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第八章

125 デフュールの屋敷にて

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「リオネル様、旦那様がお呼びです。クラウディア様と一緒にお屋敷に来るようにとのことです」


 マークがルーベルム騎士団の上司から伝言を受けたらしく、聞いた瞬間にリオネルの顔色が少し強張るのがわかった。

 
「リオネル様、先ほどのお話、覚えていらっしゃいますか?私の責任ですからね。いいですね」


 クラウディアがリオネルに念を押すように何度も言い、デフュールの屋敷へ二人で向かった。
 しかし実際に話が始まるとどういう結末になるのかはわからないのだから、上手くいくかどうか心配で次第に胸が苦しくなるそんな感じがしていた。そもそも大人相手に子供がいくら言っても無理だろうという思いが頭のどこかでわかっているからだ。
 
 
 
 
 
 デフュールの屋敷に着き、二人で当主の執務室へと向かった。階段を一段一段足を上げるたびに、廊下の角を曲がりその執務室への距離か少しずつ近くなるたびにその心臓の拍動は早くなる。
 そして執務室の扉の前に立ち、息を整えたリオネルがその重厚な扉をノックし、中にいるランベールに声をかける。


「リオネルです」


 入れという声が聞こえ、リオネルとクラウディアがそろって部屋へ入った。
 執務机の奥に背を向けて立っていたランベールが振り向くと、ランベールの表情は複雑で、リオネルに対しては怒りもあるような感じもするが、クラウディアに対しては安堵の感じが見て取れる。
 しかしそのどちらも、今までクラウディアが見たことのない表情だった。
 

「リオネル、今日の件、騎士団より報告は受けた。それで申し開きはあるか?」


 すべて報告を受けているランベールからすると、ここで言い訳をするようであれば、そこまでの人間だったのだと思っていた。
 確かに犯罪を未然に防ぎ、被害者を助け出したことは称賛に値する。だが、それまでの経緯がランベールにとって許しがたいことだったのだ。


「いえ…ありません。クロスローズ公爵令嬢を危険な目に合わせたのは、すべて私の責任です」
 
「リオネル様!おじさま。リオネル様は悪くありません。私が悪いのです。私が勝手な行動をしたから……」
 
「クラウディア、その気持ちはわかるが、私とて君に何かあった時ベイリーに何といえばよいのだ?わかるだろう」
 
「それは…わかります。わかりますが、今回は私に原因があります。リオネル様は私を助けてくれました。おじさま!」
 
「クラウディア、今度、屋敷に行く。いいね?私達がどう思っていようと、ベイリーは知っておかねばならないし、私が言わなくてもすぐに耳に入る事だろう。ベイリーは私達公爵家の中でも、一番恐ろしい人物だからね」
 
「おじさま…」


 話は無理やり終了となり、当初、二人で話していたような結果にはならず、何の誤魔化しも効かないまま部屋を出ようと立ち上がった。
 すると知った声が部屋に響いた。

 
「父上!クラウディアが来ているのですか?」
 
「ニコラス様!」
 
「ディア!よかった…無事で。危険な目に遭ったって聞いたが怪我はないか?」


 手首に残る縛られた痕を見つけて、ニコラスはそっとその痕を撫で、痛くないかと聞いてくる。
 心配している彼の心が表れているからかその瞳は揺れ、その姿はいつもの彼からは想像できないほど狼狽えている感じがした。


「君ほどの腕なら大丈夫だろうが…心配させるな」


 愛おしい人に向ける視線をクラウディアに向け、彼女が無事だったことが嬉しくてその腕に抱きしめ、頭に口付けをする。

 
「ちょ…ちょっと……」


 ニコラスは離れようとするクラウディアに気付き、少しは腕を緩めるのだが、その甘い視線は彼女に向けられたままだった。

 
「来るのなら、先に言ってほしい」

「来る予定はなかったのよ。おじさまに誘われたの」


 ニコラスはランベールをじっと見て、言わなかったことに抗議をするような視線を向けるが、ランベールもまた、その視線を居心地が悪いような思いでそっと視線をそらした。

 
「ところで、この一件、どうするおつもりですか?」

「ニコラス…まあ、ベイリーに丸く収まるよう話はしてくるつもりだが、なにせ相手が相手だ…」

「お願いしますよ。確かにこちらに非はあるが、それでディアが外に出られなくなると、私も困るのでね」


 力は入っていないものの、まだニコラスの腕の中に納まったままのクラウディアだが、そっと距離を離そうとすると手を取られて口付けを落とされた。

 その姿を見たランベールは頭が痛くなる思いだった。
 二人が知り合いなのは知っていたが、ここまで親しいとは彼も思ってはいなかったのだ。
 このことをベイリーが知っているのかも気にかかるところだが、今はこの状況を何とかする方が先だろうと考えた。この場所にはリオネルもいるのだから。

