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第八章

112 クラウディアとディアーナ

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「ニコラス殿、この間のフェスト、何かあったか聞かせてもらえると嬉しいのだが、時間はあるかな?」


 勤務明けの時間に、騎士棟から王宮への廊下を歩いている時にベイリーから声を掛けられたニコラスは、ベイリーが楽しそうな笑顔を浮かべているのを見て、正直、表情では彼の実際の心内は計り知れないと思っていた。

 
「私は今でも大丈夫です」

「では、私の部屋へ行こうか」


 そう言われてベイリーの執務室へと向かった。それまでの時間、当たり障りのない話をしながら周囲の人に視線を向けた。


「今年も新人が入って来たようだけど、君から見て実力のほどはどうかな?」

「そうですね。まだこの先、伸びる要素がある人材ばかりですから、これからが楽しみです」

「そうか。よかった」


 そんな会話を続けベイリーの執務室へと入った。人払いをしたので部屋の中には2人しかいないので『聞かせて欲しい』というのはクラウディアの事だろうと推察された。 


「それで、どうだったかな?」

「公爵も人が悪いですね。私をお試しになられたのですか?」 


 ベイリーはその言葉を聞いてもまだ優しい微笑みをたたえたまま、ニコラスの事を見ている。


「ディアーナがクラウディア嬢だったということです。隠していらっしゃる理由は聞きましたが、言っていただければ……」

「言っていたら、君はどうしていたのかな?」

「聞いていたとしても、どうもしません。私はディアーナに惹かれましたから、彼女がクラウディア嬢だったからと言って態度を改めるつもりはありません」

「そうか。しかし、君はどうやってディアーナの正体に気が付いた?」

「あの日、会場で挨拶をしたときから不思議な感じはしていたのですが、カイラード殿の名前を言ったときに確信しました」

「そうか……会った時には感じてはいたか」

「それで、君はどうしたい?」

「もちろん、彼女に結婚を申し込みます。公爵殿にも了承願いたい」

「それは構わないよ。私も君を信頼しているからね。だが、娘から返事を貰うことが条件だ」

「わかっています。その事に関しては、誰にも負けるつもりはありませんので」

「そうだね。テオドール殿も色々と頑張っているようだし、君も大変だと思うがよい結果になるよう祈っているよ」

「ニコラス殿。私は、嘘は言っていなかっただろう?『彼女はナシュールに家族と住んでいる』とね。それに『隠し子ではない』だろう?」


 その言葉に、なんだか揶揄われているような感じもして、何とも言えない気持ちになった。
 
 


 ◇ ◇ ◇





「なあニック。クロスローズ公爵に声を掛けられてウィリヴァルト・フェストに行っただろう?何があった?あれから、お前おかしいぞ?」


 シャンスは長い間ニコラスと過ごしているのだから、誰よりも彼の機微に気が付くのだが、今回は、その数日はニコラスに会ってなかったので、この日にようやく様子が変なことに気が付いた。


「……彼女の身元が分かったんだ」


 そうポツリと呟くニコラスに「よかったじゃないか」といったものの、どうもその反応がおかしい。あれだけ知りたかったことが分かったのだから、それでいい気がするが違うのだろうか。


「それで、どこの子だったんだ?」


 その言葉にニコラスはシャンスの顔をじっと見て、また顔を伏せる。そして、意を決したように話し始めた。


「クロスローズ公爵家のご令嬢だ」

「……は?お前何を言ってるんだ?クロスローズの令嬢は病弱で領地に……」


 そこまで言って、ニコラスの目が真剣なことに気が付く。こんなことで冗談を言う奴じゃないことはわかっている。その無言の時間が何を言いたいのかがわかった。
 そして自身の予想通り、ナシュールの貴族だったということだ。


「認識阻害の魔道具を使ってたんだ……」

「……まじか」

「いや、まて……、クロスローズの令嬢と言えば、ウィルヴァルト・フェストのトーナメントでテオドールが花束を渡したって……」

「……」


 その一瞬で、気が付いた。
 『あ……こいつ、目の前で見たんだな』と。そうでなければ、ここまで落ち込んでないだろう。


「あいつが彼女に花を渡すなんて考えもしなかった…」


 まだ落ち込んでいるような顔をしたまま俯いて溜息をつくニコラスに、心底同情したくもなる。この男はこういったことには不器用極まりない。おそらく、その瞬間は頭の中が真っ白になったに違いない。


「それで、テオドールは知っているのか?彼女の事もお前の事も」

「いや……、あいつは二人が同一人物だと気が付いていない。だが、花束を渡した後に俺の顔を見たから……」

「……それなら、なにか気が付いているな」


 まだ落ち込んでいるニコラスの姿を見て、あの氷華の貴公子はどこへいったのかと思っていた。ひとりの令嬢の事でここまで感情が揺さぶられる姿など誰が想像できるのだろう。


「ニック……、お前、引くつもりないんだろう?お前がやったピアスをしてたんなら、もっと自信を持てよ」

「……わかっているが」

「お前のそんな姿を見たら、幻滅されちまうぞ」


 シャンスはニコラスの不器用さも表に出さない優しさも知っているからこそ、幸せになってもらいたいと心から願っていた。
 自分が彼らにできることがないのだから、少しでもアドバイスできればと思って。





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