119 / 200
第八章
110 ウィルバートの晩餐
しおりを挟む
食事は少し暗い顔をしているテオドールを除けば、いつもと変わらず…と言う感じだったのだが、サラの目には、ニコラスの様子がいつもとは違うように感じてならない。
確かに、練習の時とは違う貴族としての姿なのだから、違和感があるのは間違いない。しかし、そういうものではない何か違うレベルで変だと感じたのだ。
―――兄さんはわかるけど、ニックはどうしたのかしら
時折見せる、なんとも言えない焦りともとれる色の浮かんだ表情でテオドールを見る姿が気になったのだ。しかし、会話を聞いている限りは通常通りの彼だ。
「テオドール殿、今日はさすがだったね。安心して見ていられるほど実力がついているようで何よりだ。ジークフリートもこんなに頼もしい子がいてウィルバートも安泰だねぇ」
「ベイリーのところも素晴らしい立派な子達ではないか」
「この子達はまだ若いからね。これから鍛えなければならないよ。ニコラス殿。先ほど話していた件だが、引き受けてくれたと思っていいのかな?」
「はい。テオドール殿がどれだけ見ていたのか興味がありますので、喜んでお引き受けします」
わずかに微笑み、ベイリーの方を見てテオドールの表情も確認した。テオドールも何やら気付いているような気がするが、その表情は読み取れない。
「テオドール殿も今まで通りお願いするよ。二人で一緒に来てもらってもいいね。君がニコラス殿との対戦する姿も早く拝見したいものだよ。そういえば、ジェラルドはリオネル殿とローラント殿とも親しいのだろう?練習をする時に、彼らも一緒に参加するのもいいのではないかな?どうだね?ローラント殿も一緒ならジェラルドもやる気が出るだろう」
「クロスローズ公爵、残念ながら今の私ではニコラス殿には到底敵いません。しかし、いつかは対等に相手ができるほど腕を上げるつもりですので、その時まで待っていただきたい。ローラントが参加するのであれば、私が一緒に連れて行きます。リオネル殿はニコラス殿にお願いしましょう」
「そうだね。兄弟の仲がいいのは嬉しいことだね」
「兄弟と言えば、クラウディアはラファーガのシモン殿のことを兄のように慕っていてね。アルトゥールもそう思わないか?」
「そうですね。クラウディアも、シモン殿が来た時にはとても嬉しそうですから。幼い頃にはシモン殿が来ると抱きついていましたよ」
アルトゥールは自分の言ったその一言が、この場にいる2人ばかりにかなりの動揺を与えたのだが、その事には誰も気が付かない。
そしてシモンのことは初めて聞く事実で、二人にとっては衝撃的なことだった。
「そういえばニコラス殿。昨年、私が君に話したことを覚えているかい?あれからどうなったのか教えて欲しいものだが」
「そうですね。思いがけず本来の姿を知ることが出来ましたが、まだ全てという訳にはいきません。しかし、努力は惜しまないつもりです」
「そうか。それは上々だね」
そう言ってニコラスを見て微笑み、ワインが入ったグラスを傾けた。
その笑みが何を意味するのだろうかと思いながら、テオドールはその会話の不思議さを色々と考えてみた。
―――昨年とは何の事だ?全て知るとは何の事だ?
頭に疑問符がいくつも並ぶような会話について考える事を諦め、部屋に残っているクラウディアが大丈夫なのか気になって仕方がなかった。
そして、この光景を黙ってみていたサラだったが、それぞれの発する言葉に棘を感じるが、表情には一切、感情を表さないのを見て「さすがに公爵家が揃うと怖いわ」とひしひしと肌身に感じていた。
まあ、今回の事に関しては、怖いというよりベイリーが楽しんで煽っている感が否めないが、そんなことを理解できる人間はこの中にはいないだろう。
「私は先に失礼しますね」これ以上はここにいると自分が耐えられなくなりそうだと逃げる判断をしたのだが、まぁ、話の内容は気になる。それは、テオドールにから聞き出せばいいだろう。そう考えて部屋に向かった。
「ディー、行かなくて正解だったわ」
そのサラの言葉と表情からその場を回避できたことを素直に喜んだのだが、サラには申し訳なく思っていた。
「ごめんねサラ。私が行ってたら、サラも耐えなくても良かったのに」
「いや…あれは、ディアがいても変わらないと思う。ディアのお父さん…なんだか、楽しんでいるようだったのよね。気のせいかしら?」
思い当たる節が多すぎてサラに何も言えない。クラウディアが押し黙った姿を見て、サラは彼女の手をギュッと握る。
「兄さん、クラウディアのことが好きなんだなって感じたわ。休んでるって言ったら、心配して…。あんな兄さんの顔、見たことないもの」
「ねえ、ディア?私はあなたを応援するわよ。兄を選んでくれたら、あなたと本当の姉妹になれるから嬉しいけど、大切なのはあなたの気持ちだから…。だから、気持ちに正直になってみるといいんじゃないかしら」