 
「そんなこと言って、ニコラス様もお忙しいんでしょう?テオドール様も…あなたに会いたいみたいだわ」

「いや、テオが私に会いたい理由は君とのことしかないだろう?」

 
 クラウディアを正面から見つめ、そっと頬に手を添え、ニコラスのその指先がピアスに触れる。
 フッと笑いながら彼女を見つめ、いつも人に見せる事のないその優しい表情をクラウディアに向けている。そんなニコラスの姿は、その場にいるランベールでさえ今まで見たことがなかった。
 

 ―――兄上はクラウディア嬢とどういう関係なのだ?それにあのピアスは…
 

 クラウディアが付けているルビーとニコラスが付けている瑠璃に気付き、そして、兄がクラウディアに向ける優しさに満ちた表情を見て胸の奥がキリッと痛むのを感じ、その親しげな様子を憎らし気に思い、口を開いた。
 

「兄上。兄上はクラウディア嬢と知り合いなのですか?」
 
「お前に言ってなかったな。もう2年になるか?」


 クラウディアの腰に回した手を引き抱き寄せて、彼女の頭に再度口付けを落とした。
 

「もう、ニコラス様!ダメです」

「他人行儀ではなくいつものように呼んでくれ、ディア」


 更にエスカレートしそうなその態度に、クラウディアは折れた。
 いつも人前では見せることのないそんなニコラスの態度に、いくらなんでもこれはマズいと感じたのだ。


「…ニック!もうわかったから」

「ようやくか。だがなディア、いつだって側にいたいと思うのだから、こればかりは仕方ないだろう?」
 
「ニコラス、もうやめなさい。クラウディアが困っているだろう」


 渋々な表情で父親の顔を見つめながらも離れようとはしないニコラスに、上目使いで訴えていたクラウディアだった。
 
 
「仕方ない…ジェラルドも迎えに来たようだし、また今度ゆっくり会おう、ディア」


 ニコラスの周りが見えていないような態度に、リオネルは耐えられなくなり、彼の手からクラウディアを攫うように自分の側に引き寄せるた

 
「クラウディア、ジェラルドのいるところまで送ります」


 不機嫌な色を浮かべた瞳をニコラスに向け、クラウディアを連れてサッとその場を離れた。
 残されたニコラスは、不敵な笑みを浮かべその後ろ姿を見送った。
 
 
 



「クラウディアは、兄と…親しいのですね」


 寂しい表情を浮かべ、少し俯くリオネルを見て「ニック…やりすぎだったわよね」と自分が悪いわけではないが、反省したクラウディアだった。

 
「…ニコラス様には親切にしていただいて、感謝しています。リオネル様が羨ましいです。あんなに強くてお優しいお兄様がいらして」


 本当にそう思っているのだが、リオネルからすると聞きたい本質ではないことなのはわかっていた。
 彼が聞きたいのはニコラスとどういう関係なのかを聞きたいのだろう。しかし、それをクラウディアの口から言うのも…と考えていたのだ。
 

「クラウ。遅かったな」


 ジェラルドが声をかけてくれて「助かった…」と正直思った。こういう時のこういう場では兄の存在は大きい。迎えに来てくれたことを思い切り心の奥底から感謝していた。

 
「リオと出かけたと聞いて驚いたぞ」


 少し牽制するような視線をリオネルに向け、早々に帰る準備をした。長居をしても良いことはないと直感で感じたのだ。ジェラルドもまたクラウディアを過保護すぎるほど溺愛しているので、正直、学園に入るまではリオネルにも会わせるつもりはなかったのだから、いきなり出掛けたと聞いて心中穏やかではなかった。

 
「じゃあ、またなリオ」


 クラウディアの手を取り、すぐにその場を後にしようとしたときにリオネルが声をかけた。

 
「クラウディア、今度、会いに行くから待っていてくれる?」


 愛しい人に向ける優しい笑顔を浮かべて、クラウディアに声をかけてを振った。




 
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