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第八章
110 ウィルバートの晩餐
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食事は少し暗い顔をしているテオドールを除けば、いつもと変わらず…と言う感じだったのだが、サラの目には、ニコラスの様子がいつもとは違うように感じてならない。
確かに、練習の時とは違う貴族としての姿なのだから、違和感があるのは間違いない。しかし、そういうものではない何か違うレベルで変だと感じたのだ。
―――兄さんはわかるけど、ニックはどうしたのかしら
時折見せる、なんとも言えない焦りともとれる色の浮かんだ表情でテオドールを見る姿が気になったのだ。しかし、会話を聞いている限りは通常通りの彼だ。
「テオドール殿、今日はさすがだったね。安心して見ていられるほど実力がついているようで何よりだ。ジークフリートもこんなに頼もしい子がいてウィルバートも安泰だねぇ」
「ベイリーのところも素晴らしい立派な子達ではないか」
「この子達はまだ若いからね。これから鍛えなければならないよ。ニコラス殿。先ほど話していた件だが、引き受けてくれたと思っていいのかな?」
「はい。テオドール殿がどれだけ見ていたのか興味がありますので、喜んでお引き受けします」
わずかに微笑み、ベイリーの方を見てテオドールの表情も確認した。テオドールも何やら気付いているような気がするが、その表情は読み取れない。
「テオドール殿も今まで通りお願いするよ。二人で一緒に来てもらってもいいね。君がニコラス殿との対戦する姿も早く拝見したいものだよ。そういえば、ジェラルドはリオネル殿とローラント殿とも親しいのだろう?練習をする時に、彼らも一緒に参加するのもいいのではないかな?どうだね?ローラント殿も一緒ならジェラルドもやる気が出るだろう」
「クロスローズ公爵、残念ながら今の私ではニコラス殿には到底敵いません。しかし、いつかは対等に相手ができるほど腕を上げるつもりですので、その時まで待っていただきたい。ローラントが参加するのであれば、私が一緒に連れて行きます。リオネル殿はニコラス殿にお願いしましょう」
「そうだね。兄弟の仲がいいのは嬉しいことだね」
「兄弟と言えば、クラウディアはラファーガのシモン殿のことを兄のように慕っていてね。アルトゥールもそう思わないか?」
「そうですね。クラウディアも、シモン殿が来た時にはとても嬉しそうですから。幼い頃にはシモン殿が来ると抱きついていましたよ」
アルトゥールは自分の言ったその一言が、この場にいる2人ばかりにかなりの動揺を与えたのだが、その事には誰も気が付かない。
そしてシモンのことは初めて聞く事実で、二人にとっては衝撃的なことだった。
「そういえばニコラス殿。昨年、私が君に話したことを覚えているかい?あれからどうなったのか教えて欲しいものだが」
「そうですね。思いがけず本来の姿を知ることが出来ましたが、まだ全てという訳にはいきません。しかし、努力は惜しまないつもりです」
「そうか。それは上々だね」
そう言ってニコラスを見て微笑み、ワインが入ったグラスを傾けた。
その笑みが何を意味するのだろうかと思いながら、テオドールはその会話の不思議さを色々と考えてみた。
―――昨年とは何の事だ?全て知るとは何の事だ?