食事も終わり、歓談もはずんだのだろうか、もう屋敷に戻る時間になった。サラの部屋にエマがクラウディアを呼びに来たので、そろそろ顔を合わせる覚悟をした。
転移陣の設置された部屋へと向かいながら、深呼吸をして何事もないようにこの場をやり過ごそうと考えるのだが、そうはいかないのが常なのだ。
部屋に入ると皆が揃っている。そう、みんな、全員だ。その視線で胃に穴が開くような気がする。
「クラウディア、大丈夫か?」
一番最初に声を掛けてきたのはアルトゥールだった。まさに、天の助けと言わんばかりのタイミングだと感じて、彼の手を取る。
「お兄様、サラ様がとても親切に対応してくださったので、もう大丈夫ですわ」
「そうか。サラ嬢、感謝する」
「いえ、クラウディア様は、まるで私の妹みたいに感じますの。妹の世話をしているようで、嬉しかったですわ。クラウディア様、いつでも遊びにいらしてください。お待ちしております」
「サラ様、私も、サラ様が姉のようで、とても嬉しかったです。お言葉に甘えて、またお伺いしますわ。サラ様も、私のところへ訪ねてきてくださいませ」
「では、これで失礼するよ。ジークフリート、今日はお邪魔したね。テオドール殿、今日はおめでとう。そしてニコラス殿、今度また連絡しよう。サラ嬢もローラント殿もいつでも我が家に来てくれ」
挨拶を終え振り返って皆の顔を見たのだが、ニコラスの表情がいつもと違うことがわかり、なぜだろうとふと思った。テオドールとクラウディアの関係を知ってその表情をしているのだろうが、それを説明する時間はないので、次回顔を合わせるのが少し怖いと感じた。
テオドールはサラの言う通り、疲れて休んでいたという言葉を信じ、ゆっくり休むようにと告げてきて、この日はこれで解散となった。
確かに、練習の時とは違う貴族としての姿なのだから、違和感があるのは間違いない。しかし、そういうものではない何か違うレベルで変だと感じたのだ。
―――兄さんはわかるけど、ニックはどうしたのかしら
時折見せる、なんとも言えない焦りともとれる色の浮かんだ表情でテオドールを見る姿が気になったのだ。しかし、会話を聞いている限りは通常通りの彼だ。
「テオドール殿、今日はさすがだったね。安心して見ていられるほど実力がついているようで何よりだ。ジークフリートもこんなに頼もしい子がいてウィルバートも安泰だねぇ」
「ベイリーのところも素晴らしい立派な子達ではないか」
「この子達はまだ若いからね。これから鍛えなければならないよ。ニコラス殿。先ほど話していた件だが、引き受けてくれたと思っていいのかな?」
「はい。テオドール殿がどれだけ見ていたのか興味がありますので、喜んでお引き受けします」
わずかに微笑み、ベイリーの方を見てテオドールの表情も確認した。テオドールも何やら気付いているような気がするが、その表情は読み取れない。
「テオドール殿も今まで通りお願いするよ。二人で一緒に来てもらってもいいね。君がニコラス殿との対戦する姿も早く拝見したいものだよ。そういえば、ジェラルドはリオネル殿とローラント殿とも親しいのだろう?練習をする時に、彼らも一緒に参加するのもいいのではないかな?どうだね?ローラント殿も一緒ならジェラルドもやる気が出るだろう」
「クロスローズ公爵、残念ながら今の私ではニコラス殿には到底敵いません。しかし、いつかは対等に相手ができるほど腕を上げるつもりですので、その時まで待っていただきたい。ローラントが参加するのであれば、私が一緒に連れて行きます。リオネル殿はニコラス殿にお願いしましょう」
「そうだね。兄弟の仲がいいのは嬉しいことだね」
「兄弟と言えば、クラウディアはラファーガのシモン殿のことを兄のように慕っていてね。アルトゥールもそう思わないか?」
「そうですね。クラウディアも、シモン殿が来た時にはとても嬉しそうですから。幼い頃にはシモン殿が来ると抱きついていましたよ」
アルトゥールは自分の言ったその一言が、この場にいる2人ばかりにかなりの動揺を与えたのだが、その事には誰も気が付かない。
そしてシモンのことは初めて聞く事実で、二人にとっては衝撃的なことだった。
「そういえばニコラス殿。昨年、私が君に話したことを覚えているかい?あれからどうなったのか教えて欲しいものだが」
「そうですね。思いがけず本来の姿を知ることが出来ましたが、まだ全てという訳にはいきません。しかし、努力は惜しまないつもりです」
「そうか。それは上々だね」
そう言ってニコラスを見て微笑み、ワインが入ったグラスを傾けた。
その笑みが何を意味するのだろうかと思いながら、テオドールはその会話の不思議さを色々と考えてみた。
―――昨年とは何の事だ?全て知るとは何の事だ?
