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第八章
108 テオドールの想い
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ウィルバートの屋敷へ戻り、サラは前もって侍女長のエマに、クラウディア=ディアーナと知っている侍女たちに、彼女には初見のように対応してくれるように伝えてもらっていた。
そうなると、クラウディアもこの日は安心して屋敷に滞在できそうだ。サラの良く気が付くところは、貴族の人間に相応しい資質だろうと思う。
「エマ、クラウディア嬢は今どこにいるか知っているか?
いつも使っている部屋に一度入り、この日の出来事を整理していたニコラスは、もう少し話を聞いておこうと考えてエマに声をかけた。
彼女なら侍女長としてサラからの信頼も厚い人物で今日も全ての事に目を光らせているだろう。そのエマにクラウディアの居場所を知っているかを聞いたのだ。
「クラウディア様は先ほど、テオドール様とご一緒に庭園の方へ向かわれました」
その返事を聞いてニコラスの足は屋敷の外へと向かう。
あの様子から、何かが起こる可能性は低いと感じるものの、二人にすることに対して心配しかなかったのだ。
ニコラスにしてもクラウディアとの事に確かな約束があるわけではないのだから、彼女が誰と何をしようが本来なら止めることはできない。
だが、自分が嫌だったのだ。
そう考えている彼の横顔は、とても氷華の貴公子と呼ばれている人物には見えなかった。
庭園に近づくと、わずかだが人の話し声が聞こえてきて足を止めた。
声のする方へ進むと、そこには確かに二人の姿があったが、自分の姿を見せることは躊躇われた。
いくらクラウディアに対して狭量だとはいえ、それくらいの分別はあるつもりだ。自分はクラウディアがディアーナであることはついさっきだったが知っているが、テオドールは知らないのだ。ここで出て行って、この時間を邪魔する権利がないこともわかっていた。
「時間があれば、デュラヴェルの町を案内したのだが、思ったより帰るのが遅くなってしまって申し訳ない。よければ、改めて時間を貰えるだろうか?」
「お気になさらなくて結構ですわ。デュラヴェルの町は闘技場へ行く間に見ましたが、とても素敵でした。思っていた以上にナシュールとは違っていて新鮮でしたわ」
「それにしても、今日、来てくれるとは思わなかった。あの場所で君の姿を見た時、どれだけ驚いたことか」
「ジェラルドお兄様が、テオドール様の応援に行きたいと言ったのです。それで、昨晩、お父様が急に行くと言われて、私も吃驚しました」
「ジェラルドが?それは嬉しいな。私がいつもクロスローズの屋敷に出向いても、君に会うことはなかったから、体調を崩していないか心配していたんだが、元気そうで安心したよ」
「ご心配をおかけしました。色々とやりたい事もあって、学園に入るまでは領地にいることにしているのです」
「やりたいこと…ですか?」
「ええ……まだ知りたい事がたくさんあります。そしてやりたい事も。時間も無限にあるわけではないので、無駄にできないでしょう?私は、もっと時間があればと考えてしまいます」
そして、一瞬、表情を暗くし、何事もなかったように元の表情に戻り、振り返ってテオドールを見た。
―――ディアが言っていたことと同じ…
テオドールは既視感を覚え、なぜか体が意志とは関係なく動いた。そして、クラウディアの瑠璃の瞳を覗き込み、抱きしめる。その時のテオドールの表情は言葉で表せないほど複雑なものだった。
「…テオドール様?」
「クラウディア…」
潤んだ漆黒の瞳は星が瞬く夜空のように輝き、その瞳にクラウディアの姿が映っていた。彼の髪が顔にかかる感覚を感じると同時に、その逞しい腕の中に捕らえられていた。
庭園でのことを見ていたニコラスは、二人の姿にどうしようもないほどの焦燥感に襲われていた。
二人が抱き合う姿を見て、耐えきれずその場を離れた。
―――俺にテオを非難する資格はないのはわかっているが…
テオドールがクラウディアと親密なことにも驚いたが、そのテオドールが思いのほかクラウディアに本気だったことがニコラスの心に影を落としていた。
あの様子ならテオドールはディアーナの正体がクラウディアだとは気づいていないだろう。
だが、もし、その事に気が付いたらテオドールはどうするのだろうか。しかし、いつかはわかることだ。そうなれば、テオドールの方がクラウディアとの距離は近い。
―――どうすればいい?
ただ、自分の心がかき乱され、冷静な判断が出来なくなっていることに気付いた。
―――俺は、どうすれば…
今まで、女性に跪き、手を取って、あんなに優しく微笑むテオドールなど見たことがなかった。
しかもその相手がクラウディアだったことも信じられなかった。テオドールがクラウディアに向ける目は偽りのない真実で、テオドールは本気で彼女の事を想っている。
先程の庭園での二人を見て、その考えは間違いではなかったとわかり、動揺が隠せない。
ニコラスはウィルバートの屋敷の中で、一人になれる場所を探した。
いつもの鍛錬場の側にある四阿に座り、この場所でディアーナが眠っていたことを思い出した。怯えて飛び起きた彼女を抱きしめたあの時を。
―――心配なことがあるなら話せと言った俺に、大丈夫としか言わなかった。俺は頼りにならないのだろうか…テオはいい奴だ。それは認める。しかし、譲れないこともある。だが、俺が彼女に受け入れられた訳じゃない…返事も返してもらえていない俺に、テオに文句を言う資格はない。
そうなると、クラウディアもこの日は安心して屋敷に滞在できそうだ。サラの良く気が付くところは、貴族の人間に相応しい資質だろうと思う。
「エマ、クラウディア嬢は今どこにいるか知っているか?