頭に疑問符がいくつも並ぶような会話について考える事を諦め、部屋に残っているクラウディアが大丈夫なのか気になって仕方がなかった。
そして、この光景を黙ってみていたサラだったが、それぞれの発する言葉に棘を感じるが、表情には一切、感情を表さないのを見て「さすがに公爵家が揃うと怖いわ」とひしひしと肌身に感じていた。
まあ、今回の事に関しては、怖いというよりベイリーが楽しんで煽っている感が否めないが、そんなことを理解できる人間はこの中にはいないだろう。
「私は先に失礼しますね」これ以上はここにいると自分が耐えられなくなりそうだと逃げる判断をしたのだが、まぁ、話の内容は気になる。それは、テオドールにから聞き出せばいいだろう。そう考えて部屋に向かった。
「ディー、行かなくて正解だったわ」
そのサラの言葉と表情からその場を回避できたことを素直に喜んだのだが、サラには申し訳なく思っていた。
「ごめんねサラ。私が行ってたら、サラも耐えなくても良かったのに」
「いや…あれは、ディアがいても変わらないと思う。ディアのお父さん…なんだか、楽しんでいるようだったのよね。気のせいかしら?」
思い当たる節が多すぎてサラに何も言えない。クラウディアが押し黙った姿を見て、サラは彼女の手をギュッと握る。
「兄さん、クラウディアのことが好きなんだなって感じたわ。休んでるって言ったら、心配して…。あんな兄さんの顔、見たことないもの」
「ねえ、ディア?私はあなたを応援するわよ。兄を選んでくれたら、あなたと本当の姉妹になれるから嬉しいけど、大切なのはあなたの気持ちだから…。だから、気持ちに正直になってみるといいんじゃないかしら」
食事も終わり、歓談もはずんだのだろうか、もう屋敷に戻る時間になった。サラの部屋にエマがクラウディアを呼びに来たので、そろそろ顔を合わせる覚悟をした。
転移陣の設置された部屋へと向かいながら、深呼吸をして何事もないようにこの場をやり過ごそうと考えるのだが、そうはいかないのが常なのだ。
部屋に入ると皆が揃っている。そう、みんな、全員だ。その視線で胃に穴が開くような気がする。
「クラウディア、大丈夫か?」
一番最初に声を掛けてきたのはアルトゥールだった。まさに、天の助けと言わんばかりのタイミングだと感じて、彼の手を取る。
「お兄様、サラ様がとても親切に対応してくださったので、もう大丈夫ですわ」
「そうか。サラ嬢、感謝する」
「いえ、クラウディア様は、まるで私の妹みたいに感じますの。妹の世話をしているようで、嬉しかったですわ。クラウディア様、いつでも遊びにいらしてください。お待ちしております」
「サラ様、私も、サラ様が姉のようで、とても嬉しかったです。お言葉に甘えて、またお伺いしますわ。サラ様も、私のところへ訪ねてきてくださいませ」
「では、これで失礼するよ。ジークフリート、今日はお邪魔したね。テオドール殿、今日はおめでとう。そしてニコラス殿、今度また連絡しよう。サラ嬢もローラント殿もいつでも我が家に来てくれ」
挨拶を終え振り返って皆の顔を見たのだが、ニコラスの表情がいつもと違うことがわかり、なぜだろうとふと思った。テオドールとクラウディアの関係を知ってその表情をしているのだろうが、それを説明する時間はないので、次回顔を合わせるのが少し怖いと感じた。
テオドールはサラの言う通り、疲れて休んでいたという言葉を信じ、ゆっくり休むようにと告げてきて、この日はこれで解散となった。
確かに、練習の時とは違う貴族としての姿なのだから、違和感があるのは間違いない。しかし、そういうものではない何か違うレベルで変だと感じたのだ。
―――兄さんはわかるけど、ニックはどうしたのかしら
時折見せる、なんとも言えない焦りともとれる色の浮かんだ表情でテオドールを見る姿が気になったのだ。しかし、会話を聞いている限りは通常通りの彼だ。
「テオドール殿、今日はさすがだったね。安心して見ていられるほど実力がついているようで何よりだ。ジークフリートもこんなに頼もしい子がいてウィルバートも安泰だねぇ」
「ベイリーのところも素晴らしい立派な子達ではないか」
「この子達はまだ若いからね。これから鍛えなければならないよ。ニコラス殿。先ほど話していた件だが、引き受けてくれたと思っていいのかな?」
「はい。テオドール殿がどれだけ見ていたのか興味がありますので、喜んでお引き受けします」
わずかに微笑み、ベイリーの方を見てテオドールの表情も確認した。テオドールも何やら気付いているような気がするが、その表情は読み取れない。
「テオドール殿も今まで通りお願いするよ。二人で一緒に来てもらってもいいね。君がニコラス殿との対戦する姿も早く拝見したいものだよ。そういえば、ジェラルドはリオネル殿とローラント殿とも親しいのだろう?練習をする時に、彼らも一緒に参加するのもいいのではないかな?どうだね?ローラント殿も一緒ならジェラルドもやる気が出るだろう」
「クロスローズ公爵、残念ながら今の私ではニコラス殿には到底敵いません。しかし、いつかは対等に相手ができるほど腕を上げるつもりですので、その時まで待っていただきたい。ローラントが参加するのであれば、私が一緒に連れて行きます。リオネル殿はニコラス殿にお願いしましょう」
「そうだね。兄弟の仲がいいのは嬉しいことだね」
「兄弟と言えば、クラウディアはラファーガのシモン殿のことを兄のように慕っていてね。アルトゥールもそう思わないか?」
「そうですね。クラウディアも、シモン殿が来た時にはとても嬉しそうですから。幼い頃にはシモン殿が来ると抱きついていましたよ」
アルトゥールは自分の言ったその一言が、この場にいる2人ばかりにかなりの動揺を与えたのだが、その事には誰も気が付かない。
そしてシモンのことは初めて聞く事実で、二人にとっては衝撃的なことだった。
「そういえばニコラス殿。昨年、私が君に話したことを覚えているかい?あれからどうなったのか教えて欲しいものだが」
「そうですね。思いがけず本来の姿を知ることが出来ましたが、まだ全てという訳にはいきません。しかし、努力は惜しまないつもりです」
「そうか。それは上々だね」
そう言ってニコラスを見て微笑み、ワインが入ったグラスを傾けた。
その笑みが何を意味するのだろうかと思いながら、テオドールはその会話の不思議さを色々と考えてみた。
―――昨年とは何の事だ?全て知るとは何の事だ?
