上 下
152 / 213
第八章

143 ロスの訪問

しおりを挟む
 三カ月前に、ロスをトランの研究施設のみんなと顔合わせをしたときに、みんなに調べて貰っていたコンパニオンプランツ等の実験結果が、もう少しでよい結果を報告できると聞いていた。
 結果はロイが届ける事になっていたので、このところ彼が訪ねてくることを心待ちにしていたのだ。


「クラウディア、ほら、待ってたやつ」

「それで、どうだったの?」


 封筒を開けながら、読むのが待てずにロスに聞いた。その姿を見て笑いながらクラウディアの顔を見た。


「読めばわかるだろう?せっかちだな」

「だって、早く知りたいもの」


 ロスの口調は出会った頃とは違い、くだけた感じになっていた。
 何度も会って話をするうちに口調が変わっていったのだが、クラウディアからすると正直その方が楽だった。年齢はロスのほうが10歳も上なのだが、彼の笑顔を見ていると、どういうわけか気が緩む。

 手渡された封筒から出した報告書には、色々な植物を混ぜてみた結果が表で記されており、結果は見てすぐわかるようにまとめられていた。


「この報告書、ロスがまとめたの?」

「ああ、ここ数日、トランに泊まり込みで仕上げた。表にしたら一目瞭然だったから、早く知らせたくてな。それに、まだ他のも試しているから、少し時間はかかるが待っていろ」

「そうなの?あんまり無理しないでよ?」

「なに?癒してくれるのか?」


 そう言いながら、ロスはクラウディアの肩を抱いてくるのだが「はいはい、冗談はやめてね」と簡単にあしらう。
 ロスの容姿は格好いいと思うし、彼の言うセリフは気障っぽいところもあるのだが、ロスは八方美人なところもあり、令嬢方との色々な噂は耳に入ってくるのだ。だからこそ、揶揄われているようにしか思えない。
   
 それに、顔はニコラスやテオドールのほうが数段上なので、ある程度のイケメンには免疫が付いていた。これは本人たちには言えないことだったりする。


「それと、数種類の完成したポーションを魔塔でも鑑定をしてもらったが、間違いないそうだ。その事を説明したうえで、教会の救護院での治験も頼んである。まあ、魔塔のお墨付きだから問題はない。結果が出たら、救護院にある程度納品して様子を見るつもりだ」

「それである程度の数を読むの?」

「ああ、貴族は医者に掛かれるが、貧困層はなかなか難しいからな。数や金額を知る上でも必要なんだ」

「わかったわ。また結果を聞かせてくれる?」



 ◇



「今日は誰か来てるのか?」

「どうして?」

「外から声が聞こえるからな」

「ああ、今、お兄様達が剣の指南を受けてるのよ」

「相当厳しい先生なんだろうな」

「デフュールのニコラス様とウィルバートのテオドール様が来てるのよ。お父様からお願いされたみたいなのよね」

「ニコラスが来てるのか?」

「ニコラス様と知り合いなの?」


 そういえば、ロスの髪は色が暗いが赤だ。もしかしたら、どこかで繋がっているのだろうか。


「俺の先祖は、遥か昔にデフュールから出てるんだ。いわゆる、遠い親戚ってやつだな」

「そうなのね」


 少し見てもいいか?というロスの言葉で、庭園から鍛錬場へ続く小道を歩いていったのだが、その頃には休憩も終わり、みんなが練習を始めていた。
 そして、離れた木陰から練習を眺めながら、トランの話を色々と話をしたのだ。

 泊まっている間に食べたスザンヌの料理がとても美味しかったことや、アリソンから掃除するのだと言われて部屋を追い出された事、研究結果をまとめていると、ネイサンとジェシカが横から色々とダメ出しをしてくる事、最近、リチャードが野菜も育て始めた事などを聞いて、思わず笑顔になった。


「楽しそうね。私も随分トランに行ってないなぁ」

「みんな会いたがってたぞ。そうだ、忘れるところだった」


 そう言ってジャケットの内ポケットから手紙を取り出した。
 トランのみんなからの手紙らしく、ロスが預かってきたのだが、内容は新しい薬草や掛け合わせについてだったり、新しい抽出方法だったり、色々と質問がしたいと書いてあったのだ。


