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第八章

123 ロウファッジ伯爵

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 ロウファッジの屋敷に到着したものの、踏み込むにはクラウディアの身の安全が第一に優先しなければならない。
中の様子を把握するためにも、屋敷の内外に偵察にも何人か向かわせた。騎士団の中にも偵察を得意とするものが数名いることも都合がよかった。

 
“ディア。聞こえるか?今、屋敷の側まで来ている。今助ける”

“リオ?本当に?良かった”

   
 クラウディアは、そのリオネルの言葉が頭に響きホッとしていた。一人で出ようと思えば出られるかもしれないが、さすがにの鍵は開けられないし、服装も動きにくい。なにより、他にも被害者がいる以上、放っておくことはできなかった。
 それであれば、リオネルが助けに来ることを待って、全員が助かる道を選ぶのが正解だろう。そう考えて、自分なりにこの場の情報を集めようとした。

 
“私はまだ地下にいます。外からも出入りできるようですが、屋敷の中へ向かう階段も見えます。私が連れてこられる前から人が大勢いたようです”
 

 リオネルはクラウディアのその言葉を聞いて、領地内で人身売買が行われていたのは確実だろうと考えた。そもそも貴族家の地下牢で犯罪者を捉えておくなら、そのような大勢がいることはない。
 

“ここへ着いたとき、小さな小屋のような建物の横に馬車をとめて、すぐ近くから地下へと降りました。外から……ますか?あっ…誰か上から…した。……私を上へ…連……くよう……“

”ディー!聞こえるか?ディー!ディー!”
 

 魔道具の不具合なのか、双方の声が届きにくくなった後、クラウディアからの通信は途絶えた。その事実がリオネルの我慢の限度を超えることとなる。
 クラウディアはクラウディアで、自分の作った魔道具そのものの不具合なのか、試作品扱いだったから更に改善の余地があるのだろうとそんなことを考えていた。

 
「すぐに詳細を調べ上げ、攫われた人々は保護!くれぐれも情報は漏らさないように注意しろ!わかったな!」

「かしこまりました。ではすぐに偵察へ向かいます。確認が取れ次第、踏み込む手筈でよろしいですか」

「そうだ。一刻の猶予もない」


 リオネルの言葉で騎士団が一斉に動き出し、ロウファッジ邸へと侵入を開始した。


 
 
 
 
「そこのきれいなお嬢さん。主がお呼びだ。ついてこい」


 どう見ても、まっとうな仕事についてないであろう風体の男が数人、牢の扉を開けクラウディアを連れ出した。後ろ手に縛られた手を掴まれ上階への階段を上がると、そこに広がる光景はどうみても貴族のお屋敷だったのだ。
 
「こっちだ」と、さらに階段を上がるように促され三階まで上がった。立ち止まった部屋の扉は重厚で、一目で主の部屋だとわかる作りをしている。
 そして一緒に来た男の一人が扉をノックをして中にいるであろう屋敷の主に声をかけた。
 

「連れてきました」


 入れと声がかかり、扉が開いた中に入るよう背中を押された。そこにいたのは、明らかに高位貴族と思われる中年の男性が一人と、30代くらいの商人風の男性が一人、それと騎士が数名だった。
 そしてクラウディアを連れてきた男たちは部屋には入らずそのまま引き返していった。
 

「おお、これは美しいお嬢さんだ。名前は何という?」


 そう問われても嫌悪感しかないクラウディアは声が出ない。というか、声を出したくはなかった。ただこの場から逃げることと、他の被害者を救う事、そしてこの目の前の人間をどうにかして捕らえ、この場を制圧する方法だけを考えていた。
 そうしているうちに、その豪奢な身なりの中年の男が近付いてきて、クラウディアの縛られている手を掴んで顔を覗き込んでくる。

 
「逃げようとは思わんほうがいいぞ。怪我をするだけだ。ここに来たからには、おとなしく儂の言うことを聞いていればいい。お前のようなキレイどころなら黙ってさえいれば良い暮らしができるというものだ」

