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第八章
107 花束の行方
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「そろそろ決勝が始まる頃だな。顔色も良くなったし、戻るか?」
「そうね……、テオが出るんだから見に行かないとね」
休憩室を後にして、みんなの待つ観客席へと戻ったのだが、ベイリーの視線は殊の外温かいような気がする。やはり確信犯だったのだと気が付いたが、そんなことはここで話せることではない。
ニコラスのエスコートで席へと戻り、決勝が始まる会場へと視線を向けると、決勝の二人が会場の中央へと歩み出てきた。
テオドールの相手は、彼よりも10近く年上に見える騎士で、国境での自衛団の人間らしかった。だが、その相手には申し訳ないが、思ったよりも遥かに短い時間で試合は終わった。さすがにウィルバートの騎士なのだと、ジークフリートの息子なのだと実感する圧倒的な強さだった。
そして、優勝者への花を受け取った。青薔薇と月桂樹の花束で、勝利と栄誉、神の祝福という意味があり、青薔薇には夢が叶う、一目惚れ、不可能を可能にする、という意味がある為、優勝者は会場に来ている家族や恋人、片思いの相手に渡して、公開プロポーズをする優勝者もかつて存在したのだ。
そしてこの日、いつもならばそのまま会場を後にするのだが、今回は違った。
優勝者の栄誉でもある花束を手に持ち、来賓席へ続く階段を昇ってくるテオドールの姿を、闘技場にいる多くの人達が、その行く先が気になって仕方がないといった表情で視線を向けている。
そして、彼が来賓ブースの美しい令嬢の前に跪き、その花束を差し出す姿をみて、歓喜の悲鳴が上がる。
漆黒の貴公子と呼ばれたテオドールが令嬢に跪く姿を、この目で見ることになるとは思わなかった多くの領民たちの心の悲鳴だろう。
「クラウディア嬢、この花を受け取ってくれませんか?」
「私……ですか?」
「ええ、あなたに、です」
目の前に差し出された青薔薇と月桂樹の花束を見て、一瞬、受け取ろうとした手が止まり、どうしようかと悩んでしまったのだが、すぐにベイリーが言った言葉に頷くしかなかった。
「クラウディア、折角なのだから受け取っておきなさい」
「はい、お父様」
彼の手から花を受け取ると、テオドールは彼女の手を取り、口付けを落とした。それと同時に、会場の歓声がさらに大きくなる。
「この花を受け取っていただけたように、私の気持ちも受け取っていただきたいものです」
そう耳元で囁き、テオドールの視線は自然にニコラスへと向かった。
ただ単に気になっただけなのだが、またいつものように表情には出ていないだろうという考えとは違い、みるからに驚いている。
テオドールは始めて見るニコラスのその表情を、複雑な気持ちで受け止めていた。その表情に気が付いたのはテオドールだけだった。
―――やっぱりあの色はニックか…
自分が思っていたことが正しいと改めて気付き、テオドールもまた複雑な気持ちになる。
そしてサラもまた、見たことのない兄の姿を目の前で見て、驚きで声も出なかった。もちろん、ジークフリートもローラントも言わずもがなである。
「では、また後程…」
そう言い残して階段を降りていき、観衆に礼をして控室へと帰っていった。
その姿を見送ったクラウディアは、気が抜けたように椅子に座り込んでしまう。呆然としているところへアルトゥールが声をかけてきた。
「テオドール殿が屋敷に来るたびにクラウディアのことを気にかけていたのは、こういう事だったのだな」
本来なら、クラウディアに近づく輩は排除にかかるのだが、アルトゥールのテオドールへの印象はすこぶる良いようで、意外にも好意的に受け取っていた。
「アルトゥール殿、屋敷に来るたび…とは、テオドールは頻繁にクロスローズへ伺っていたのか?」