頭に疑問符がいくつも並ぶような会話について考える事を諦め、部屋に残っているクラウディアが大丈夫なのか気になって仕方がなかった。
そして、この光景を黙ってみていたサラだったが、それぞれの発する言葉に棘を感じるが、表情には一切、感情を表さないのを見て「さすがに公爵家が揃うと怖いわ」とひしひしと肌身に感じていた。
まあ、今回の事に関しては、怖いというよりベイリーが楽しんで煽っている感が否めないが、そんなことを理解できる人間はこの中にはいないだろう。
「私は先に失礼しますね」これ以上はここにいると自分が耐えられなくなりそうだと逃げる判断をしたのだが、まぁ、話の内容は気になる。それは、テオドールにから聞き出せばいいだろう。そう考えて部屋に向かった。
「ディー、行かなくて正解だったわ」
そのサラの言葉と表情からその場を回避できたことを素直に喜んだのだが、サラには申し訳なく思っていた。
「ごめんねサラ。私が行ってたら、サラも耐えなくても良かったのに」
「いや…あれは、ディアがいても変わらないと思う。ディアのお父さん…なんだか、楽しんでいるようだったのよね。気のせいかしら?」
思い当たる節が多すぎてサラに何も言えない。クラウディアが押し黙った姿を見て、サラは彼女の手をギュッと握る。
「兄さん、クラウディアのことが好きなんだなって感じたわ。休んでるって言ったら、心配して…。あんな兄さんの顔、見たことないもの」
「ねえ、ディア?私はあなたを応援するわよ。兄を選んでくれたら、あなたと本当の姉妹になれるから嬉しいけど、大切なのはあなたの気持ちだから…。だから、気持ちに正直になってみるといいんじゃないかしら」
食事も終わり、歓談もはずんだのだろうか、もう屋敷に戻る時間になった。サラの部屋にエマがクラウディアを呼びに来たので、そろそろ顔を合わせる覚悟をした。
転移陣の設置された部屋へと向かいながら、深呼吸をして何事もないようにこの場をやり過ごそうと考えるのだが、そうはいかないのが常なのだ。
部屋に入ると皆が揃っている。そう、みんな、全員だ。その視線で胃に穴が開くような気がする。
「クラウディア、大丈夫か?」
一番最初に声を掛けてきたのはアルトゥールだった。まさに、天の助けと言わんばかりのタイミングだと感じて、彼の手を取る。
「お兄様、サラ様がとても親切に対応してくださったので、もう大丈夫ですわ」
「そうか。サラ嬢、感謝する」
「いえ、クラウディア様は、まるで私の妹みたいに感じますの。妹の世話をしているようで、嬉しかったですわ。クラウディア様、いつでも遊びにいらしてください。お待ちしております」
「サラ様、私も、サラ様が姉のようで、とても嬉しかったです。お言葉に甘えて、またお伺いしますわ。サラ様も、私のところへ訪ねてきてくださいませ」
「では、これで失礼するよ。ジークフリート、今日はお邪魔したね。テオドール殿、今日はおめでとう。そしてニコラス殿、今度また連絡しよう。サラ嬢もローラント殿もいつでも我が家に来てくれ」
挨拶を終え振り返って皆の顔を見たのだが、ニコラスの表情がいつもと違うことがわかり、なぜだろうとふと思った。テオドールとクラウディアの関係を知ってその表情をしているのだろうが、それを説明する時間はないので、次回顔を合わせるのが少し怖いと感じた。
テオドールはサラの言う通り、疲れて休んでいたという言葉を信じ、ゆっくり休むようにと告げてきて、この日はこれで解散となった。
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