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第八章

136 ニコラスの参加

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 この日、先日孤児院に行って出来なかった練習をすることになり、朝からその準備を始めていた。
 今までは自主練の感じもあったが、今回はベイリーがまた誰かに声を掛けたらしく、それが誰なのかを考えていたのだが、またわからず悩んでいた。
 

「お兄様、今回もテオドール様でしょうか?」
 
「いや…そうなら父上も話してくれるだろうからな」
 

 アルトゥールもわからないようで、三人して首を捻る。だが、ベイリーが選ぶからには実力者であることは確実なので、正直言って誰でも歓迎なのだ。
 そんな話をしているうちに、ジェラルドとリオネルが揃って鍛錬場へと入ってきた。
 

「クラウディア、今日もお邪魔するよ」

「リオネル様、先日はありがとうございました。私ではあの子たちの相手をしきれなくて、助かりました」

「今度行くときも声をかけてくれると嬉しい」

「まぁ、ありがとうございます。では、遠慮なく声をかけますね。あら?そろそろお着きになる頃ですね。出迎えに行ってきますわ」
 
 
 
 
 
「クラウディア嬢、今日は世話になる」


 声を掛けられて振り向くと、そこには近衛騎士団の制服に身を包んだニコラスの姿だった。以前ベイリーが話していた通り、ニコラスも練習に参加することになったのだ。

 
「えっ?ニッ……今日はニコラス様が参加されるのですか?」


 思わず、いつも通りに話しかけそうになり、あわてて繕って一呼吸おいて話を続けた。

 
「この間、公爵に許可を貰ったからな」

「…そう、なのですね…では、こちらへ……」


 少し意地悪な笑みを浮かべながらそう話す彼の姿は、騎士団の制服がとても似合い格好いい。
 練習の時に何度も見てはいるが、なんだか緊張感が違うのか素敵フィルターが何倍にもかかってしまい、良く見えて仕方ない。
 

『ディアのドレス姿はそう見る事が出来ないからな。来た甲斐がある。とても綺麗だ』

『ちょっと…ニック、やめてよ』


 耳元で囁くように話すのがなんともこそばゆくて恥ずかしい。誰にも見られていないことを願いたい。
  そして鍛錬場の兄達のいる場所へと案内すると、驚きの声が上がる。


「兄上!…兄上が参加されるのですか?」


 リオネルがニコラスを見て、すぐに駆け寄って声をかけた。


「ああ、テオドールとはまた別だからな。三人共、限界までやるから覚悟しておけ」


 クラウディアに向ける表情とは打って変わり、騎士としての厳しい真面目な彼へと変わる。その姿はとても凛々しく、またしても見惚れてしまう。
 

「では、ニコラス様、よろしくお願いします。私はあちらにおりますので、何かありましたら声をおかけください」

「ありがとうクラウディア嬢、また後で声をかける」


 クラウディアは一礼をしてその場を後にして、少し離れたところへ移動した。側にはメアリがいるのだが、彼女には色々と話してあるのでつい本音が出る。
 

 ―――ニックか…
 

 いつも見ることのない表情で練習をしている姿は、クラウディアにとって新鮮だった。テオドールが参加している時にも感じるが、自分の知らない彼らの姿を知る度に心臓の拍動が早くなるのがわかる。
 
 
「兄上、相手をしていただけますか?」


 真剣な顔でそう言ってくる弟の顔を見て、ニコラスは嬉しかった。
 このところ、少し距離を置かれているように感じていたこともあったのだが、まあ、その理由は聞かなくてもわかっていたので、フォローすることなくそのままにしていたのだ。


「いいだろう。じゃあ、アルトゥール、ジェラルドの相手を頼む」

「はい、わかりました」

 
 場所を離れお互いに向かい合って始める。
 

「リオネル、本気でかかってこい」

「もちろんです」

 
 剣を交えると、二人の実力の差は歴然だったが、ニコラスも弟の成長を促すために良いところを引き出し、伸ばそうと的確な攻撃を仕掛け、そこを気付かせようと動いた。
 それに気付けるかどうかは本人次第なのだが、リオネルもそう鈍い人間ではないはずだ。