アルトゥールの言葉が引っかかり、すぐにその意味を聞いてみたのだが、その答えはニコラスの考えもしていなかったことだった。
「一年ほど前から、王都の屋敷でですが、私とジェラルドの剣の相手をしていただいていたのです」
「一年ほど前…」
ニコラスの視線がクラウディアへと向かい、睨まれると凍ってしまいそうなほどその視線は冷たい。ニコラスを見ないまでも、その視線に含まれる感情が背中越しにでも感じて、いたたまれない。
「はい、クラウディアは王都の屋敷にはいませんが、体調を気にしてか毎回花を届けてくれたのですよ。そうだね、クラウディア」
「ええ…」
話を振らないで欲しいと願っていたのに、一番避けたい時に返事を求められるとは思わず、それ以上の言葉は出てこなかった。 もうニコラスの視線が痛く、そちらを見ることが出来ない。
「クロスローズ公爵、私もその練習に参加してもよろしいでしょうか?」
「そうだね。ニコラス殿にこの子たちの相手をしてもらえるとは光栄なことだよ」
楽しいと言わんばかりの笑顔を浮かべるベイリーに、クラウディアの心中は穏やかではない。これもまた楽しんでいるのだろうとクラウディアは思っていた。
「ベイリー、夕食だが一緒にどうだ?ニコラスもいいだろう?」
ジークフリートからの誘いで晩餐の全員参加は決定したのだが、クラウディアは今すぐ帰りたい気持ちにしかならなかった。
ようやく体調が良くなったと思ったのに、今度は違う心配事が増え、更にニコラスからの視線がチクチクと痛い…
―――みんなに囲まれた晩餐なんて、胃に穴が開く予感しかしない…
その表情を読み取ったサラがそっと寄り添って背中をポンポンと軽くたたき、優しく手を握ってくれる。そのわずかな心使いがすごく嬉しくて、瞳が潤み涙が出そうになる。
―――ああ、サラは天使よね。
まあ、そのサラにしても、自身の兄がクラウディアに対してしているあの貴族然とした態度が気になって仕方なく、早くクラウディアに聞きたいと思っているが、なかなかそのチャンスが訪れない。
仕方なく屋敷についてから聞くことにして、その場では何も知らないふりを決め込んでいた。
「そうね……、テオが出るんだから見に行かないとね」
休憩室を後にして、みんなの待つ観客席へと戻ったのだが、ベイリーの視線は殊の外温かいような気がする。やはり確信犯だったのだと気が付いたが、そんなことはここで話せることではない。
ニコラスのエスコートで席へと戻り、決勝が始まる会場へと視線を向けると、決勝の二人が会場の中央へと歩み出てきた。
テオドールの相手は、彼よりも10近く年上に見える騎士で、国境での自衛団の人間らしかった。だが、その相手には申し訳ないが、思ったよりも遥かに短い時間で試合は終わった。さすがにウィルバートの騎士なのだと、ジークフリートの息子なのだと実感する圧倒的な強さだった。
そして、優勝者への花を受け取った。青薔薇と月桂樹の花束で、勝利と栄誉、神の祝福という意味があり、青薔薇には夢が叶う、一目惚れ、不可能を可能にする、という意味がある為、優勝者は会場に来ている家族や恋人、片思いの相手に渡して、公開プロポーズをする優勝者もかつて存在したのだ。
そしてこの日、いつもならばそのまま会場を後にするのだが、今回は違った。
優勝者の栄誉でもある花束を手に持ち、来賓席へ続く階段を昇ってくるテオドールの姿を、闘技場にいる多くの人達が、その行く先が気になって仕方がないといった表情で視線を向けている。
そして、彼が来賓ブースの美しい令嬢の前に跪き、その花束を差し出す姿をみて、歓喜の悲鳴が上がる。
漆黒の貴公子と呼ばれたテオドールが令嬢に跪く姿を、この目で見ることになるとは思わなかった多くの領民たちの心の悲鳴だろう。
「クラウディア嬢、この花を受け取ってくれませんか?」
「私……ですか?」
「ええ、あなたに、です」