「こんな風に手紙を貰えるのって嬉しいわ」


 思わず涙ぐみそうになり、ロスに肩を抱かれながら「会いに行けばいいんだよ」と言われて、今度行ってこようと考えた。


「そうね。時間が出来たらゆっくりと訪ねようかな」

「マシュー殿も忙しいだろうから、俺が一緒に行くよ」

「前に…俺がトランに初めて行ったとき、昔の薬草の事を話していただろう?」


 月虹草や玉蜻草の事を言っているのだと思い、頷いた。


「それを、俺なりに調べているんだ。もう少しでいい結果が報告できるかもしれない」

「何かわかったの?…それとも、見つかった??」


 思わず、ロスに詰め寄り、胸元を掴み上げるような感じになってしまい、令嬢らしからぬ振る舞いに気が付いてパッと離した。


「結果は楽しみに待っていて。とは言っても、まだ数か月はかかるかもしれないけどな」

「わかった。楽しみに待ってるわ」

「じゃ、そろそろ帰るな。ナッシュにも報告頼まなきゃいけないからな」


 玄関まで送ると言って、その場を後にした。しかし、二人の姿をニコラス達がしっかりと目撃していたことは、クラウディアは気が付いていなかった。





「ニック、お前、気付いてるか?」

「…ああ」


 テオドールの言いたい事はすぐにわかった。
 その場にいた二人以外は誰も気が付いてはいなかったが、この二人はすぐにわかったようで、剣を振るいながらもクラウディアがロスと一緒にいることを視界にとらえていた。


「あの色…おまえの一族だろう?」

「一族か……まあ、そうだな。何代も前のことだ。今ではほとんど付き合いはない」
 

 テオドールはロスの髪の色を見て、そう思ったのだ。王国の6代公爵家の『色』は、その家門にのみ受け継がれるもので、分家になれば、その色味が若干変わっていくのだ。その為、ニコラスやリオネルは純粋な『赤』なのに対し、ロスは黒みがかった『赤』なのだ。


「そこの家門だ?」

「ベルナウ子爵家だ。あいつは三男のロスだ」


 ロスはニコラスの1歳上なので、アルドーレ騎士学校でもジュネス学園でも顔を合わせる事がしばしばあった。
 デフュールの継嗣として、家系図もその繋がりも学んできているだけに、ロスの家門のことも知っていたのだ。


「ディーはどうしてあいつと知り合いなんだ?しかも、相当親しそうだな」

「あいつのことだ。下手に聞いても、言わないだろうな」


 二人はクラウディアの性格もわかっていたし、交友関係に口を出すのもどうかと思い、その場では聞かないことを決めた。機会があれば、その時に…ということになったのだ。


「もう、この辺りで終わるか…」

「そうだな…完全に集中力が切れたな」


 二人は、ロスの姿を確認してから、四人に対しての指導に熱が入りすぎたようで、そろそろ体力の限界が来ているように思え、終わりを決めた。
 それに、ロスが気になりすぎて、集中出来そうになかったのもその理由の一つだったりする。




「今日はこれで終了だ」


 疲れはてたみんなを木陰で休ませ、今日の反省点を話し始めた。
 アルトゥールはこの中でも一番礼儀正しく、一番責任感が強い。そして、向上心も人一倍あるから、教え甲斐のある生徒だ。ローラントも最近の練習を真面目にやっている事もあって、同じ学年のなかでも頭一つ出ている。だが、まだまだ練習の必要性があった。

 休んでいる姿を見て、クラウディアがメイドたちと一緒に飲み物を準備してやってきた。

 二人はさっきのことが脳裏に浮かんだものの、聞かないと決めたのだから、喉まで出かかった言葉を飲み込み、抱きしめたいと思う感情を押しやる。


「今日も大変疲れたでしょう?」


 クラウディアのその一言で、ローラントが同意を求めるようにそう発言をしたのだが、その瞳はキラキラと輝き、楽しんでいる事が丸わかりの表情をしているのがわかる。


「クラウディア嬢、ニコラス殿も兄上もやりすぎだとは思いませんか?」

「まあ、ローラント様。それだけ期待されているのですよ」 


 クラウディアも負けじと笑みを浮かべてローラントに返事をした。彼女からすると、ここまで厳しく相手をしてもらえて羨ましさを感じていたので、少し意地悪をしてやりたかったのだ。


「ローラント、彼女にそれを言うのは間違いだろう。すまない、クラウディア嬢」

「いえ、言いたい事は言うに限りますわ。でもローラント様、次回の練習ではさらに厳しくなるかもしれませんわね」

 ニコッと笑いながら、ローラントを見たのだが、彼はその言葉に視線を自身の兄へと向け、その表情に顔を青くしているようだった。
 まあ、自業自得という事で、練習を頑張ってもらうしかない。心の中で、頑張れと言っておく。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...