女に助けられたのは事実だ」
その後、回収した魔石の欠片や資料を持って魔術院へと帰る姿を見送り、また一日が過ぎた。
ニコラスはコルビーから言われたことを考え、心の内が表情に出るとはまだまだだと反省し、彼が、第三者から見てクラウディアが自分を想ってくれている可能性があることを思い出し、少し笑みが零れる。
そして次の日、もう一度周辺を捜索し何もない事を確認し終わった翌日の朝に野営地を撤収し、その場を後にした。
王宮へと戻ったニコラスは、そのまま魔術院へと出向き、回収した魔石や魔術陣のことをさらに詳しく説明を受け、再度王宮へ戻り騎士団の詰め所の自室で報告書を書き始めた。
『早く書き終えて屋敷に戻らなければ』
ただその一心で、報告書に向かっているその手が動く。
そして大方まとめ上げ、後は魔術院の報告と最終の部分を残して、一旦屋敷へと戻った。
その日はクラウディアが倒れてから、もう4日が過ぎていた。
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