 ただ、今はそこまで気が回ってはいない様だった。

 
「兄上!」

「どうした?」

「兄上にとって、クラウディアはどういう存在なのですか?」


 剣を交えながら聞くことではないだろうと思うが、今のリオネルにとっては重大なことなのだろう。


「一番、大切で守りたい存在だな」

「どうして彼女なのですか?兄上なら他に…」

「それ以上言うなよ。お前にはわからないだろうが、彼女は俺の全てだ」


 リオネルの剣に力が入るとともに、ニコラスの剣にもまた力が入る。お互いに譲れない想いをその剣に乗せているように感じた。そしてその瞬間にはもう勝負が終わって、剣を下げている。


「リオネル、剣を持っている時は目の前だけを見ろ。他の事は考えるな。聞きたいことがあるなら、他の時にしろ。いいな」
 
「…はい」


 頭をポンと軽くたたき「それでいい」と声をかける。ニコラスにとっては可愛い弟なのだから、気になるのは仕方がないことだろう。
 
 その後、アルトゥールとジェラルドにも同じように相手をし、そこでもまた的確なアドバイスをする。そしてテオドールの時と同じように、数時間にわたりみんながクタクタに倒れ込むほどしごいたのだ。

 
「よし、よく頑張ったな。各自、言ったことはしっかりと覚えておけよ。今日はしっかりと休め」


 その言葉でスパルタ式の練習は終わった。



 屋敷の方へと戻るニコラスを目で追うリオネルは、その先にクラウディアの姿を目にし体を起こした。そしてちょっと行ってくると二人に言葉を残して、屋敷へ入る兄の後を追った。

 二人で屋敷に入っていったのを確認し、心臓が早くなるのを感じながら二人の後ろ姿を更に追いかけた。

 

「………」


 屋敷に入って、二人が向かった方向へ向かうと、廊下を曲がった先から話声が聞こえ、立ち止まり思わず耳を澄ませた。
 
 
「この間、お前が部屋に戻っている間にテオとサラに全部話した」

「全部って…」

「最初から全部だ。テオに問い詰められてな…だが、あいつは最初から俺の事には気が付いていて俺の口から直接聞きたいと言ってきた。まあ、これ以上あいつの好きにさせるわけにはいかないから話した方がよかったのかもしれないが…あのフェストの日のような事はもう耐えられないからな…」


 彼女の頬に手を添えて、ジッと瞳を覗き込むように彼女の顔を見つめた。だがその顔には心悲しい色が浮かんでいる。

 
「…見かけただけじゃなかったの?」
 
「あの日、お前達のことを初めて知った俺の気持ちも考えろ。公爵も知っていて俺を呼んだんだろうが……ただでさえ、ディアのことも知られたんだ、練習でも気が抜けない。テオはお前に本気だからな…」
 
「クラウディア…いつになったら考えが変わる?」

「ニック……」


 クラウディアはニコラスに抱きしめられているその温かさに、彼への想いが心の底から湧き上がるような感覚を覚える。そして、未来が心配で一歩が踏み出せない自分がいることも、もどかしかった。
                                                   

「…お茶でも準備するわね」


 そう言って応接室へニコラスを案内し、来た廊下を戻った。クラウディアがこちらに向かってくる気配を感じ、リオネルはその場を後にした。

 


 
 リオネルの頭の中を何度も何度も先ほど耳にした言葉がぐるぐる回る。
 彼女と初めて会った日のデフュールの屋敷での二人の会話と同じで、とても親しそうに話しているのを聞くと、彼女との距離が遠く感じるようで心が締め付けられるような感覚に襲われる。

 
 ―――私はどうしたらいい…二人の間に入り込む隙間はあるのか?クラウディアは外には出ないはずだ。どうして兄達とそんなに親密になる?
 

 ウィルバートでのことを全く知らないリオネルからすると疑問だらけの会話だったが、ニコラスとクラウディアの仲が思っている以上に親密なのだという事には気付いて、その場に立ち尽くした。





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