いつも使っている部屋に一度入り、この日の出来事を整理していたニコラスは、もう少し話を聞いておこうと考えてエマに声をかけた。
彼女なら侍女長としてサラからの信頼も厚い人物で今日も全ての事に目を光らせているだろう。そのエマにクラウディアの居場所を知っているかを聞いたのだ。
「クラウディア様は先ほど、テオドール様とご一緒に庭園の方へ向かわれました」
その返事を聞いてニコラスの足は屋敷の外へと向かう。
あの様子から、何かが起こる可能性は低いと感じるものの、二人にすることに対して心配しかなかったのだ。
ニコラスにしてもクラウディアとの事に確かな約束があるわけではないのだから、彼女が誰と何をしようが本来なら止めることはできない。
だが、自分が嫌だったのだ。
そう考えている彼の横顔は、とても氷華の貴公子と呼ばれている人物には見えなかった。
庭園に近づくと、わずかだが人の話し声が聞こえてきて足を止めた。
声のする方へ進むと、そこには確かに二人の姿があったが、自分の姿を見せることは躊躇われた。
いくらクラウディアに対して狭量だとはいえ、それくらいの分別はあるつもりだ。自分はクラウディアがディアーナであることはついさっきだったが知っているが、テオドールは知らないのだ。ここで出て行って、この時間を邪魔する権利がないこともわかっていた。
「時間があれば、デュラヴェルの町を案内したのだが、思ったより帰るのが遅くなってしまって申し訳ない。よければ、改めて時間を貰えるだろうか?」
「お気になさらなくて結構ですわ。デュラヴェルの町は闘技場へ行く間に見ましたが、とても素敵でした。思っていた以上にナシュールとは違っていて新鮮でしたわ」
「それにしても、今日、来てくれるとは思わなかった。あの場所で君の姿を見た時、どれだけ驚いたことか」
「ジェラルドお兄様が、テオドール様の応援に行きたいと言ったのです。それで、昨晩、お父様が急に行くと言われて、私も吃驚しました」
「ジェラルドが?それは嬉しいな。私がいつもクロスローズの屋敷に出向いても、君に会うことはなかったから、体調を崩していないか心配していたんだが、元気そうで安心したよ」
「ご心配をおかけしました。色々とやりたい事もあって、学園に入るまでは領地にいることにしているのです」
「やりたいこと…ですか?」
「ええ……まだ知りたい事がたくさんあります。そしてやりたい事も。時間も無限にあるわけではないので、無駄にできないでしょう?私は、もっと時間があればと考えてしまいます」
そして、一瞬、表情を暗くし、何事もなかったように元の表情に戻り、振り返ってテオドールを見た。
―――ディアが言っていたことと同じ…
テオドールは既視感を覚え、なぜか体が意志とは関係なく動いた。そして、クラウディアの瑠璃の瞳を覗き込み、抱きしめる。その時のテオドールの表情は言葉で表せないほど複雑なものだった。
「…テオドール様?」
「クラウディア…」
潤んだ漆黒の瞳は星が瞬く夜空のように輝き、その瞳にクラウディアの姿が映っていた。彼の髪が顔にかかる感覚を感じると同時に、その逞しい腕の中に捕らえられていた。
庭園でのことを見ていたニコラスは、二人の姿にどうしようもないほどの焦燥感に襲われていた。
二人が抱き合う姿を見て、耐えきれずその場を離れた。
―――俺にテオを非難する資格はないのはわかっているが…
テオドールがクラウディアと親密なことにも驚いたが、そのテオドールが思いのほかクラウディアに本気だったことがニコラスの心に影を落としていた。
あの様子ならテオドールはディアーナの正体がクラウディアだとは気づいていないだろう。
だが、もし、その事に気が付いたらテオドールはどうするのだろうか。しかし、いつかはわかることだ。そうなれば、テオドールの方がクラウディアとの距離は近い。
―――どうすればいい?
ただ、自分の心がかき乱され、冷静な判断が出来なくなっていることに気付いた。
―――俺は、どうすれば…
今まで、女性に跪き、手を取って、あんなに優しく微笑むテオドールなど見たことがなかった。
しかもその相手がクラウディアだったことも信じられなかった。テオドールがクラウディアに向ける目は偽りのない真実で、テオドールは本気で彼女の事を想っている。
先程の庭園での二人を見て、その考えは間違いではなかったとわかり、動揺が隠せない。
ニコラスはウィルバートの屋敷の中で、一人になれる場所を探した。
いつもの鍛錬場の側にある四阿に座り、この場所でディアーナが眠っていたことを思い出した。怯えて飛び起きた彼女を抱きしめたあの時を。
―――心配なことがあるなら話せと言った俺に、大丈夫としか言わなかった。俺は頼りにならないのだろうか…テオはいい奴だ。それは認める。しかし、譲れないこともある。だが、俺が彼女に受け入れられた訳じゃない…返事も返してもらえていない俺に、テオに文句を言う資格はない。
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