 
 クラウディアはその言葉に嫌悪感を感じて肌が粟立ち、全身から血の気が引いていくのを感じた。

 
「……地下にも大勢の子供や女性がいました。あなたはなぜこんなことをするのですか?」
 
「なぜ?なぜか?まぁいい、教えてやろう。お前ももう外へ出ることはないだろうからな。それはな…お金だ。まぁ、楽しみもあるがな。子供はお金になる。若い女もだ。どの国にも奴隷を欲しがるものは多い」


 貴族だろうその中年の男はクラウディアの顎を掴み、頬を撫で、いやらしい笑いを浮かべる。

 
「そんな自分の欲求のために何の罪もない人々を攫い、売るのですか!」
 
「平民などわしらの役に立ってこそ生きている価値があるというものだ。そうは思わんか?」


 クラウディアの耳元で囁くように言ったその言葉に怒りを覚え、感情の向くままにその男に言い返した。
 

「思いません!領民が平和に安心して暮らせるようにするのが上に立つ者の義務です。そのような考えを持つものは、貴族の立場から退くべきです!」


 年端もいかない小娘に当たり前の事だと言われて頭に来たのか、急に男の言葉遣いや態度が乱暴になった。

 
「六大公爵家の血を受け継いでいようが、他の貴族とは何ら変わらん立場に追いやられるのだぞ。お前に何がわかる!こいっ」


 隣の部屋へと連れて行こうとするのか、掴んでいた腕を離してクラウディアの腰に手を回した。
 男との距離感がなくなったため、肌が更に粟立ち背筋に寒気が走る。そして男から逃がれようと藻掻くものの、思うように動けないでいたのだが、その時、外が騒がしくなるのが聞こえた。
 
 バタバタと人が走る音と金属音が鳴り響き、叫び声も聞こえてきたとき、部屋の扉が大きな音と共に開け放たれ、そこには剣を構えるリオネルの姿が見えた。
 

「ディア、無事か!」
 
「リオ!」


 男にがっしりと腰を掴まれているクラウディアを見て、リオネルの心は穏やかではなかった。ただでさえ冷静ではいられなかったのに、こんな光景を目の前にし落ち着ける訳がなかったのだ。

 
「ディアを離せ!」
 
「お前達は誰だ!人の屋敷に押し入るとは無礼な奴め。お前達、こやつを取り押さえろ!」


 部屋にいた騎士たちがリオネルを取り押さえようとするが、後を追ってきた騎士達に瞬く間に制圧され捕縛された。
 

「ラグニア・フォン・ロウファッジ伯爵。もしや、私の顔を忘れているわけではあるまい」


 さっきまでの声とは違う冷ややかな声でそう言い、中年男に突き刺さるような視線を投げた。
 ロウファッジ伯爵と呼ばれたその男の目に映るのは、ルーベルム騎士団の団服を纏った騎士と、目が覚めるような赤髪の青年の姿だ。

 
「……リ…リオネル様」
 
「ほう。私の名前を憶えていたか。お前のやっていたことはもはや明白だ。地下に捕らえられていた者達も保護した。なにか申し開くことがあれば言ってみるがよい」
 

「くそっ!」クラウディアをリオネルに向かって突き飛ばし、隣の部屋へと逃げ込んでその扉を閉めた。騎士団が後を追ったが、その部屋の中に伯爵の姿はなかった。
 

「隠し通路か…伯爵が逃げたぞ。追え!」


 その言葉を聞いて、捕縛をしていた騎士以外の者が一斉に階下へ降りる足音が耳に届く。


 
 リオネルはクラウディアの震える身体を抱きしめ、先ほどの鬼気迫るような迫力はどこへ行ったのかと思うほどの優しい声で呟くように言った。

 
「無事でよかった……怪我はないか?ディア?」


 リオネルのその問いに頷きながら、クラウディアは何度もリオネルの名前を呼んだ。
 

「リオ・・・リオ……」
 
「ディア…心配で、心配で、どうにかなりそうだった。よかった…」


 手首の縄が解かれ、自由になった手をリオネルにとられる。
 縛られ痕が付いた手首を撫でながら「すまない。痛かっただろう…」と言うリオネルを見て、クラウディアは助けられたことをようやく実感し、あの気持ち悪い感覚が消えていくのを感じた。
 

「リオを信じていましたから」


 リオネルはもうどこにもいかないようにと言い聞かせるように、そしてもう安心だと言い聞かせるようにクラウディアを強く抱きしめたのだった。



 
 
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