頭に疑問符がいくつも並ぶような会話について考える事を諦め、部屋に残っているクラウディアが大丈夫なのか気になって仕方がなかった。
そして、この光景を黙ってみていたサラだったが、それぞれの発する言葉に棘を感じるが、表情には一切、感情を表さないのを見て「さすがに公爵家が揃うと怖いわ」とひしひしと肌身に感じていた。
まあ、今回の事に関しては、怖いというよりベイリーが楽しんで煽っている感が否めないが、そんなことを理解できる人間はこの中にはいないだろう。
「私は先に失礼しますね」これ以上はここにいると自分が耐えられなくなりそうだと逃げる判断をしたのだが、まぁ、話の内容は気になる。それは、テオドールにから聞き出せばいいだろう。そう考えて部屋に向かった。
「ディー、行かなくて正解だったわ」
そのサラの言葉と表情からその場を回避できたことを素直に喜んだのだが、サラには申し訳なく思っていた。
「ごめんねサラ。私が行ってたら、サラも耐えなくても良かったのに」
「いや…あれは、ディアがいても変わらないと思う。ディアのお父さん…なんだか、楽しんでいるようだったのよね。気のせいかしら?」
思い当たる節が多すぎてサラに何も言えない。クラウディアが押し黙った姿を見て、サラは彼女の手をギュッと握る。
「兄さん、クラウディアのことが好きなんだなって感じたわ。休んでるって言ったら、心配して…。あんな兄さんの顔、見たことないもの」
「ねえ、ディア?私はあなたを応援するわよ。兄を選んでくれたら、あなたと本当の姉妹になれるから嬉しいけど、大切なのはあなたの気持ちだから…。だから、気持ちに正直になってみるといいんじゃないかしら」
食事も終わり、歓談もはずんだのだろうか、もう屋敷に戻る時間になった。サラの部屋にエマがクラウディアを呼びに来たので、そろそろ顔を合わせる覚悟をした。
転移陣の設置された部屋へと向かいながら、深呼吸をして何事もないようにこの場をやり過ごそうと考えるのだが、そうはいかないのが常なのだ。
部屋に入ると皆が揃っている。そう、みんな、全員だ。その視線で胃に穴が開くような気がする。
「クラウディア、大丈夫か?」
一番最初に声を掛けてきたのはアルトゥールだった。まさに、天の助けと言わんばかりのタイミングだと感じて、彼の手を取る。
「お兄様、サラ様がとても親切に対応してくださったので、もう大丈夫ですわ」
「そうか。サラ嬢、感謝する」
「いえ、クラウディア様は、まるで私の妹みたいに感じますの。妹の世話をしているようで、嬉しかったですわ。クラウディア様、いつでも遊びにいらしてください。お待ちしております」
「サラ様、私も、サラ様が姉のようで、とても嬉しかったです。お言葉に甘えて、またお伺いしますわ。サラ様も、私のところへ訪ねてきてくださいませ」
「では、これで失礼するよ。ジークフリート、今日はお邪魔したね。テオドール殿、今日はおめでとう。そしてニコラス殿、今度また連絡しよう。サラ嬢もローラント殿もいつでも我が家に来てくれ」
挨拶を終え振り返って皆の顔を見たのだが、ニコラスの表情がいつもと違うことがわかり、なぜだろうとふと思った。テオドールとクラウディアの関係を知ってその表情をしているのだろうが、それを説明する時間はないので、次回顔を合わせるのが少し怖いと感じた。
テオドールはサラの言う通り、疲れて休んでいたという言葉を信じ、ゆっくり休むようにと告げてきて、この日はこれで解散となった。
16
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした
今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。
リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。
しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。
もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。
そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。
それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。
少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。
そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。
※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結済み】婚約破棄致しましょう
木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。
運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。
殿下、婚約破棄致しましょう。
第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。
応援して下さった皆様ありがとうございます。
本作の感想欄を開けました。
お返事等は書ける時間が取れそうにありませんが、感想頂けたら嬉しいです。
賞を頂いた記念に、何かお礼の小話でもアップできたらいいなと思っています。
リクエストありましたらそちらも書いて頂けたら、先着三名様まで受け付けますのでご希望ありましたら是非書いて頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる