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第八章
154 葛藤
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血の付いた服を着替えてからリオネルのいる部屋へ行くと、ベイリーとランベールが苦い顔をしてリオネルを見ていた。その表情は心配しているという以上の、なにか複雑な感情が混ざっているようだった。
「クロスローズ公爵、よろしいですか?クラウディア嬢が先ほど言った『運命は変わらない』とは、どういう意味なのか教えていただけませんか?」
ニコラスの言葉にベイリーは黙った。
「色々と複雑なのだ……」
ベイリーはランベールを見て、伏し目がちにため息をついた。
「ランベール……」
声をかけてベイリーが視線を向けた。
その視線の意味が分かったのか、ランベールは目を閉じて頷いた。そしてニコラスに話をしようと声をかけて執務室へと移動した。
◇ ◇ ◇
「すまない。ランベール……事故はアルドーレでだと決めつけたこちらの落ち度だ」
「今、それを話しても何もならない。一度目と時期がズレてしまうことは我々でもどうすることも出来ないだろう。時期が変わったという事は、結果も変わると考えることができる。今は、見守ることしかできんが、きっと…きっと大丈夫だ」
ベイリーはランベールに自分の浅慮だったと謝罪をしたものの、ランベールはそれを前向きにとらえた。あえて、そう考えるようにしたのだ。そうしないと、心が折れてしまいそうな、大切な息子を永遠に失ってしまいそうで怖かったのだ。
そしてベイリーはその場に来ていたニコラスの顔を見て、その重かった口を開けた。
「ニコラス殿。以前、君がクラウディアの件で私の元を訪ねて来た時に、私が言ったことを覚えているか?」
「『時が来れば分かる事だ』とおっしゃられた事ですね」
「ああそうだ。それを今、君に話そう。しかし、今から話す事は特秘事項だ。詳細を知っている人物はわずかしかいない」
「聞かせてください。今回のリオネルの事も関係しているのでしょう?」
「リオネル殿の事は、今から話す内容のほんの一部に過ぎない。いいかい…君はクラウディアを守ってくれると信じているからこそ、話すのだ。…これは今から六年前に始まったことだ」
そして、ニコラスはベイリーの話すことを一字一句逃さないように聞いた。
◇ ◇ ◇
ベイリーが話し終えた後、ニコラスは執務室を出てどこへ向かうでもなく廊下を歩いていた。
その顔は深く考え込んでいるのがわかるほど眉間にしわが寄り、その目には困惑の色が浮かんでいた。
――― ディアが時間を戻ってきた?そんなことがあるのか?彼女から時折感じる、あの大人びた雰囲気はこれが原因なのか?
王家の凋落と王国の衰退…そんなことが起こるのだろうか。しかし、今回の異常な魔物の発生は、確かにおかしい。そうなるとこの先、同じようなことが起きないとは限らない。
気が付くとクラウディアが眠っているベッドの横に立ち、彼女の顔を見つめていた。そして、こんなに小さな体でどれだけの事を一人で抱えているのだろうかと心配になった。
「お前になぜ剣を習うのかと聞いたときに、自分の身を守れるようにと言っていたが、これが理由か。自分が殺されるかもしれないから……。だから、俺の気持ちも受け入れようとしないのか。なあ、ディア…」
彼女の顔を見ていると、ニコラスは自分にできることは何があるのだろうかと考えた。ただ側に居るだけではだめなのだろうか。クラウディアに安心してもらえるにはどうしたらいいのだろうか。
そう考えている瞬間、リオネルのことを思い出すことはなかった。ベイリーから聞いた情報を処理することで、頭の中は一杯だったのだ。
ニコラスはしばらくの間、その場でクラウディアの顔をただ見ていた。
クラウディアの元を離れリオネルの元へと向かったが、その状態は連れてきた時と変わらず、苦痛にゆがむ顔を見ているのが辛い。そしてもっと自分がしっかりしていればと、何度も何度も考えた。
―――そういえば、皆は大丈夫だろうか。あれから、魔物が発生したりしていないだろうか。
自分はリーダーの立場なのだ。実戦講習の全ての責任がある。
テオドールやシモンがいるのだから安心だろうが、だからと言ってすべてを任せていい理由にはならない。
リオネルの事は医師たちに任せるのが一番だと気持ちを切り替えて、すぐにカトゥリエの森へと引き返した。
そして翌日の朝から王宮にて緊急の報告会が開かれ、リーダーを務めた四名とリオネルの容態を聞くためにランベールが呼ばれていた。
「クロスローズ公爵、よろしいですか?クラウディア嬢が先ほど言った『運命は変わらない』とは、どういう意味なのか教えていただけませんか?」
ニコラスの言葉にベイリーは黙った。
「色々と複雑なのだ……」
ベイリーはランベールを見て、伏し目がちにため息をついた。
「ランベール……」
声をかけてベイリーが視線を向けた。
その視線の意味が分かったのか、ランベールは目を閉じて頷いた。そしてニコラスに話をしようと声をかけて執務室へと移動した。
◇ ◇ ◇
「すまない。ランベール……事故はアルドーレでだと決めつけたこちらの落ち度だ」
「今、それを話しても何もならない。一度目と時期がズレてしまうことは我々でもどうすることも出来ないだろう。時期が変わったという事は、結果も変わると考えることができる。今は、見守ることしかできんが、きっと…きっと大丈夫だ」
ベイリーはランベールに自分の浅慮だったと謝罪をしたものの、ランベールはそれを前向きにとらえた。あえて、そう考えるようにしたのだ。そうしないと、心が折れてしまいそうな、大切な息子を永遠に失ってしまいそうで怖かったのだ。
そしてベイリーはその場に来ていたニコラスの顔を見て、その重かった口を開けた。
「ニコラス殿。以前、君がクラウディアの件で私の元を訪ねて来た時に、私が言ったことを覚えているか?」
「『時が来れば分かる事だ』とおっしゃられた事ですね」
「ああそうだ。それを今、君に話そう。しかし、今から話す事は特秘事項だ。詳細を知っている人物はわずかしかいない」
「聞かせてください。今回のリオネルの事も関係しているのでしょう?」
「リオネル殿の事は、今から話す内容のほんの一部に過ぎない。いいかい…君はクラウディアを守ってくれると信じているからこそ、話すのだ。…これは今から六年前に始まったことだ」
そして、ニコラスはベイリーの話すことを一字一句逃さないように聞いた。
◇ ◇ ◇
ベイリーが話し終えた後、ニコラスは執務室を出てどこへ向かうでもなく廊下を歩いていた。
その顔は深く考え込んでいるのがわかるほど眉間にしわが寄り、その目には困惑の色が浮かんでいた。
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「お前になぜ剣を習うのかと聞いたときに、自分の身を守れるようにと言っていたが、これが理由か。自分が殺されるかもしれないから……。だから、俺の気持ちも受け入れようとしないのか。なあ、ディア…」
彼女の顔を見ていると、ニコラスは自分にできることは何があるのだろうかと考えた。ただ側に居るだけではだめなのだろうか。クラウディアに安心してもらえるにはどうしたらいいのだろうか。
そう考えている瞬間、リオネルのことを思い出すことはなかった。ベイリーから聞いた情報を処理することで、頭の中は一杯だったのだ。
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―――そういえば、皆は大丈夫だろうか。あれから、魔物が発生したりしていないだろうか。
自分はリーダーの立場なのだ。実戦講習の全ての責任がある。
テオドールやシモンがいるのだから安心だろうが、だからと言ってすべてを任せていい理由にはならない。
リオネルの事は医師たちに任せるのが一番だと気持ちを切り替えて、すぐにカトゥリエの森へと引き返した。
そして翌日の朝から王宮にて緊急の報告会が開かれ、リーダーを務めた四名とリオネルの容態を聞くためにランベールが呼ばれていた。
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