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第八章

121 ファロ・ルス・フェスト

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  ファロ・ルス・フェストのメイン会場は町の中心部にある広場で、その広場の中心には大きな篝火の薪が設置されている。
 まだ火はついていないようだが、周囲の様子から点火はもうそろそろだろう。
 

「もうすぐ点火の儀式が始まるよ」


 デフュール家当主が、この地の神官長から種火を受け取り、火の魔力と共に点火するらしく、中心の開けた場所にランベールの姿が見えた。そして離れたところにはニコラスの姿も見える。嫡子として参加するのが習わしなのだろうか。

 そして神官長が神殿で採火した種火をランタンに入れてランベールに手渡すと、礼をして受け取り薪に歩み寄る。その中央に種火を置き、火の魔力を注ぎ込む。
 

「ファロス・プレガーレ・ダーロス」
 

 赤く煌めいた魔力が火へと変わる幻想的な光景が広がり、観客から歓声が上がった。
 篝火が燃え上がったら、恵みをもたらす太陽に感謝をささげる劇が始まるのだ。
 この劇は始まりと終わりは篝火の前なのだが、途中は町中を移動しながら行われる他に例を見ない上演方法で、街のどこで始まるかはその年によって違うので、見られるかどうかは運次第だ。

 
「クラウディア。これから町を散策しませんか?」

「散策……ですか?」

「我がデフュールの領地にクロスローズのお姫様が来訪くださったのですから、この町の良いところをたくさん見てもらいのです。さあ、参りましょう」


 少し意地悪な笑みを浮かべるリオネルを見て、強引なのに有無を言わさないような言葉選び、そして遊び心もある。普通のご令嬢なら、この端正な顔立ちの青年に誘われたらすぐに陥落するであろうと心から思った。
 

「では、まずこちらへ…」


 そう言って案内されたのは、一軒の洋装店。
 デフュール家の御用達であろうそのお店は、建物は古いが重厚で、とても落ち着いた雰囲気が漂っている。

 店の中で出迎えたのは店主だろうか。年のころ40にもなるかと思われる、芯の強い女性のように見えるが、目が合うと優しい微笑みを浮かべて礼をしてきた。
 

「リオネル様、お待ちしておりました」

「ロレーヌ。こちらはクロスローズのクラウディア嬢だ。クラウディア。彼女は店主のロレーヌだ」

   
 お互いに挨拶をして、店の奥へと案内され、その時に一通りの説明をされる。


「クラウディア。この服装だとさすがに街を出歩くと目立ちすぎるので、着替えを用意させたんだ」

「着替えですか?もしかして、私の返事を聞く前に街へ出るとお決めになっていらしたのね」

「ははっ。そう言われると、そうだとしか言えないかな。でも、君と一緒に行きたくてね。それとも、今から断るかい?」


 いたずらっぽく笑って見つめられると、断ることが難しい。


「じゃあ、ロレーヌ。頼むよ」


 ロレーヌに声をかけてクラウディアの事を頼み、リオネルもまた自分も着替えるために出ていった。
 

「クラウディア様。リオネル様は私達にも優しくお声をかけてくれるのですよ。お若いのに、人のことを考えて行動できる素晴らしい方です。クラウディア様ととてもお似合いですわ」


 ロレーヌはクラウディアをリオネルの想い人だと思っていたようで、リオネルの為人を話し始めた。


「ロレーヌさん。お似合いだなんてそんなことないですわ。リオネル様には婚約者がいらっしゃるのでしょう?私は、今日は偶然お会いして、誘われただけですよ」

「まぁ、クラウディア様。リオネル様に婚約者はいらっしゃいませんわ。私は、てっきりクラウディア様が婚約者様かと…」

「間違えられるなんて光栄だわ」


 ふふふっと笑って着替え始める。


「では、クラウディア様にはご婚約者様がいらっしゃるのですか?クラウディア様ほどの方なら、素敵な方なのでしょうね」

「いえ、私、婚約者はいないのよ」

「どうしてですか?お嬢様程の美しさでしたら、求婚が後を絶たないでしょうに」

「色々と理由があって……それに、父や兄達が反対しますし」


 兄達の溺愛ぶりを思い返すと、求婚があった時点で握りつぶされているだろう。
 それに、魔力が少ないとか色々な噂話があるのだから、そういった話が元々ないのかもしれない。
 それはそれで楽だと思っている。
 
