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第八章

105 ウィルヴァルト・フェスト

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 昨年、テオドールから何度も剣の練習で相手をしてもらい、すっかりと打ち解けた感のあるアルトゥール達だが、この春のウィルヴァルト・フェストにテオドールが参加することを聞いて、ジェラルドが見に行きたいと言いはじめた。

 ウィルヴァルト・フェストとは、ウィルバートの領地で行われる祭りで、メインは闘剣士のトーナメントだ。
 部門が年齢別に分かれていて、男性騎士は子供部門、20歳以下、21歳以上に分かれ、女性騎士は18歳以下、19歳以上に分かれている。
 もちろん祭りのメインは21歳以上の部門で、優勝した人には名誉と賞金が与えられる。

 そして街には、武具や剣を扱う店が立ち並び、それらを買い求める剣士が国内外から集まり、その騎士たちのお腹を満たすために様々な肉料理の店も多く出店するため、お酒とお肉が町中に溢れるとても豪快で賑やかな祭りだった。


 「父上、テオドール殿が闘剣士トーナメントに参加するそうなのですが、みんなで応援に行きませんか?」


 ジェラルドのキラキラと輝く瞳でベイリーにそう訴えかける姿は、それはもう純粋にテオドールを尊敬しているように見える。


 「そうだね、いつも世話になっているし、ジークフリートにも聞いてみよう」


 クラウディアは、父と兄がそんな話をしているとは知らず、前日の夜になってからベイリーからいきなり告げられた。


「クラウ、明日だが、ウィリヴァルト・フェストに行くよ。公の場に行くのは初めてだけれど大丈夫だね?」

「えっ…お父様?いきなりですか?」

「クラウも来年からは学園に入るのだから、今年から外へ出始めるのもいいだろうからね」


 ベイリーからそう言われ、一理あると思うがその初めがウィリヴァルト・フェストというのは、これもまたどういう訳なのかと思う。
 確かに見に行くだけならどこでもいいかもしれないが、よりにもよってなぜウィリヴァルト・フェストなのだろう。
  


 そして朝になり、準備をしてからウィルバートの屋敷へと転移した。
 ジークフリートとテオドールは先に会場へと行っているために不在で、出迎えたのはセラフィーナ、サラ、ローラントだった。


「皆様、ようこそいらっしゃいました」


 セラフィーナがジークフリートの代わりにみんなを迎え、歓迎の気持ちを伝えている。その後ろに控えるサラはクラウディアのことを知っているのだが、アルトゥール達の手前、初対面を決め込んでいるようで表情には出ていない。


「早速会場へご案内しますわ」


 会場までは馬車で移動するため、屋敷の前に準備された馬車に乗った。
 この会場の中央の一番最下層には祭祀の為の施設があるのだが、それを知っているのは当主とその地の神官長だけで、他の地での祭祀と同じように、この地でもウィリヴァルト・フェストが始まる前に祈りがささげられる。その祈りの力と、祭りの際に発生するプラスの力がこの場所に集められるのだ。

 そしてウィルバート家当主は、トーナメントの始まる前にこの場所で祈りを捧げるので、早い時間からこの最下層の施設へ入り準備をしている。 

 大会の主催者は領主、つまりウィルバート家なので、闘技場の中でも主催者席の横にある来賓者席らしき場所へと案内される。
 確かにクロスローズ公爵家は王家に次ぐ地位にいるのだから、来賓者席でも間違いないと思うが、どうにも目立ってしまい視線が気になっているクラウディアだった。

 そしてジークフリートも祭祀が終わり来賓席へとついたことで、そろそろトーナメントの開始時間を告げている。

 そしてアルトゥール達が席を外したすきに、サラがそっと声をかけてきた。


「ねえ、ディア。大丈夫なの?その姿で出たことないんでしょ?」

「そうなの…いきなり、昨日の夜にここに来るって言われて、正直どうしていいのかわかんなくて。何かあったら、助けてくれる?」

「もちろん。私の妹じゃない。任せて」 


 こそこそと気付かれないように話をしていた二人の耳に、聞きなれた声が届く。
 

「遅くなり、すみません」


 その声の主は、ニコラスだった。振り返らないように、背中を向けたまま心臓はドキドキと早くなっているのがわかる。


 ―――ウソでしょ…どうしてニックが来るの??


「ニコラス殿、久しぶりだね。君は今日、参加しないのかい?」

「はい。残念ながら、直前まで仕事の調整ができず、断念することになりました」

「そうか、残念だったね。ぜひ君の姿も見たかったのだが。ねえ、クラウディア?君もそう思わないかい?」


 なぜそこで話を振ってくるのだろうと一瞬父を恨んだ。振り向きベイリーの顔を見ると、どう見ても楽しんでいるようにしかみえない。 


 ―――絶対に確信犯よね。


 そう直感で思った。絶対に楽しんでいる。そう思いながらニコラスへと顔を向けた。
 騎士団の制服に身を包み、いつもよりも数段厳しいような無表情ともいえる『氷華の貴公子』の顔をしている彼に正体が知られていないのだからと、『初めて』という気持ちを込めて挨拶をした。
 

「初めまして。クラウディア・リュカ・クロスローズです」


 その後に言葉が続かず、頭が真っ白になったのだが、なんとか笑顔を浮かべてやり過ごした。ニコラスにしても、そうそう令嬢とはかかわりを持たないのだから、意識はされないだろうと考えていたのだ。


「君達は初対面かな?クラウディア。デフュールのニコラス殿だよ。ジェラルドの友人のリオネル殿のご兄弟だ」


 ニコニコと楽しそうに笑うベイリーに、やられた…、と思ったものの、兄達の手前、何も言い返すこともできずにそのまま受け入れる。


「クラウディア嬢、初めてお目にかかる。ニコラス・ファロ・デフュールです」


 ニコラスの表情や口調は、いつものそれとは違い、まさに氷華の貴公子そのものだった。その瞳には何やら不思議な色を感じたが、気のせいだろうか。
 しかし、その無表情振りには流石だと感心する。一般的にはこういう接し方なのだと思うと内心複雑な思いもするが、『いつもと違い過ぎる』そう思わざるを得なかった。


「ニコラス殿、リコリスでの活躍は聞きました。お話を聞かせていただけませんか?」 


 アルトゥールやジェラルドはニコラスと面識はあるようで、今回、助け舟を出してくれたように感じる。
 帰ったら兄達が納得するくらいに甘えようかと考えるほど、その言葉は本当に助かった。こういう時は男同志だと話題が合うからいいわね、とサラに視線を向ける。


「ねえ…今日ってニックが来る予定だったの?」

「私も聞いてないのよ。7あの様子だとお父様も知らなかったんじゃないかな?」

「じゃあ、うちのお父様ね…」 


 クラウディアの脳裏にベイリーのあの微笑が浮かび、そう確信した。楽しいことが好きなのは知っているが、自分の子供で遊ばないでほしいと思わず眉間を押さえる。この場でクラウディアがディアーナであると知られなければいいだけなのだが、そう思えばそう思うほど、緊張して倒れそうだ。


「父上、カイラード殿も参加するとテオドール殿との対戦が見られたかもしれませんね」

「そうだね。今度、声をかけてみようか。クラウディアはどう思う?」

「カイラードお兄様なら参加されるのではないですか?こういうことが好きでしょうし」


 ベイリーから問われ、何も考えずにそう答えた。後ろでニコラスが何かに気が付いたような顔をしていることにも気が付かず。





 
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