目の前に差し出された青薔薇と月桂樹の花束を見て、一瞬、受け取ろうとした手が止まり、どうしようかと悩んでしまったのだが、すぐにベイリーが言った言葉に頷くしかなかった。
「クラウディア、折角なのだから受け取っておきなさい」
「はい、お父様」
彼の手から花を受け取ると、テオドールは彼女の手を取り、口付けを落とした。それと同時に、会場の歓声がさらに大きくなる。
「この花を受け取っていただけたように、私の気持ちも受け取っていただきたいものです」
そう耳元で囁き、テオドールの視線は自然にニコラスへと向かった。
ただ単に気になっただけなのだが、またいつものように表情には出ていないだろうという考えとは違い、みるからに驚いている。
テオドールは始めて見るニコラスのその表情を、複雑な気持ちで受け止めていた。その表情に気が付いたのはテオドールだけだった。
―――やっぱりあの色はニックか…
自分が思っていたことが正しいと改めて気付き、テオドールもまた複雑な気持ちになる。
そしてサラもまた、見たことのない兄の姿を目の前で見て、驚きで声も出なかった。もちろん、ジークフリートもローラントも言わずもがなである。
「では、また後程…」
そう言い残して階段を降りていき、観衆に礼をして控室へと帰っていった。
その姿を見送ったクラウディアは、気が抜けたように椅子に座り込んでしまう。呆然としているところへアルトゥールが声をかけてきた。
「テオドール殿が屋敷に来るたびにクラウディアのことを気にかけていたのは、こういう事だったのだな」
本来なら、クラウディアに近づく輩は排除にかかるのだが、アルトゥールのテオドールへの印象はすこぶる良いようで、意外にも好意的に受け取っていた。
「アルトゥール殿、屋敷に来るたび…とは、テオドールは頻繁にクロスローズへ伺っていたのか?」
アルトゥールの言葉が引っかかり、すぐにその意味を聞いてみたのだが、その答えはニコラスの考えもしていなかったことだった。
「一年ほど前から、王都の屋敷でですが、私とジェラルドの剣の相手をしていただいていたのです」
「一年ほど前…」
ニコラスの視線がクラウディアへと向かい、睨まれると凍ってしまいそうなほどその視線は冷たい。ニコラスを見ないまでも、その視線に含まれる感情が背中越しにでも感じて、いたたまれない。
「はい、クラウディアは王都の屋敷にはいませんが、体調を気にしてか毎回花を届けてくれたのですよ。そうだね、クラウディア」
「ええ…」
話を振らないで欲しいと願っていたのに、一番避けたい時に返事を求められるとは思わず、それ以上の言葉は出てこなかった。 もうニコラスの視線が痛く、そちらを見ることが出来ない。
「クロスローズ公爵、私もその練習に参加してもよろしいでしょうか?」
「そうだね。ニコラス殿にこの子たちの相手をしてもらえるとは光栄なことだよ」
楽しいと言わんばかりの笑顔を浮かべるベイリーに、クラウディアの心中は穏やかではない。これもまた楽しんでいるのだろうとクラウディアは思っていた。
「ベイリー、夕食だが一緒にどうだ?ニコラスもいいだろう?」
ジークフリートからの誘いで晩餐の全員参加は決定したのだが、クラウディアは今すぐ帰りたい気持ちにしかならなかった。
ようやく体調が良くなったと思ったのに、今度は違う心配事が増え、更にニコラスからの視線がチクチクと痛い…
―――みんなに囲まれた晩餐なんて、胃に穴が開く予感しかしない…
その表情を読み取ったサラがそっと寄り添って背中をポンポンと軽くたたき、優しく手を握ってくれる。そのわずかな心使いがすごく嬉しくて、瞳が潤み涙が出そうになる。
―――ああ、サラは天使よね。
まあ、そのサラにしても、自身の兄がクラウディアに対してしているあの貴族然とした態度が気になって仕方なく、早くクラウディアに聞きたいと思っているが、なかなかそのチャンスが訪れない。
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