 
「リオネル様。クラウディア様の準備ができました」


 リオネルの待っている部屋のドアがノックされ、ロレーヌの声が聞こえる。
 部屋に入ってきたクラウディアは、飾り気のないシンプルなワンピースを着ていたが、どのような服を纏ってもその美しさが隠れることはない。
 リオネルも同じで、二人で並んでいれば公爵家の令息令嬢には見えないだろうが、それなりの身分であろう雰囲気を醸し出していた。
  

「クラウディア。なんて美しいんだ。これじゃぁ着替えた意味もないな」

「まぁ、リオネル様お世辞がうまいですわ。リオネル様こそ格好いいですわ。街へ出たら、たくさんの女性からお声がかかるのでは」


 ふふふっ、と笑ったのだが、それは君の方だ、と言われ首をかしげる。
 

「では、行こうか。では私のことはリオと呼んでくれ。君のことはディーと呼ぼう。いいね?様はつけないこと」


 有無を言わせないリオネルの言葉と、いたずらっ子のようなニコッとした笑顔に負ける。
 

「わかりましたわ。では、リオ。参りましょう」


 ……できれば、出来れば敬語もやめないか?街に出るにはおかしいだろう?リオネルの言葉は本当に有無を言わせない言い回しだ。
 
 
「さあ、行こう」


 クラウディアの手を取って通りへと出る。美男美女の二人だけあってすれ違う人たちは顔を赤らめて振り返るのだが、お互いに自分に注目を浴びているとは思っていないのだ。

 
「ディアは美人だから、みんな振り返って見ているな」

「リオこそ背が高くて格好いいから注目を浴びているのよ」


 お互いがお互いの言葉に笑い合った。
 
 
「ディアは父とは面識があるようだったけど、どこで会ったんだ?」


 疑問に思ったことを聞いてみた。
 

「デフュールのおじさまが……、公爵様が父に会いに我が家を訪れた時にお会いしたのですわ。自分には娘がいないからと、とても可愛がってくださって。素敵なお父様ですわね」

「父が?そんなこと、今まで一言も聞いたことがない。ジェリーもだ。妹がいるとは聞いていたが、あいつは君を私に会わせるつもりはないのか?」

「ふふふっ。兄ならありえますわ。私は領地の外へ出ることは滅多にないですし、今回もお祖父様を訪ねていなければ、こうしてリオに会うこともなかったですわね」


 リオネルは厳しい父の知らなかった優しい一面を知り、嬉しくなった。

 
「そういえば、リオは兄と一緒に王宮へ行かれているのですね?」

「ああ、ウィルバートのローラントも一緒にレイナルド殿下の所へよく通っているよ。ほとんど剣の練習か、雑談だけどね」

「まあ、仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」

 
 そんなほほえましく会話する二人を見る視線の中に、明らかに違う異質なものがあるのを二人は気付いていない。
 

 

 
 
「あの娘。ラグニア様がお喜びになりそうだな」


 路地から大通を見ていた三人組の一人が呟く。その視線の先には若い男女が歩いていた。

 貴族の令嬢のお忍びだと思われる女に護衛騎士と思われる男。見たところ二人だけだな。


「そろそろ向こうで劇が始まる頃だな。陽動といくか。いいか……」


 何やら話をし、それぞれの場所へ散らばる。

「さて、一仕事と行くかな…」そう呟き動き出した。
 


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